フェチらぶ〜再会した紳士な俺様社長にビジ婚を強いられたはずが、世界一幸せな愛され妻になりました〜

羽村 美海

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熱に浮かされた狭間で


 そう思ったからこそ出た言葉だったのだが、奏からは予想外な言葉が飛び出してくる。

「俺と二人では気が休まらないってことか?」

 ちょうど寝室のドアに向かっていた穂乃香は奏に背を向けているため表情は窺えない。

 けれどいつもは大企業のトップらしく泰然としているはずの奏の声が心なしかシュンと沈んでいる気がして。気になった穂乃香は応答するよりも先に振り返る。

 つい今しがた見たとき同様、ベッドで半身を起こしこちらを見つめている奏の姿があった。

 奏の表情は、まだ体調が優れないせいか、酷く悲しげだ。

 それを目の当たりにした穂乃香の胸はツキンと鋭い痛みに襲われてしまう。

「そ、そういう意味ではありません」

(――いつもは憎らしいほど飄々としているくせに、不意打ちでそんな表情するなんてズルイ!)

 そんな表情されても気持ちには応えられないのに困る。

 そう考える一方で、そうさせているのが自分なのだと、心のどこかで喜んでいる自分がいることに気づかされる。

 それだけじゃない。

 奏と一緒に過ごす時間が当たり前になっていて、今では心地の良いものにさえなってしまっている。

 今の言葉だって、柳本に指摘されたとか体調云々を考慮してではなく、単純にウソがつけなかっただけだ。

 口では嫌だと言いながら、結局は奏の気持ちを弄ぶような真似をしてしまっている。

 柳本はそれを指摘していたに違いない。

 自覚がなかったとはいえ何てさもしい女なのだろう。

(――ズルイのは私のほうだ)

 つまりは穂乃香の中で奏の存在が大きくなっている表れである。だが、奏を意識してしまうのは一夜の過ちのせいだ、と結論づけたばかりなので穂乃香にはまだその自覚などない。

 ……というより、今の穂乃香にはそれに気づくだけの余裕がなかった。

 穂乃香はただただ浅ましい自分に対し嫌悪感を抱いて嘆くばかりだ。

 肩を落とした穂乃香が手にしたトレイに視線を落とす様を目にした奏が、何やら思案する素振りを見せた。かと思えばズバリ核心を突いてくる。

「なら、柳本に何か言われたのか?」

 意表を突かれてしまった穂乃香は、一瞬ギクリとして危うくトレイを落としそうになった。

 だが体調不良の奏に余計な心配をかけるわけにはいかない。そう思い直し、何とか体勢を整え即座に否定する。

「そ、そういうわけでは……ない……です」

 けれども嘘をつくのが苦手な穂乃香は後ろめたさも相まって、上手く立ち回れない。

 奏は、穂乃香の言動から、柳本との間で何かあったのだと確信したようだ。

 いつもは穏やかで耳に心地良いはずのバリトンボイスに、有無を許さないという強い意志を宿した揺るぎない声音で、穂乃香の心に強く訴えかけてくる。

「ウソをつくな。穂乃香と一緒に暮らすようになって、いや、出会ってからというもの、俺には穂乃香しか見えていなかったんだから、それくらいすぐにわかる」

 これまでも奏には数え切れないほど好きだ何だと言われてきた。それは穂乃香が奏の好む香りを纏っているからなのだと思っていた。

 けれど匂い関係なく穂乃香自身を見てくれていたようだ。

 奏の言葉に、穂乃香の胸はきゅっと苦しいほどに締め付けられる。

(――凄く嬉しいだなんて、これじゃまるで……)

 穂乃香がいつしか芽生えてしまっていた何かに気づきかけていた、ちょうどそこに奏の声が届く。

「柳本に、穂乃香のせいで俺が倒れたと責められたのなら、生真面目な穂乃香の罪悪感を煽るために言っただけだ。穂乃香が気に病む必要はない」

 何もかもを見透かしたような奏の言葉に、思わず気の抜けた声を上げてしまった穂乃香の意識は完全に逸れてしまう。

「……え? そ、そうだったんですか?」

 柳本からの指摘にすっかり意気消沈してしまっていた穂乃香には、柳本の企みに気づくような余裕などなかったのだから仕方ない。

 奏はふっと微笑を漏らすと、いつもの耳に心地良いバリトンボイスを優しく甘やかに響かせる。

「まぁ、そういう訳だから気にするな」

 奏の優しい声音に、穂乃香はうっかり「はい」と素直に頷きそうになった。

 けれど、ここぞとばかりに頑固さがひょっこりと顔を出す。

「でも……口では嫌だと言いながら、心のどこかでは優越感に浸っていたんですから……自業自得です」

 そればかりか、ついうっかり余計なモノまで口走ってしまうのだった。

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