拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

文字の大きさ
36 / 111

#35 優しい甘さのコンポート ⑴

しおりを挟む

【どうしちゃったの? 菜々子ちゃん。今日はなんだかご機嫌斜めのようねぇ】
「べ、別に、そんなことないですよ。いつもと一緒です」
【ん~。そうは見えないわぁ。あっ! もしかして。昨夜、創とケンカでもしちゃったのかしらぁ】
「違いますッ! 私は愛梨さんと違って忙しいので、部屋の掃除に行ってきます。それじゃあ」
【あらあら、つれないのねぇ】

 翌朝、いつものように桜小路さんが出勤してからキッチンで食器の片付けをしていた私は、壁際のサイドボード上の水槽から話しかけてくる愛梨さんの言葉をのらりくらりとかわしていた。

……のだが、鋭い突っ込みにとうとう堪りかね、私は愛梨さんをキッチンに残して部屋の掃除に逃げることにしたところだ。

 相変わらず空気の読めない愛梨さんだったけれど、妙に勘だけはいいので参ってしまっていたのだ。

 昨夜は、桜小路さんがどんなことを仕掛けてくるか心配だったため、愛梨さんをカメ吉ルームに丁重にお連れしていたため、幸いにも愛梨さんには、あの場面は目撃されてはいない。

 でも勘が鋭い愛梨さんのことだ。いつ何時《なんどき》、ズバリ言い当てられないとも限らない。用心しなきゃ。

ーーそうでなくとも、あの桜小路さんのお母様なんだから。

 何かあっても絶対息子である桜小路さんの味方に付くはずだ。

 そう思ったら、すっかり引っ込んで燻っていたはずの怒りが腹の底からぶわっとこみ上げてくる。

 それと一緒に、昨夜見た桜小路さんの超どアップのイケメンフェイスが脳裏に鮮明に浮かび上がってきてしまう。

 たちまち私の顔から全身にかけてが火を噴くように熱くなってきた。

 原因は、昨夜の桜小路さんの自意識過剰な台詞にもあるけど、その直後から、それを有言実行してきた桜小路さんの暴挙のせいだ。

 昨夜、私が食事を摂っている間、桜小路さんはバスルームにいた。それからおおよそ二時間は別行動だったので顔を合わさずに済んだ。

 けれど私が食事とお風呂も済ませて寝室に戻ると、待ち構えていた桜小路さんは赤子の手をひねるように私のことを捕獲するとベッドへと引きずり込んだ。

 何かされるかもとは思ってはいたが、まさかそんなにすぐに行動に移してくるとは思いもしなかったのだ。

 寝室に戻った早々、ベッドで組み敷かれて呆気にとられて為す術なく見つめているところへ、あの黒い微笑を湛えた桜小路さんに耳たぶを擽るようにして寄せられた唇が鼓膜に熱い吐息を吹きかけてきた。

 そして私が背筋をゾクゾク戦慄させている間にも、

『免疫を付けるにはまずはスキンシップが重要だからなぁ。それに、いつもくっついていたら親近感も増すだろうし、免疫のないお前が俺のことを意識するにはもってこいの方法だ。おまけにお前の抱き心地は格別だから、抱き枕に丁度いい』

好き勝手に囁いてきた桜小路さんに何か言い返したくとも、耳に熱い息が掛かるせいか身体に力が入らない。

 それを知ってか知らずか、続けざまに、やっぱり耳に熱い吐息をかけつつ、

『なにより、お前からは仄かに甘い香りがするから癒やされる。でも、いくら甘い香りがするからって寝込みを襲わないようにしないとなぁ』

わざとらしく、なんとも意地の悪いことを囁かれ、どういうわけか下腹部の辺りがそわそわとするような妙な感覚がして、知らず私は身体をゾクゾクッと小刻みに打ち震わせた。

 そんな私の様子に満足げな表情を浮かべた桜小路さんは、耳元に顔を埋めたまま私のことを腕に包み込んで穏やかな寝息を立ててしまったのだった。

 お陰ですっかり目が冴えてしまいなかなか寝付くことができなかったのだ。

……といっても、寝付けなかったのは最初のうちだけで、おそらく一時間もしないうちに熟睡していたらしい。

 別に桜小路さんの腕の中の居心地が良かったからじゃなく、ただ人肌が心地良かったからに違いない。

 少々複雑だが、そのせいか意外にも朝の目覚めは頗る良かった。

 けれども桜小路さんにすっぽりと包み込まれている状態だったため、私は朝からあるアクシデントに見舞われてしまったために、前日の朝以上の羞恥に身悶えさせられてしまったのだ。

 それは、どうやら朝に弱いらしい桜小路さんに前日のように起きるのを阻止されてしまった時のこと。

「いいからもう少しだけ寝かせろ」
「いや、でも、朝食の準備に取りかからないと」
「別に、毎回朝から手の込んだモノを作らなくても、トーストだけで充分だ」
「ダメですッ! 菱沼さんに怒られちゃいますってばッ!」
「ーーッ!?」

 桜小路さんと押し問答しているうちに、手足をばたつかせていた私の身体を足に挟んで阻止しようとした桜小路さんの大事な部分を私が蹴り上げてしまい。桜小路さんは悶絶。私は真っ赤になって固まってしまっていた。

 男の人のアレが、朝はそういう風になるモノだという認識はあったものの、実際に触れたことなどなかったのだから無理もない。

 けれどもそれをしばらくして悶絶状態から脱した桜小路さんに、

「これくらいのことでそんなに真っ赤になってるようじゃ、まだまだだなぁ。でも、俺のことを意識するには効果は絶大だったかもなぁ。と言っても毎朝は勘弁してほしいがな」

はははっなんてえらく楽しそうに笑い飛ばしながら、面白おかしく揶揄われたもんだから、口からマグマでも噴いちゃうんじゃないかってほど、真っ赤かにさせられて、私は鼻血を噴いてしまったのだ。

 そりゃ機嫌も悪くなるってもんだ。

 とはいえ、こんなこと愛梨さんに話せないし、鬱憤は募っていくばかりだ。

「あーもう、ヤダー! 思い出したじゃんかー! あの、クソ御曹司ッ!」

 朝一の大失態を思い出してしまった私は、鬱憤をぶつけるようにして廊下をドスドスと音を立てつつ、進んでいったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

処理中です...