異世界宿屋の小さな相談役

月森野菊

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月影の誓い、ちいさな剣士たちへ

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 夜の宿り木は、静かだった。
 木枠の窓から、淡い月の光が差し込んでいる。

 裏庭では、3歳のトウマとユウマが、ちっちゃな棒切れを握りしめ、振り回しながらヨチヨチと立ち回っていた。

「トウマ、えいっ!」

「ユウマ、えいっ!」

 

 その光景を、
 屋根の上から見下ろしている影があった。

 ――幽霊、バルノス。

 かつて王国一の槍騎士と謳われ、そして、己の誇りを守るために、静かに剣を折った男。

 今はこの宿で、「見守る者」として、静かに時を重ねている。

 

 ふと、バルノスは微笑んだ。

「剣は、誰かを傷つけるためではなく。
 守るためにある――
 それを、伝えるのはわしの最後の務めかもしれんな」

 

 バルノスは、ふわりと地に降り立つ。

 トウマの前に膝をつき、姿を見せ、声をかけた。

「そなた、剣を学びたいか」

 

 トウマは、ぱちりと目を瞬かせ、嬉しそうに棒を持ち直して、こくんと頷いた。

「うん! おじいちゃん、ぼく、まもるの! ユウマも!」

(……この小さき者は、もう“剣を持つ意味”を知っているのだな)

 バルノスは、胸の奥にふっと灯るものを感じながら、頷いた。

 

 一方、ユウマはというと――

「あれ? とーま、だれとおはなし?」

 とぽかんとしながら、棒を抱えて庭をコロコロ転がっていた。

(ユウマ坊やには、まだ見えぬか……それでよい)

 

 ◆ 第一の教え:「剣の心」

「よいか、少年。
 剣とは、力ではない。
 まず、“まっすぐ立つ心”を持つことだ」

 

 バルノスは、ゆっくりと剣を構える型をとった。

 トウマも、小さな足を踏ん張り、真似をする。

 でも――バランスを崩して、ぺたんと座り込んだ。

 

 バルノスは叱らない。
 ただ、そっと手を伸ばして、トウマの背中を支えた。

「立ち上がればよい。
 何度でも。
 それこそが、“剣を持つ者”だ」

 

 トウマは、くしゃりと笑って、また立ち上がった。

「たつ! ぼく、たつよ!」

 

 ◆ 第二の教え:「剣の声」

「剣を振るとき、
 恐れず、心を声に乗せるのだ」

 バルノスが、低く静かに「はあっ」と気合を放つと、トウマも、元気いっぱい叫んだ。

「やあっ!」

 ……横でユウマは、相変わらず、

「とーーうっ!」

 と叫びながら転がっている。

 バルノスはふっと笑った。

(それもまた、あの子なりの“心の声”か)

 

 ◆ 最後の教え:「守る剣」

 訓練のあと、バルノスは、トウマとユウマを前にして、静かに言った。

 

「覚えておくがよい。
 剣は、強さを誇るためにあるのではない。
 誰かを、守るためにある。

 力に溺れる剣は、やがて己を滅ぼす。

 だが、誰かのために振るう剣は、決して折れぬ。
 それが、剣士というものだ」

 

 トウマは、小さな胸にその言葉を刻むように、まっすぐにバルノスを見上げた。

「……うん。ぼく、まもる。ユウマも、みんなも!」

 

 ユウマも、意味はよくわからないながら、笑ってトウマに抱きついた。

「トーマ、まもってねー!」

 

 バルノスは、空に目を向けた。

 宿り木の上には、月が静かに浮かんでいる。

 あの夜、トウマと交わした月夜の誓いを思い出しながら、そっと目を細めた。

 

「ああ――
 わしは、もう大丈夫じゃ。
 この未来に、安心して託せる」

 

 ふわりと風が吹く。

 バルノスは静かに姿を消し、ただ、優しい夜風となって双子を撫でていった。

 

 宿り木の庭に、今日もまた、
 小さな騎士たちの物語が、ひとつ重なった。
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