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episoudo:15
#2
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「黒木さん」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
声をかけられたんだと理解するのに数秒を要してしまった私は、慌てて目元と頬をゴシゴシと乱暴に拭いさって深呼吸をしてから、ゆっくりとこちらへ近づいてくる声の主へと振り返ると、なんにもなかった風を装って笑顔を振り撒いた。
すると、そこに立っていたのは、直樹の親友である相川さんで。
「行き違わなくて良かったぁ。さっき会社寄ったら、黒木さん退社したって聞いて、ちょっと気になって。顔、真っ青だけど、大丈夫?」
振り返った私の顔を見た相川さんが、また一歩近づいて、心配そうに長身を屈めてくる。
相川さんには、なんにもなかった風を装って張り付けていた筈の笑顔は、なんの役にも立たなかったらしい……。
これ以上、相川さんに顔を見られたくなかった私が、足元に視線を落としたまま何も言えないままでいると。
「あちゃー、やっぱりかぁ……。部屋に、『咲ちゃん』居るんだね?」
思ってもみなかった相川さんの言葉に、弾かれたように顔を上げると。
流石、爽やかイケメン臭プンプンの相川さんらしい綺麗に整えられた眉を悩ましげに歪ませて、
「ここはちょっとまずいから、場所変えようか?」
そう聞いてはきたけれど、私の返事なんて待つ気なんてこれっぽっちもないらしく。
呆然と突っ立っていた私の腕を掴んでツカツカと歩きはじめた。
いつもの私なら、相川さんに色々と問いただしているところだけれど……。
ついさっき、大きなダメージを受けてしまってる私に、そんなことをするパワーなんてあるわけもなく。
私の腕を掴んで前を歩いていく相川さんに、ただただついていくことしかできなかった。
相川さんに腕を引かれた私が辿り着いた先は、直樹の病室と同じ階に設けられている談話室だった。
談話室に置かれたクッション性に優れた柔らかいソファに腰を下ろした私と相川さんは、現在、アンティーク調のテーブルを挟んで向かい合って対峙している。
相川さんの話によれば、直樹は私のことは忘れてはいなくて、社長であるお父さんに軽率な行動をしたことを咎められ、私と少し距離をとって反省するよう言われていること。
そこで、相川さんの妙案により、直樹が私と付き合っていた記憶をなくしたということになったこと。
そして、『咲さん』は直樹の親せきであり、幼馴染でもあること。
その咲さんが病気を患っていて、治療を拒否していること。
咲さんのお義父さんに、なんとか治療を受けるよう説得してほしいと頼まれているらしいこと。
そこまで聞いた私は、直樹が私のことを忘れたわけじゃなかったんだってことに、心底ホッとしてしまい。
相川さんの存在なんて忘れて、思わず泣いてしまうほどだった。
そんな私に対して、
「黒木さんって、やっぱり、すぐ表情に出ちゃってるよね? 松岡のことになると、すぐ泣いちゃうし」
なんて楽しそうに、クスクス笑いながら言ってくる相川さん。
当然、ムッと眉間に皺を刻んだ私が、
「だって、仕方ないじゃないですか? ずっと、思い出してもらえなかったらどうしようって、すっごく不安だったんだから。それを笑うなんて……。相川さんっ! 無神経にもほどがありますよっ!!」
いつもの私らしさを取り戻した私が勢いに任せてそういえば。
「ハハハッ、やっと調子が出てきたみたいだね? いつもの黒木さんに戻ってくれて、ホッとしたよ。まぁでも、腕の中で泣いてた黒木さんも、あれはあれで可愛かったよなぁ……。拓哉くんが惑わされるのも仕方ないよなぁ」
反撃とばかりに、笑いながらからかうようにそう返されてしまって、たちまち形勢は逆転させられてしまった。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
声をかけられたんだと理解するのに数秒を要してしまった私は、慌てて目元と頬をゴシゴシと乱暴に拭いさって深呼吸をしてから、ゆっくりとこちらへ近づいてくる声の主へと振り返ると、なんにもなかった風を装って笑顔を振り撒いた。
すると、そこに立っていたのは、直樹の親友である相川さんで。
「行き違わなくて良かったぁ。さっき会社寄ったら、黒木さん退社したって聞いて、ちょっと気になって。顔、真っ青だけど、大丈夫?」
振り返った私の顔を見た相川さんが、また一歩近づいて、心配そうに長身を屈めてくる。
相川さんには、なんにもなかった風を装って張り付けていた筈の笑顔は、なんの役にも立たなかったらしい……。
これ以上、相川さんに顔を見られたくなかった私が、足元に視線を落としたまま何も言えないままでいると。
「あちゃー、やっぱりかぁ……。部屋に、『咲ちゃん』居るんだね?」
思ってもみなかった相川さんの言葉に、弾かれたように顔を上げると。
流石、爽やかイケメン臭プンプンの相川さんらしい綺麗に整えられた眉を悩ましげに歪ませて、
「ここはちょっとまずいから、場所変えようか?」
そう聞いてはきたけれど、私の返事なんて待つ気なんてこれっぽっちもないらしく。
呆然と突っ立っていた私の腕を掴んでツカツカと歩きはじめた。
いつもの私なら、相川さんに色々と問いただしているところだけれど……。
ついさっき、大きなダメージを受けてしまってる私に、そんなことをするパワーなんてあるわけもなく。
私の腕を掴んで前を歩いていく相川さんに、ただただついていくことしかできなかった。
相川さんに腕を引かれた私が辿り着いた先は、直樹の病室と同じ階に設けられている談話室だった。
談話室に置かれたクッション性に優れた柔らかいソファに腰を下ろした私と相川さんは、現在、アンティーク調のテーブルを挟んで向かい合って対峙している。
相川さんの話によれば、直樹は私のことは忘れてはいなくて、社長であるお父さんに軽率な行動をしたことを咎められ、私と少し距離をとって反省するよう言われていること。
そこで、相川さんの妙案により、直樹が私と付き合っていた記憶をなくしたということになったこと。
そして、『咲さん』は直樹の親せきであり、幼馴染でもあること。
その咲さんが病気を患っていて、治療を拒否していること。
咲さんのお義父さんに、なんとか治療を受けるよう説得してほしいと頼まれているらしいこと。
そこまで聞いた私は、直樹が私のことを忘れたわけじゃなかったんだってことに、心底ホッとしてしまい。
相川さんの存在なんて忘れて、思わず泣いてしまうほどだった。
そんな私に対して、
「黒木さんって、やっぱり、すぐ表情に出ちゃってるよね? 松岡のことになると、すぐ泣いちゃうし」
なんて楽しそうに、クスクス笑いながら言ってくる相川さん。
当然、ムッと眉間に皺を刻んだ私が、
「だって、仕方ないじゃないですか? ずっと、思い出してもらえなかったらどうしようって、すっごく不安だったんだから。それを笑うなんて……。相川さんっ! 無神経にもほどがありますよっ!!」
いつもの私らしさを取り戻した私が勢いに任せてそういえば。
「ハハハッ、やっと調子が出てきたみたいだね? いつもの黒木さんに戻ってくれて、ホッとしたよ。まぁでも、腕の中で泣いてた黒木さんも、あれはあれで可愛かったよなぁ……。拓哉くんが惑わされるのも仕方ないよなぁ」
反撃とばかりに、笑いながらからかうようにそう返されてしまって、たちまち形勢は逆転させられてしまった。
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