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#42 王子様の嫉妬!? ⑴
しおりを挟むやめておけばいいのに、恭平兄ちゃんと何かあったのかと気になって、ついつい問い返したのが運の尽き。
「あの、もしかして、恭平兄ちゃんと何かあったんですか?」
「んあッ!!」
問い返した私の言葉に、ギロリという効果音でも聞こえてきそうな、鋭い目つきと不快感をあらわにした怒声とをお見舞いされてしまい。
「ひぃっ!?」
桜小路さんのあまりの気迫に私は身を竦めて震え上がった。
この状況から逃れたくても、ソファの上でしっかりと組み敷かれているため、当然逃げ場なんて存在しない。
それなのに桜小路さんは、尚も逃がさないというように、ドンッと顔のすぐ横に両腕を突いて追い込んできて、忌々しげに眉間に深い皺を刻んで、
「もしかして、今も好きなのか?」
相変わらず凄みのあるひっくい声音を轟かせた。
そんな様子の桜小路さんの態度に、怖さよりも、疑問の方が大きく膨らんでいく。
この時には、桜小路さんに何を聞かれたかなんて、すっかり失念してしまっていた。
恐る恐る桜小路さんの顔を窺うと、切れ長の瞳は完全に血走っているように見える。
なんだか、百獣の王であるライオンに、今まさに仕留められようとしている草食動物にでもなったような心地だ。
――私、そんなに怒らせるようなこと言ったかな?
首を傾げていくら思い返してみても、そんな要因など見当たらない。
ますます謎は深まるばかりだった。
ちょうどそこへ、何も答えようとしない私に痺れを切らした様子の桜小路さんから、
「おいッ! 好きか嫌いかはっきりしろッ!」
これまた地を這うようなひっくい怒声が放たれた。
考えに耽っていた私がその声に驚いて、条件反射的に、
「す、好きでーーんんっ!?」
放った言葉は、最後まで言い切ることはできずじまいだった。
理由は単純、一瞬だけ一際大きく目を見開いた桜小路さんの強引な口づけによって、唇もろとも飲み込まれてしまったからだ。
さっきの優しい甘やかなキスとは違い、何もかもを強引に奪い尽くすような、乱暴なキス。
こじ開けた唇から無理矢理捻じ込まれた桜小路さんの舌が私の全てを貪るようにして、縦横無尽に暴れ回っている。
占領された咥内には、どちらのものかも分からない唾液が溢れかえっていて、ピチャクチャと水音を響かせる。
お陰で、呼吸もままならない。胸が苦しくて溺れてしまいそうだ。
それなのに深い大人のキスは尚も激しさを増してより濃厚なものになっていく。
やがて収まりきらなくなった唾液が、強引に押しつけられている唇の僅かな隙から零れて顎を伝って落ちていく。
ますます呼吸がままならなくなってきて、涙の膜が膨らんで、視界も意識も薄っすらとぼやけていく。
終わりの見えない強引な貪るような激しいキスに意識までが途絶えそうで怖くなってきた。
――このままじゃ、死ぬ。殺される!
苦しさに思わず桜小路さんの胸を押し返すも、深いキスのお陰で力の抜けた手ではそれさえも叶わない。
気づいた時には、私はとうとう噎び泣いてしまっていた。
そうしたら、私の異変を瞬時に察知したらしい桜小路さんがハッとした気配がして、すぐにキスを中断してくれて。
「乱暴なことして悪かった。もうしないから泣き止んでくれ。頼む、菜々子」
いつになく焦った様子で、かいがいしく私の頭や背中を撫でながら、何度も何度も必死で声をかけてくれている桜小路さん。
その言葉のニュアンスからして、私が怖がっていると勘違いしているようだけれど、そんなことに構っているような余裕などなかった。
桜小路さんの必死な声掛けは私が泣き止むまでの間続けられていて、気づいたときには、いつものように桜小路さんの広くてあたたかな胸に抱き寄せられていたのだった。
そうしてようやく落ち着きを取り戻した私に向けて。
「菜々子、さっきはすまなかった。もう強引なことはしないから安心して欲しい」
いつしか呼び捨ての『菜々子』呼びになっている桜小路さんのシュンとした声音が耳に届くのだった。
何故かその声を聞いた途端、胸がキュンと切ない音色を奏で、落ち着きを取り戻しつつあった涙腺までが崩壊してしまい。
「おいっ、菜々子。どうして泣くんだ!?」
「どうしてって、そんなの、わかりません。そんなことより、どうしてあんなことしたんですか? 息ができなくて、死ぬかと思ったじゃないですかッ!」
「……あぁ、否。菜々子があの男のことを好きなのかと思ったら、無性に腹が立って、つい……て、怖かったんじゃないのか!?」
「いえ、全然。息ができなくて、死にそうだっただけですけど」
「そ、そうだったのか!?」
途端にさっきよりも慌てふためいた様子の桜小路さんとあれこれ言い合っているうち、互いの勘違いが明らかになって。
――なんだ。てことは、恭平兄ちゃんに嫉妬してたんだ……って、ええ!? 桜小路さんが恭平兄ちゃんに嫉妬!?
胸にストンと落ちるとともに、驚きの事実に泣いてるのも忘れ、私は絶句することとなった。
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