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熱に浮かされた狭間で
②
奏に心の内を見透かされそうな気がしたからだ。
(――そんなわけないでしょ! 社長は熱に浮かされてさっきまで眠ってたんだから。ほら、しっかりしなさい)
動揺したもののどうにかこうにか気持ちを落ち着けた穂乃香は、奏にそっと窺ってみる。
「……社長、お身体の具合はどうですか?」
すると高熱を出したせいか倒れた際の記憶が曖昧のようで、奏は状況を把握するのに数秒ほど時間を要した。
「……ん? あっ、ああ……そうか。あの後倒れたんだな」
「社長、喉が渇いたでしょう。詳細はゆっくり説明しますので、とりあえずこちらを飲んでください」
当たり前だが、穂乃香の懸念は杞憂に終わったようだ。
(ほらね、エスパーじゃないんだから。看病に集中しなきゃ)
胸の内でようやくほっと安堵の息をついた穂乃香は奏の看病に集中するのだった。
奏が倒れてからこれまでの説明や業務連絡をしながら、奏に経口補水液を飲ませたり身体の汗を拭いたり着替えだったりと甲斐甲斐しく看病を続けていた。そのうち、穂乃香はいつもの調子を取り戻すこともできていた。
いくら病人とはいえ、男性である奏の身体を清拭する際には気まずかったし、目のやり場に困った。けれど、奏ではなく弟だと自分に言い聞かせ何とかやり過ごした。
今朝高熱で倒れたばかりだというのに、奏は元々身体が丈夫なせいか思いの外回復は早そうだ。
けれども、柳本に指摘されてしまった通り、穂乃香は奏を意識するあまり秘書としての役目を疎かにしていたのは紛れもない事実だ。
そのせいで無理をしていた社長の様子にも気づけなかったに違いない。
元来の生真面目さがここぞとばかりに顔を出し責任を感じてしまっている穂乃香は、これまで以上に仕事に励もうと休まず看病に徹していた。
すっかり夜も更けた頃には、奏はまだふらつきはするものの食欲もあり、用意した中華粥をいつものようにペロリと平らげるほどの回復ぶりを見せていた。
そのせいか穂乃香が目を離すとすぐに起き上がろうとする。
奏が無理をして熱がぶり返しやしないだろうか、と穂乃香は気が気ではなかった。
奏が薬を服用している隙に、穂乃香がベッド脇のテーブルから空になった食器類を下げようとしていた時のことだ。
「穂乃香。看病してくれるのは有り難いが、そんなに何もかも急いですることはない。小うるさい柳本もいないんだし、俺も子どもじゃないんだ。自分のことくらいできる。この機会にゆっくり休んでおくといい」
病人である奏から思いがけず労いの言葉をかけられてしまった穂乃香は、自身を律するためにも即座に返答する。
「ありがとうございます。ですが、動いている方が性に合っているので、気になさらないでください」
思えば奏と再会してからというもの奏が優しいのをいいことに、穂乃香は社長である奏に対して酷い態度ばかりとってきたように思う。
再会時のいきなりのプロポーズ発言から端を発し、業務の一環としてのビジネス婚を強いられようとしているから、なのだが。
自覚がなかっただけで、その裏には、穂乃香の香りを好きだという奏になら何を言っても許される、という奢りがあったのかもしれない。
(社長の気持ちに応えられないと言いながら、何て身勝手で打算的な女なんだろう)
これ以上社長の優しさに甘えてはいけない。
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