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#26 新たな証言
しおりを挟む菱沼さんが居なくなった後のだだっ広いリビングのソファの上で、私は膝を抱え込んで泣き崩れていた。
そんな私のことを傍で優しく見守ってくれているのが、菱沼さんの話の間中ずっと気まずげに沈黙を貫いていた愛梨さんだ。
愛梨さんは私のことを励まそうとさっきから何度も優しい声をかけてくれている。
【菜々子ちゃん、大丈夫?】
「……全然、大丈夫じゃないです~」
けれどどんなに優しい言葉をかけてもらったところで、地中深くずっしりと沈んでしまった気持ちはそう簡単には浮上することなく、余計に涙が溢れてくるばかりだった。
身体のどこにこんなに大量の涙が収まっていたのかと不思議になるくらいだ。
私は膝の上のクッションに泣き顔を埋めたまま、嗚咽混じりに愛梨さんに言ってもしょうがない恨み節を炸裂させる事しかできないでいた。
「こんなことになるなら、あのまま死んじゃった方が良かった。どうして助けたりしたの? 愛梨さんのバカッ。バカバカバカ~」
それにもかかわらず、愛梨さんは気分を害することもなく、ずっと優しく見守ってくれていたのだった。
そうしてどれほどの時間そうしていただろうか、泣き疲れた私がクッションに突っ伏したまま呆然としていると、不意に、愛梨さんが呟きを零した。
【本当に驚いたわぁ。まさか菜々子ちゃんがあの道隆さんの子供だったなんてねぇ。でもそういえば、どことなく似ている気もするわねぇ】
散々泣いたお陰で幾分気持ちも落ち着いてきていたせいか、名前は知り得たものの、まだ会ったことのない父親に対する興味が沸いてきて、知らず知らずのうちに、
「どんな人なんですか?」
愛梨さんにそう言って問いかけていた。
すると、今の今まで泣きじゃくっていた私から反応が返ってきたのが意外だったのか、水槽の中のカメ吉が驚いたように甲羅の中に引っ込めていた首を伸ばして、こちらの様子を窺うようにして真っ直ぐに視線を送ってきて、そして。
【そうよね? 今までお父さんのことを知らずにいたんですもの、気になるわよねぇ】
うんうんと頷く素振りで感心したようにそう返してきた愛梨さんは、続けざまに、今度は意外な言葉を返してきた。
【それに、さっきの話だと、随分悪い人のように言われていたから余計よね】
「はい」
力なく即答したものの、内心、どういうことだろうか? という疑問と、もしかしたらそんなに悪い人じゃないのかもしれない、という期待とで頭の中はひしめきあっていた。
そんななか愛梨さんが静かに語り始めた。
【確かに、道隆さんは野心家だったと思うわ。でも、私が知ってる道隆さんは、さっきの話のような酷い人ではなかったわ。私が死んでからのこの二十年の間に色々変わってしまったようねぇ】
「そうなんですか?」
【ええ。道隆さんは誰に対しても、物腰もとても柔らかだったし、人当たりも良かったわ。何より、人の上に立つべくして生まれてきたような、そういうカリスマ性があったわ。それは先代のご当主であるお義父様もよくおっしゃっていらしたほどよ。きっとそれは育ちのせいね――】
菱沼さんの話とは随分違ってた愛梨さんの言葉に驚いて返した私の疑問に対して、そう切り出してきた愛梨さんの話によると……。
道隆さんの実家は、桜小路家と同じく旧財閥の旧家で、今でも桜小路家に次いで大きな勢力を誇っているらしい。
けれど道隆さんは三男坊だったことで、桜小路家との結びつきを強固なものにするために、桜小路家の長女である貴子さんの婿養子となった。
つまりは政略結婚だったらしいのだ。
でも別にそれは珍しいことでもなく、当人たちも納得の上だったらしい。
ちなみに、愛梨さんの実家も桜小路家の遠縁に当たるらしく、生まれたときから結婚することが決められていたというから驚きだ。
……といっても、愛梨さんと創一郎さんの場合は、幼馴染みだったことでお互い物心ついた頃からの相思相愛だったからなんの問題もなかったらしいが。
そんな惚気まで聞かされた結果、分かったことは、おそらく婿養子として桜小路家の古参から指導と称して様々な嫌がらせや妨害を受けた結果として、先代のご当主が亡くなったことを機に、自分のカリスマ性を最大限に活かして、古参らの勢力を抑えているのではないかということだった。
それに、いくら始めから政略結婚と割り切っていても、我が儘放題で自由奔放な貴子さんとの冷え切った関係から、長年の鬱憤も加わっているんじゃないかとも。
愛梨さんのお陰で、まだ顔も知らない父親が根っからの悪人でないことを知ることができた。
それでも結局は、菱沼さんが言ってたように、母親や私よりも地位や名声の方が大事だったんだということに変わりはない。
【大丈夫よ。きっと、菜々子ちゃんのお母さんのことは本命だったと思うから。ただ既に結婚していたからどうにもならなかっただけだと思うわ。だから、ね? 元気を出して】
「……」
いくら愛梨さんから慰められようとも、心の奥底で鬱々としたものが澱みのように残ったままだった。
そんな風だったから、愛梨さんの声にも何も返せず、クッションに突っ伏したままだった私の元に、再び愛梨さんの声が聞こえてきたけれど。
【あら、創だわ。どうしたのかしら】
その声を聞くまで、静まりかえったリビングダイニングに入ってきた桜小路さんの気配になど、気づくことはなかった。
愛梨さんの声に驚いた私が顔を上げた刹那。
「そんなところにまだいたのか?」
視界に桜小路さんの姿を捉えるよりも先に、桜小路さんの不機嫌そうな低い声音が広い部屋中に響き渡った。
お蔭で吃驚してしまった私はもう少しでソファから転げ落ちるところだった。
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