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従兄の奇襲
③
そうこうしているうちに、ふたりの従兄からマンションの来客専用の駐車場にたった今到着したとの連絡があった。
杏璃は薄手のジャケットとバッグを手に取り、従兄の待つ駐車場へと足を向ける。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
ロビーで顔馴染みのコンシェルジュに会釈してからエントランスに足を向けると、海ご自慢のスポーツカーが視界に飛び込んできた。
「海兄、空兄、お待たせ。わざわざ迎えに来てくれてありがとう」
車の傍まで駆け寄り明るい声をかけた杏璃に対して、ふたりは何だか元気がないようだが、稽古で扱かれて疲れたのだろうな……。などと考えていると、周囲にチラッと視線を巡らしたふたりに乗車を促された。
「……あ、あー、いや。そんなこといいから早く乗ったらどうだ?」
「そうだな。こんなところでいつまでもいたら、目立ってしょうがないしな」
さすがは、世間でイケメン狂言師と言って騒がれているだけあり、ふたりとも傍目が気になるようだ。
双子だけあり、息ピッタリである。
とはいえ、杏璃の存在は生を受けた瞬間から『人間国宝の孫』としても、『ふたりの従妹』としても、関係者はもちろんファンの間でも周知されている。なのでそこまで気にする必要はないと思うのだが、一般人の杏璃にはわからない有名人なりの苦労があるのかもしれない。そう結論づけた杏璃は、何の疑いもなく後部座席へと乗り込んだ。
ゆっくりと走り出した車の窓には、見慣れた都会の景色が流れていくのと、央輔との愛の巣であるマンションが遠ざかっていく様が見て取れる。
――いってきます。
心の中で密かに呟いた杏璃は、央輔の姿を思い浮かべた。
『驚くのも無理もないと思うが、俺以外の男に触れさせたら駄目だろう。バツとして、今夜は寝かせないからな』
同時に、央輔に告げられた言葉を思い出してしまい、慌てた杏璃は外の景色へと無理矢理意識を集中させる。
そうして心地いい振動に身を委ねること三十分ほどで、住み慣れた高邑家へと到着したのだった。
久々……といっても一ヶ月ぶりだが、我が家に足を踏み入れると、何だかふるさとにでも帰ったようで、感慨深い。
そんなことをしみじみ思いつつ、居間に足を向けると、伯父夫婦と祖父があたたかく出迎えてくれた。
「杏璃、急に呼びつけてしまって悪かったな。元気にしていたか? どうだ? 央輔さんとの暮らしにも少しは慣れたか?」
「あらあら、まぁまぁ。そんなところで立ってないで、座りなさい」
「そうだぞ、杏璃。嫁に行ったからって、遠慮することはない。部屋もそのままにしてあるんだし、いつでも帰ってきてくれていいんだぞ」
「もう、やだ。あなたったら、縁起でもないこと言わないで」
「あっ、いや、別に俺はそんなつもりで言ったんじゃないぞ。央輔さんと喧嘩したりしても、気兼ねなく帰る場所があるって意味でだな」
「うん、わかってる。ありがとう、みんな」
結婚する前と何ら変わらない家族のぬくもりに触れて、杏璃は思わず涙ぐんでしまったほどだ。
(央輔さんとも、こんな風にあたたかな家族を築いていけたらいいなぁ)
そんなことを考えてしまったせいか、央輔に無性に会いたくなってしまった杏璃だった。
恋しい想いを抱きつつ、家族団らんのひと時を過ごしていた杏璃だったが……
「杏璃、感極まってないで、ほら、食べろよ」
「杏璃の好きな、扇屋の江戸前寿司もあるぞ。ほら、いっぱい食べろ」
「わぁ、ありがとう。でも一度にそんなには食べられないよ~」
窓の外に広がる見慣れた景色が夕闇に染まりはじめた頃。
ご馳走も食べ終えそろそろ帰路に就こうかという団になって、海と空が怖いくらい真剣な面持ちでとんでもないことを言い放った。
「杏璃、俺たちは家族なんだからさ、遠慮なんてしなくていいし。辛くてどうしようもないときは、そんなふうに無理して笑わなくてもいいんだぞ」
「そうだぞ、杏璃。結婚して間がないとか、そんなこと気にしなくてもいいんだぞ。嫌なら今すぐにでも帰ってくればいいだ」
――え? 何? どういうこと?
