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#80 誤算まみれの恋情〜創視点〜 ⑶
しおりを挟む何事だ? と、音のした方に眼を向けると同時、菜々子がサービスを提供している若い夫婦の子供と思しき五歳ほどの男児が「わーん」と泣き始めた。
どうやらパティシエールである菜々子の見せるサービスを間近で見ようと、夢中になったその子供がワゴンに触れてしまったらしい。
それでワゴンの上に置いてあった食器が落下し、その音で驚いて泣いてしまったようだ。
見かけた時、こんなところに幼児を連れてくるのもどうかとも思っていたが……。
そういえば、今日は一階にある大広間を貸し切って、政治家の子息かなんかの披露宴があると言っていたし、正装の装いからして、おそらくその親族か何かだろう。
少々騒がしかったのは子供だから仕方ないとして。
けれども、怒るのなら粗相した自分の子供の方だろうと思うのだが、両親はパティシエールである菜々子に向けて激しく怒り始めた。
お客様は神様、なんて言葉があるが、中にはこういう迷惑な客もいる。
運の悪いことに、難ありの客に当たってしまったらしい。
同情しつつ見守っているところに、騒ぎを聞きつけたラウンジの責任者が現れて客に平謝り。
菜々子も一緒に深々と頭を下げ続けている。
これで鎮まるだろう。そう思われたのだが、急に何を思ったのか、責任者の男に耳打ちして、ラウンジから走り去ってしまった菜々子。
――おいおい、職場放棄か?
そう呆れ果てていたところに、何かを手にし、すぐに戻ってきた菜々子がワゴンの上でフライパンを熱し始めた。
どうやらさっきのお詫びとして、パティシエールとして、スイーツを使ってさっきとは違ったサービスを提供するらしい。
今の今まで大泣きしていた男児もさっきまでの涙はなんだったのかと思うくらい大はしゃぎで目を輝かせている。
両親も子供が泣きやんだ途端、何もなかったかのようにすました顔で眺め始めた。
そうして見る間に、炎を燻らせてのド派手なフランベを決めると、最後には糸飴を降らせて完成させたようだった。
できあがったスイーツの容器を受け取った男児は得意満面で舌鼓を打ち始めて、ようやく一件落着。
責任者の男にペコペコ頭を下げて片付けの終わった菜々子が男児の傍により、さっきはけたときに用意していたのだろう、カラフルなマカロンをプレゼントしていたようだ。
距離が離れていたのもあり、詳細まで窺うことはできなかったが、パティシエールの仕事を本当に楽しそうに熟す姿は、生き生きとしていたし、誇らしげで、また微笑ましくもあった。
――本当にパティシエールという仕事が好きなんだなぁ。
そんなことを思いつつ、時間が来たため菱沼と仕事に戻ろうとちょうどワゴンを押していく菜々子の後をゆっくり歩いていると。
「おねーちゃん、待って」
さっきの男児が追いかけてきたことに驚きながらも、
「……あっ、はいッ!」
元気よく振り返って立ち止まった菜々子に。
「さっきはごめんなさい。これ、さっきのお礼」
なにやら恥ずかしそうに男児が差し出したモノは、何かのカードのようだった。
「わぁ、いいの? ありがとう」
「ぼく、大きくなったらおねーちゃんみたいになりたい。弟子にしてください」
「……ええ!? や、嬉しいけど、まだまだ弟子なんてとれるほどじゃないから、ごめんなさい」
「じゃあ、彼女になってください」
「////……ええッ!? あの、ありがとうございます。でも、それもちょっと、お気持ちだけ受け取っておきますね」
「やっぱり年が離れてるから?」
「////……いや、あの、そういうんじゃなくて、一人前じゃないのでそういうのはまだ。本当にごめんなさいッ」
「そっか、わかった。じゃあね、バイバ~イ!」
「////……バイバイ。はぁ、びっくりした」
五歳児相手に、どっちが子供だよ? と思わず突っ込みそうになるほどニコニコの笑顔を綻ばせたり、かと思えば、真っ赤になってオロオロしてみたり、いちいち真に受けて、真剣に答えていたりして。
でも五歳児だからって適当にあしらったりせずに、対等に向き合う姿に好感が持てたし、単純に凄いなと感心させられた。
あの時、諦めた男児の言葉に心底ホッとして、安堵した表情でいつまでも五歳児の背中を見守ってた菜々子の姿が今でもハッキリと脳裏に焼きついている。
きっと俺はあの時から、何に対しても真剣で一生懸命な菜々子に惹かれていたんだろうと思う。
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