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#83 愛すると言うこと~創視点~ ⑵
しおりを挟む帰宅早々、挨拶もせずに、俺がそんな行動に出るとは思いもしなかっただろう菜々子の焦った声でさえも愛おしい。
小柄な菜々子の身体は頼りないくらいに華奢で、身長一八五センチの俺の腕に簡単におさまってしまう。
このままずっとこうして閉じ込めておければいいのに……。
そうしたらずっとずっと俺だけのモノにしておけるのに……。
そんな身勝手な思考ばかりが頭の中を占拠していく。
それと同時に、菜々子の笑顔ひとつで、ついさっき憂いもろとも霧散したはずが、どこからともなくまた浮上してきた不安に浸食されそうになる。
自然と、小さな菜々子の身体を抱き竦めている腕にも無意識に力が籠もってしまったようだ。
いよいよ苦しくなってきたのか、菜々子が腕の中で必死に藻掻くようにして俺の胸を押し返してきた。
「……うっ、ぐっ、苦しい……ですッ! 」
その声にハッとした俺が慌てて力を加減しようとしたその瞬間。
背中を反らせた体勢の菜々子が足元に俺が落としたままのビジネスバッグや菜々子への手土産の入っていたショッピングバッグに足を取られてしまったらしい菜々子の身体がガクンと傾き。
――危ないッ!?
そう頭が判断した時には、既に条件反射的に身体は動いていた。
「――キャッ!? わぁっ!?」
「菜々子ッ!? おわっ!?」
幸い転倒させることなく、菜々子の身体を抱き込むことができたのだけれど、慌てたせいで、尻餅をついて抱き留めるという、なんとも格好の悪い有様だ。
挙げ句に、せっかく菜々子と一緒に食べようと思って買ってきた旬のフルーツで色鮮やかに彩られたタルトが入っているケーキボックスの上に着地してしまっている。
ちょうど向き合うような格好で、膝の上にちょこんと乗っかっている菜々子とは、正面から顔をつきあわせている状態だ。
お陰で、菜々子が無事なことは一目瞭然で、
「ハァー……よかった」
心底安堵できたのだけれど。
きっと今の俺の表情はこの世の終わりみたいな顔をしているに違いない。
――もう散々だ。今日は厄日か何かか?
なんとも情けなくてしょうがなくなってきた。
――菜々子にこんな情けない姿をこれ以上見られたくない。
そんな想いに駆られてしまっていたのだ。
俺は、突然の出来事にまだ放心している様子の菜々子の視線から一刻も早く逃れようと、顔をプイッと明後日の方向に固定したまま。
「……今日一日菜々子と一緒に居られなくて、寂しくてしょうがなかったものだから、嬉しくてつい。はしゃいだりして悪かった。せっかくのタルトも台無しだな。ハハッ」
ボソボソと言い訳じみたことを呟いているうち、あまりに情けなくて、乾いた笑いまでが込み上げてくる。
この場から早く逃げ出したくて、菜々子の身体をそうっと床におろそうとしかけたのだが、それが叶うことはなかった。
何故なら、俺のその声に弾かれたようにハッとした菜々子が、何を思ったのか、俺の胸へと飛び込むようにして抱きついてきて。
「私もッ! 私もすっごく寂しかったですッ! そっ、それに、買ってきてくれたモノには敵わないかもですけど、苺のタルトならありますッ!」
俺のことが不憫だとでも思ったのか、人の好すぎる菜々子らしい、優しい心遣いに救われたのだった。
しかもスイーツに目のない俺のために苺のタルトを用意してくれたんだと思うと、嬉しさも格別だ。
なんていっても、真意は定かじゃないし、ただ菜々子が作りたかっただけかもしれないが、いいように解釈することにする。
それから、菜々子が『寂しい』と言ったのは、ひとりマンションに閉じ込めてしまっている所為だろう。
そう思うと、胸はチクリと痛みはしたが、もう菜々子の居ない人生なんて考えられないどこまでも卑怯な俺は、都合の悪いことは蓋でもするように気づかなかったことにした。
✧✦✧
そうして現在、場所をリビングのソファへと移し、いつものように菜々子お手製の苺タルトを堪能しているところだ。
勿論、これまで同様、ソファに座った俺の膝上には、恥ずかしそうに頬をほんのりと紅く色づけた菜々子が所在なさげにちょこんと乗っかっている。
このひと時があるからこそ、なんだって頑張れると言っても過言ではない。
――俺にとっては至福のひと時だった。
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