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第8話「闇の舞踏会と仮面の貴族」
しおりを挟む王都の西に位置する離宮跡地──通称ノクターンの館。
表向きにはすでに王家の保有を外れて久しい建物だが、今でも特定の貴族たちの間で、仮面舞踏会が開催されることで知られている。
そこでは身分も姓も伏せられたまま、情報、取引、密かな駆け引きが繰り広げられているという。
「ここなら、アリシアの支援者が姿を見せる可能性があるわ」
ティナは仮面を手に取りながら言った。
「自分の顔を隠してまで集まる舞踏会よ。表に出られない協力者には、うってつけの場」
「でも、それって……」
クロエが不安げに私を見る。
私は頷いた。
「危険よ。だけど、今の私たちに安全な情報なんて残っていない。行きましょう、確かめるために」
舞踏会の夜。私たちはそれぞれ仮面と変装を施し、館の門をくぐった。
石造りの高い天井、シャンデリアの光だけが照らす静かな広間には、仮面を付けた貴族たちが笑い、囁き合っていた。
彼らの言葉は断片的で、誰が誰と通じているのか、見抜くのは難しい。
だが確かに、そこには公の場では聞けない種類の噂が、酒と共に注がれていた。
「……見て白の仮面、あれが今夜の鍵よ」
ティナが小声で告げる。
その声は、舞踏会のざわめきの中でも、どこか空気を裂くような鋭さを帯びていた。
指差す先、群れから一歩引くように壁際に佇むひとりの男の姿があった。
白銀の仮面が、蝋燭の光を受けて鈍く鈍く煌めいている。
黒い燕尾服は細部まで仕立てが良く、明らかに上級貴族のもの。だが、その所作はあまりに静かで、誰の視線も求めていなかった。
彼は誰とも言葉を交わさず、ただ手元のグラスをゆるやかに傾けていた。
その瞳の奥は仮面に隠れて見えないはずなのに、どこかすべてを見透かしているような、冷えた知性が漂っている。
「周囲に溶け込んでるのに、誰にも染まっていない。目立たぬように見せて、あれは選んで目立たぬ振る舞いをしてるわ」
ティナが囁く。
「騎士団の記録にあった、裏回し役の特徴とも一致する。名はまだ伏せられていたけど……きっとあれが、アリシアの情報源よ」
私はその青年をじっと見つめながら、小さく頷いた。
仮面をつけてなお、滲み出るのは己が観客ではないという気配。
あの男は、この舞踏会に何かを見届けに来た者だ。
──そして今夜、彼の前に逆の観察者として私たちが現れる。
「私が近づいてみるわ」
私はグラスを手に、その仮面の青年へと歩み寄った。
「貴方は、表と裏の両方で器用に生きるタイプでしょう?」
そう話しかけると、青年は肩をすくめた。
「なぜ、そう思います?」
「誰とも深く関わらず、けれど誰より場を観察している。そういう目をしているから」
しばらく沈黙が落ちた。
やがて、青年は仮面越しに微笑んだ。
その笑みは感情を読ませない、どこまでも冷静で計算されたもの。
けれど確かに、理解者を演じる者が浮かべる、それだった。
「貴女も、裏を見に来た人間だとしたら──お互い、よく似ていますね」
声の調子は穏やかだったが、そこにこもる意図は明白だった。
試すような響き。探るような言い回し。そして、会話の主導権はこちらにあるという余裕。
私は思わず眉をひそめる。
この男、こちらの動機を見抜いた上で、それを楽しんでいる。
「そう思うのは、どのあたりが?」
私がわざと涼しい顔で返すと、青年はグラスを傾けながら、わずかに視線をそらした。
「静かに火を灯す人間はね、どれだけ仮面をつけても、目の奥に火種を隠しきれないものです」
「……それは、貴方のこと?」
「さあ。けれど、火を灯す者に火を運ぶのが、私のような役割だとしたら──その燃え方には、興味がありますよ」
その口ぶりは、何かを察している者のものだった。
言葉の一つ一つが鋭く、けれど明確な情報は決して渡さない。
やはり、この男はただの客ではない。
観客席にいるふりをした舞台監督──あるいは、物語を運ぶ黒衣の役者。
私の中で、彼の存在が静かに色を変えていくのを感じていた。
私は思い切って切り込んだ。
「アリシアという名前、ここでよく耳にするの。貴方はご存じかしら」
青年の目が、仮面の奥でわずかに細められた。
「それは、扱いに気をつけるべき名前ですよ。光に近づきすぎれば、影も深くなる」
「その影を見たことがあるの?」
「……見せられたことなら、あります。都合の良い物語という名の脚本を」
私は息を詰める。
「貴女が探しているのは、誰が演出家かではありませんか?」
彼はそう言い残し、グラスを置いて舞踏会の奥へと姿を消した。
その夜、私たちは館を後にした。
得られたのは、たった一つのヒント――
脚本家の存在。
そしてその演出に、アリシアもまた従っている役者のひとりに過ぎないのだと。
「脚本家を暴けば、幕が引き裂ける」
私は呟いた。
仮面の下の顔が見えぬうちに、私たちの役割もまた、終幕を迎えるかもしれない。
けれどそれでも、真実だけは握りしめて舞台を降りたいと思った。
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