73 / 161
第71話 探索の終わり
しおりを挟むユークたちは、ダンジョンと化した古びた屋敷で探索を続けていた。
窓のない長い廊下は、かつて朽ち果てていたはずが、今は魔力の影響で鮮やかに蘇っている。
深紅の絨毯が床を彩り、壁には燭台が等間隔に並び、仄かな光を灯している。
「敵っ!」
先頭を歩いていたセリスが、瞬時に気配を察知して叫んだ。
「っ! どこ!?」
仲間たちが警戒しながら周囲を見渡す。しかし、見える限りの空間には、敵の姿はない。
「上だっ!」
ユークが咄嗟に叫び、全員が反射的に天井を見上げた。
その目に映ったのは、ぬるりとした黄色い粘体。天井に張りついたまま、じわじわと彼らの真上に移動している。
「イエロースライムよ! そこまで強くはないけど、顔に張り付かれたら窒息するわ!」
アウリンがすばやく説明した。
「了解! 下がって、俺がやる!」
ユークは杖を構えると、素早く詠唱を終える。
「《フレイムボルト》!」
杖先から放たれた炎の矢が、天井に張りついていたスライムたちを正確に撃ち抜き、爆発する。燃え上がる熱と共に、それらは一瞬にして蒸発するように消えていった。
「ふう……」
ユークが息を吐くと、セリスが先行して周囲の探索を行う。
「ドア、見つけたよー。開けるね」
彼女は慎重に扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと押し開けた――が。
「うわっ……!」
扉の隙間から中を覗いた瞬間、セリスは反射的に数歩後ずさった。
「セリス、どうかしたの?」
彼女のすぐ後ろで様子をうかがっていたユークが心配そうに声をかける。
「……穴。ドアを開けたら、いきなり穴が空いてた」
そう言いながら、セリスは胸の鼓動を抑えようと深く息を吐いた。
ユークはその言葉を聞いて眉をひそめると、恐る恐る扉の向こうを覗き込んだ。続いてアウリンとヴィヴィアンも顔を寄せる。
「……なるほど」
ユークがぽつりと呟いた。
扉の向こうには、確かに廊下が存在していた――ただし、縦に。
本来、床であるべき面が垂直に延びており、まるで通路そのものが九十度回転してしまったかのようだった。真っ直ぐな窓も扉も無い通路が、上下方向へと果てしなく続いている。
「下は……もう、何も見えない。どこまで続いてるんだ、これ……」
ユークは唾を飲み込みながら、縦に伸びる廊下の底を覗き込んだ。だが視界は闇に塗りつぶされ、底などまったく見えない。
「上も同じよ。延々と廊下が続いてるわ~」
ヴィヴィアンが見上げながら、小さくため息を漏らす。
「よし、ちょっと深さを確かめてみる」
ユークはポケットを開けて鉄球を取り出した。手のひらに乗せたそれは、明らかに重みがあり、落下すれば音を立てるはずだ。
「これを落とせば、音がするまでの時間で、ある程度の深さがわかるはずだ」
彼は慎重に手を伸ばすと、鉄球を真下へと放した。
沈黙が降りる。
一秒、二秒……十秒。
しかし、音は返ってこなかった。
「……おかしいな。いくら何でも、深すぎる」
ユークが眉をひそめる。
「ここは無理ね。こんな落とし穴みたいな廊下、進めるわけがないわ」
アウリンが肩をすくめると、彼女は手早く扉を閉めた。
「他のルートを探しましょう。……もう少しまともな道があるといいけど」
その言葉に誰もがうなずいた。
──それからしばらくして。
「……で、いろいろ探索したんだけど……」
アウリンが腕を組みながら、疲れたように言う。
「結局、先に進めそうな道は見つからなかったのよね~」
ヴィヴィアンが苦笑を浮かべながら同意した。
「……残ってるのは、あの上下に続く通路だけか」
ユークが再び、先ほどの縦廊下の扉を開いた。先ほどと同じ景色が、そこに広がっている。
「……それで、どうやって行くの、これ?」
セリスが床に伏せ、顔だけ通路の端に出して下を覗き込みながら言った。
「どうしようか……」
ユークが唸るように言う。
「う~ん……なんかいい案ないかしら」
アウリンも唇を尖らせて考え込む。
こうして一行は、重力を無視したかのような縦の廊下を前にして、再び立ち尽くすことになったのだった。
「よっ! ほっ!」
軽やかな声とともに、セリスが石壁を跳び移る。器用な身のこなしで、一段、また一段と、下へと降りていった。
「《ストーンウォール》」
ユークが静かに詠唱する。廊下の壁から新たな石の足場がせり出した。それはセリスの乗っている石壁の、少し下に重ならないように配置される。
「えいっ!」
ズシン、と音を立ててヴィヴィアンが上から飛び降りてきた。
「不安だわ~……この足場って大丈夫かしら~」
不安げに足を上げ下げして、ヴィヴィアンがぽつりと呟く。
「たぶん大丈夫……壊れたりはしない、はず……」
「そうね、大丈夫よ……たぶん……」
ユークとアウリンがが自信なさげに返した。
下からセリスの声が響いてくる。
「ねえ、みんなー! 来ないのー?」
「あ、ちょっと! あんまり先に行かないでってば!」
ユークが慌てて降りていく。
「はやくー!」
「ああもう……《ストーンウォール》!」
再びユークが魔法を発動し、新たな足場を確保する。