一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、ふたりが言わんとすることは何となく理解できた。何がそうさせたかは不明だが、どうやらふたりは杏璃が結婚に不満を抱いていると思い込んでいるようだ。
途端に、アットホームな雰囲気が一変、場の空気が凍り付いた。
(電話ではそんなこと言ってなかったように思うんだけど……。ふたりとも、急にどうしちゃったんだろ? わけがわかんないんだけど)
――さて、どうしたものか……
当惑しながらも、この状況を収める手立てはないかと、考えあぐねていると、血相を変えた祖父の大きな声が飛び交った。
「ふたりとも、儂にもわかるように説明なさいっ!」
ハッと我に返った杏璃が空気を仕切り直そうと口を開くも。
「違うのお祖父ちゃん。ふたりとも何か勘違いしてるみたい。私、今すっごく幸せだよ。早く帰って央輔さんに会いたいって思ってるぐらいだもん」
そこまで言って、急に恥ずかしくなってきた。杏璃は真っ赤になって俯いてしまう。
そこに、海から、予想だにしなかった言葉が飛び出し、杏璃はショックのあまり言葉を失うのだった。
「勘違いも何も、俺はこの目で見たんだ。鷹村央輔が浮気しているところをな」
杏璃は薄手のジャケットとバッグを手に取り、従兄の待つ駐車場へと足を向ける。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
ロビーで顔馴染みのコンシェルジュに会釈してからエントランスに足を向けると、海ご自慢のスポーツカーが視界に飛び込んできた。
「海兄、空兄、お待たせ。わざわざ迎えに来てくれてありがとう」
車の傍まで駆け寄り明るい声をかけた杏璃に対して、ふたりは何だか元気がないようだが、稽古で扱かれて疲れたのだろうな……。などと考えていると、周囲にチラッと視線を巡らしたふたりに乗車を促された。
「……あ、あー、いや。そんなこといいから早く乗ったらどうだ?」
「そうだな。こんなところでいつまでもいたら、目立ってしょうがないしな」
さすがは、世間でイケメン狂言師と言って騒がれているだけあり、ふたりとも傍目が気になるようだ。
双子だけあり、息ピッタリである。
とはいえ、杏璃の存在は生を受けた瞬間から『人間国宝の孫』としても、『ふたりの従妹』としても、関係者はもちろんファンの間でも周知されている。なのでそこまで気にする必要はないと思うのだが、一般人の杏璃にはわからない有名人なりの苦労があるのかもしれない。そう結論づけた杏璃は、何の疑いもなく後部座席へと乗り込んだ。
ゆっくりと走り出した車の窓には、見慣れた都会の景色が流れていくのと、央輔との愛の巣であるマンションが遠ざかっていく様が見て取れる。
――いってきます。
心の中で密かに呟いた杏璃は、央輔の姿を思い浮かべた。
『驚くのも無理もないと思うが、俺以外の男に触れさせたら駄目だろう。バツとして、今夜は寝かせないからな』
同時に、央輔に告げられた言葉を思い出してしまい、慌てた杏璃は外の景色へと無理矢理意識を集中させる。
そうして心地いい振動に身を委ねること三十分ほどで、住み慣れた高邑家へと到着したのだった。
久々……といっても一ヶ月ぶりだが、我が家に足を踏み入れると、何だかふるさとにでも帰ったようで、感慨深い。
そんなことをしみじみ思いつつ、居間に足を向けると、伯父夫婦と祖父があたたかく出迎えてくれた。
「杏璃、急に呼びつけてしまって悪かったな。元気にしていたか? どうだ? 央輔さんとの暮らしにも少しは慣れたか?」
「あらあら、まぁまぁ。そんなところで立ってないで、座りなさい」
「そうだぞ、杏璃。嫁に行ったからって、遠慮することはない。部屋もそのままにしてあるんだし、いつでも帰ってきてくれていいんだぞ」
「もう、やだ。あなたったら、縁起でもないこと言わないで」
「あっ、いや、別に俺はそんなつもりで言ったんじゃないぞ。央輔さんと喧嘩したりしても、気兼ねなく帰る場所があるって意味でだな」
「うん、わかってる。ありがとう、みんな」
結婚する前と何ら変わらない家族のぬくもりに触れて、杏璃は思わず涙ぐんでしまったほどだ。
(央輔さんとも、こんな風にあたたかな家族を築いていけたらいいなぁ)
そんなことを考えてしまったせいか、央輔に無性に会いたくなってしまった杏璃だった。
恋しい想いを抱きつつ、家族団らんのひと時を過ごしていた杏璃だったが……
「杏璃、感極まってないで、ほら、食べろよ」
「杏璃の好きな、扇屋の江戸前寿司もあるぞ。ほら、いっぱい食べろ」
「わぁ、ありがとう。でも一度にそんなには食べられないよ~」
窓の外に広がる見慣れた景色が夕闇に染まりはじめた頃。
ご馳走も食べ終えそろそろ帰路に就こうかという団になって、海と空が怖いくらい真剣な面持ちでとんでもないことを言い放った。
「杏璃、俺たちは家族なんだからさ、遠慮なんてしなくていいし。辛くてどうしようもないときは、そんなふうに無理して笑わなくてもいいんだぞ」
「そうだぞ、杏璃。結婚して間がないとか、そんなこと気にしなくてもいいんだぞ。嫌なら今すぐにでも帰ってくればいいだ」
――え? 何? どういうこと?
一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、ふたりが言わんとすることは何となく理解できた。何がそうさせたかは不明だが、どうやらふたりは杏璃が結婚に不満を抱いていると思い込んでいるようだ。
途端に、アットホームな雰囲気が一変、場の空気が凍り付いた。
(電話ではそんなこと言ってなかったように思うんだけど……。ふたりとも、急にどうしちゃったんだろ? わけがわかんないんだけど)
――さて、どうしたものか……
当惑しながらも、この状況を収める手立てはないかと、考えあぐねていると、血相を変えた祖父の大きな声が飛び交った。
「ふたりとも、儂にもわかるように説明なさいっ!」
ハッと我に返った杏璃が空気を仕切り直そうと口を開くも。
「違うのお祖父ちゃん。ふたりとも何か勘違いしてるみたい。私、今すっごく幸せだよ。早く帰って央輔さんに会いたいって思ってるぐらいだもん」
そこまで言って、急に恥ずかしくなってきた。杏璃は真っ赤になって俯いてしまう。
そこに、海から、予想だにしなかった言葉が飛び出し、杏璃はショックのあまり言葉を失うのだった。
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