「やった!」
セリスの無邪気な歓声が響いた。
「行っちゃったわ……ねえ、これ本当に大丈夫??」
ヴィヴィアンが不安そうにアウリンに問いかける。
「これしか方法がないから、仕方がないでしょ?」
アウリンが肩をすくめ、一段降りていく。
「うぅ……もう、ええいっ!」
ヴィヴィアンも覚悟を決め、慎重にもう一段飛び降りた。
ようやく全員が穴の底に到達すると、ヴィヴィアンが声を上げる。
「もうっ、二人ともはしゃぎすぎよ!」
呆れた様子でユークとセリスに詰め寄る。
「……ごめん」
「ごめんなさい……」
素直に謝る二人に、ヴィヴィアンは溜息をついた。
見上げると、石の壁が螺旋を描きながら天井へと伸びている。
「まぁ、無事に降りられたんだし、いいじゃない」
アウリンが二人をフォローするように言う。
「……ふぅ、ほんとにもう!」
それで一区切りと判断したのか、ユークが話し出す。
「とりあえず、あの石壁は消しとこうか」
魔力の供給を止めると、石の足場が静かに崩れ落ち、元の平坦な廊下へと戻る。
「次は……こっちね」
アウリンが下を見る。そこには、何の変哲もない扉が一枚、ぽつんと床に取り付けられていた。
「いい? 開けるよ……」
ユークが慎重に扉を開く。中は広い空間のようだ。下まではかなり距離があり、床はまったく見えなかった。
「壁……?」
どうやらこのドアは壁際に設置されているようで、すぐ横に壁が広がっている。
「私、ちょっと見てみる!」
セリスが勢いよく顔を突き出す。
「んん……? なんか変……」
眉をひそめるセリスを見て、ユークが心配そうに声をかける。
「大丈夫? 無理しないで……」
「平気……けど、私ちょっと行ってみるね!」
「えっ、ちょ、待っ……!」
ユークの制止も聞かず、セリスは扉の向こうへ飛び込んだ。
「セリス!!」
ユークが慌てて駆け寄る。しかしセリスは落ちることなく――いや、落ちたはずなのに、するりと体をひねって、壁に垂直に着地した。
「は!?」
呆然とするユークの横で、アウリンが腕を組みながら説明する。
「どうやら、この部屋と通路……地面の向きが違ってるみたいね」
「え? どういう意味……?」
ユークがぽかんと口を開ける。
「行ってみればわかるわ!」
「うわああああああ!!」
アウリンに押し出されるようにして、どたばたしながら全員がドアから出ていく。
「いてて……」
ユークが出てきたドアを見ると、それは壁につけられた普通のドアだった。上から降りてきたはずの廊下が、横にずっと奥まで続いている。
「こ、ここは……?」
視線を巡らせたその先には、天井の高い、広大な空間が広がっていた。
「ここはダンスホールね。貴族やお金持ちがパーティーを開くための部屋よ」
アウリンが淡々と説明する。
「小さい頃、よく連れていかれたわ。何度もドレスを着替えなきゃならないのが嫌で、ぐずった覚えがあるの……」
ヴィヴィアンが懐かしそうに微笑んだ。彼女の育ちの良さを物語る一言だった。
「……誰か、いる!」
突然、セリスが鋭く声を張り上げる。
その一言に、全員が一気に緊張を高めた。警戒しながら視線を向けると、遠くに三つの人影が見えた。
「ふん……本当に来やがったか」
「ただの人間も侮れませんわね」
「え~、めんどくさ~い☆」
それは、三人の女だった。それぞれがただ者ではない気配を纏っている。
そして――
「……お前はっ!」
ユークの瞳が見開かれる。
「へぇ……よりによって、来たのがお前らだとはな……」
その女は仮面とローブで身を隠し、子供たちを攫った張本人。猿のようなモンスターに変身し、ユークたちを苦しめた巨躯の女。
「いいぜ、リベンジマッチだ!」
ユークたちが一度は倒し、そして逃げられた――誘拐の実行犯、ラルドだった。
◆◆◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:またアイツか……
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:大丈夫……やれる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:対策は出来ているわ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:今度は吹き飛ばされないわよ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
16
あなたにおすすめの小説
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
アポカリプスな時代はマイペースな俺に合っていたらしい
黒城白爵
ファンタジー
ーーある日、平穏な世界は終わった。
そうとしか表現できないほどに世界にモンスターという異物が溢れ返り、平穏かつ醜い世界は崩壊した。
そんな世界を自称凡人な男がマイペースに生きる、これはそんな話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる