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第一章 違和感の連続
建国祭
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全治二週間。医者から言い渡された診断によって、フレデリクはその期間中、自宅での安静を余儀なくされた。
たかが足を少し捻ったくらいで大袈裟だ。ギルドへ行くのは無理だとしても、歩けないことはないのだから、買い物くらい行ったって平気だろう。そう考え大人しく家にいるつもりもなかったフレデリクだが――しかし、その予想は大きく外れることとなる。それはテオドアが思いの外、過保護な様子を見せてきたからだ。
ひとたび自室から出ようとすれば、すぐさま肩を支えられ、食材の買い出しでもあればテオドアが全て行く始末。挙げ句の果てには、終始心配そうな目でこちらを見つめてくるので、フレデリクも途中から自分で行く、とは言えなくなってしまった。
世話をしてくれるのは有り難いし、なんだか胸の奥がくすぐられるような、こそばゆい気持ちでいっぱいになった。
が、それはそれとして違和感は違和感のまま残っていて。
こうして世話をされるのも、心配そうな眼差しで見られるのも、以前までのテオドアからは想像もつかないこと。フレデリクへの好意を自覚したからと言って、人はここまで変わってしまうものだろうか。もはや別人だと思うのが気のせいだとは言いきれないくらい、彼の変貌は明白だった。
やはり何かあったのか。何が彼をそう至らしめているのか。気になることはたくさんある。
しかし、あえて隠していることを無理やり言わせたくもない。それに今聞いたところで、きっと適当に誤魔化されるのがオチだろう。
だからフレデリクは待つことにした。テオドアの口から直接話したいと思ってくれるまで、彼は待つことに決めた。
決して、真実を暴くのが怖いわけではない。溢れるほどの不安から、目を背けているわけではない。
――彼はそう、自分の中で言い聞かせ続けながら。
***
「うわあ、やっぱり何回来てもすごいなあ」
サーティル王国の中心部。そびえ立つ城をバックにして、華やかな装飾で彩られた王都の町並みは、建国祭当日ということもあり、大変多くの人で賑わっていた。
青々と頭上に広がる快晴が、清々しいほどに心地良い。大通りを飛び交う店主の呼び掛けや、風に乗って運ばれてくる香ばしい匂いに、つい目を惹かれる。
大きな噴水のある広場では、小道具片手に観客を沸かせるパフォーマーの姿。通りすぎようとしたフレデリクも例外でなく、楽しそうな雰囲気に釣られてフラッと足を向ける。
「フレッド!」
「うわっ」
しかし、隣を歩くテオドアに強く肩を引き寄せられ、それは無駄足に終わった。
「えっ、なに、どうしたの?」
「勝手に俺から離れるな。この人混みではぐれたらどうするんだよ」
「あ……ごめん。つい、気になっちゃって……」
謝るフレデリクの横で、テオドアはやけに機嫌が悪そうに眉間のシワを深くしていた。
「ここは人が多すぎるな」
「うん……そうだね。次はおれも、ちゃんと伝えてから離れるよ」
「いや、もっと人通りの少ない場所に移動しよう。治ったばっかの足で無理は良くねえから」
「え? でもせっかく今――」
「ほら早く」
「わ、分かった」
本当はここでパフォーマンスを見てみたかったが、有無を言わさぬテオドアの様子を見て諦める。何やら看病期間を経て、テオドアは過保護さを増したみたいだ。
広場を抜け、大通りから逸れた脇道を並んで歩いた。まだそこまで離れていないはずなのに、先程のざわめきが遥か後方から聞こえてくるようだ。通行人も減り、所々に点在する屋台だけが祭り気分を味わわせてくれた。
(それにしても……今日はやけにピリピリしてるな)
隣のテオドアを横目に覗き見ながら、フレデリクは先日の出来事を思い返す。
――数日前、建国祭に行こうと誘った時、まず最初に告げられたのは断りの言葉だった。それも足を怪我したのに、長時間歩くのは危険だとかなんとかで。その頃にはほとんど治っていたにも関わらず、きっぱりと断られて、フレデリクはかなりの衝撃を受けたことを今でもはっきり思い出せる。
毎年楽しみにしていたのは自分だけだったのか――なんて、ぽっかりと胸に穴でも空いたような虚しさがあった。わざわざこんな風に誘わずとも、テオドアとは一緒に行く予定だとさえ思っていたのに。
『悪い。今のなし。やっぱ俺も行きたい』
ただ、テオドアはそんなフレデリクを見ると、困ったような表情をしてそう言った。どんな心境の変化があって意見を変えたのか、フレデリクには分からなかった。無理しなくていい、と伝えたかったけれど、それ以降はわざとらしく話を逸らされてしまって。
(嫌なら嫌だって言ってほしかった。正直に、なんでもいいから話してほしかった。おれにそんな気なんて、遣わないでほしかった……)
「……フレッド?」
軽く俯き、立ち止まったフレデリクを、テオドアが不思議そうに眺める。
「テオさ……やっぱり今日、来たくなかったんだろ」
「……え?」
ポツリと絞り出した一言に、テオドアは大きく目を開いた。
「乗り気じゃないの、おれ分かってたよ。あの時はおれの足が心配だから、とか言ってたけど、本当はそんな理由じゃないのも気づいてる。……でも本当に嫌なら言ってくれるかなって、ちょっと期待してたんだ」
吐き出すつもりはなかった。けれど一度飛び出た本音は、止まることを知らない。
「……何隠してるのか知らないけど、そういう態度されたら正直傷つく。おれが、何かしちゃったのかなって不安になる。全部話してほしいとまでは言わないけど、もう少しおれのこと、信頼してくれてもいいんじゃないの……」
重苦しい空気が周囲を満たす。フレデリクは下を向きながら、早くも後悔の念に苛まれていた。
(ああ……やっちゃった。我慢してたのに、なんで言っちゃうんだよおれ……)
両手を握りしめ、唇をぎゅっと噛む。出来ることなら、今すぐここから逃げ出してしまいたいくらいだった。
しかし、突然取られた腕に、フレデリクは問答無用で引っ張られると、強制的に連行された。
「ど、どこ行くの!?」
目の前のテオドアは背を向けているから、表情を窺うことはできない。声をかけても返事はなく、痛いくらいに握られた手のひらだけが不安を煽る。
狭く薄暗い路地裏に入ったテオドアは、そこでようやく振り替えると、フレデリクをきつく抱き締めた。
「テ、テオ……?」
「……悪かった。そんな風に悲しませてるとは、思いもしてなかった……」
耳元で囁く声が震えている。上半身を包み込む彼の腕は、息苦しいほどに強い。
「俺はフレッドと祭りに来られて嬉しい。これは本当だ。……でも初め断ったのは、それ以上に、お前を独り占めしたかったから。俺達の家で、俺達しかいない空間が幸せすぎて、他の人間がいる場所に行きたくなかったんだ」
「っえ……」
「お前の瞳に、俺だけが映ってればいいのに……って、そんなことばっかり考えてる。だから、さっきも冷たくしすぎたかもしれねえ。……それなのに変な言い訳使って悪かった。フレッドは何も悪くねえから、もう落ち込まないでくれ」
真っ直ぐすぎるくらい、真剣な気持ちをぶつけられた。
テオドアがそんな風に思っていたなんて、正直信じられない気持ちはあるが、そこに嘘偽りは微塵も感じられない。引っ掛かる部分は少しあっても、普段見せない独占欲にフレデリクは胸が熱くなる。
「……えっと、教えてくれて、ありがとう。……その、何て言ったら言いのか分からないけど、おれは昔からずっとテオしか見てないし、これからもそれは変わらないと思うよ。だからそんなに、心配する必要はないっていうか……」
言いながら途中で恥ずかしくなり、最後の方はゴニョゴニョと誤魔化してしまった。
「……ああ」
すぐ傍でテオドアの相槌が聞こえてくるが、孕んだ暗さは何故か抜けきらない。フレデリクの伝えた素直な気持ちは、彼の望む言葉ではなかったのだろうか。
「もしかして、まだ何か思うところがある? それならおれ、ちゃんと聞くよ」
「……フレッド」
「ん?」
名前を呼ばれる。体を僅かに離したテオドアと目が合う。
「キスしたい」
そう言って、彼の親指に下唇を柔く押された。
瞬間、真っ赤に爆発するフレデリクの顔。咄嗟にこの場から逃げ出そうにも、ガッチリと回った背中の腕がそれを許さない。
首を傾けたテオドアがだんだんと近づいてきて、柔らかな感触が唇に触れる。
「っ……!」
フレデリクは目を瞑り、テオドアの服の裾を全力で握りしめていた。そうでもしないと、暴れだした心臓が、口から飛び出ていってしまいそうだった。
「好きだ、フレデリク……」
「んっ……ぅ……」
ググッと押し込められた口づけが更に深まるのと同時に、唇をざらりと撫でる熱い肌触り。
テオドアと付き合ってから何度か軽くキスはしたが、これは初めてだ。彼はきつく結んだ唇を開かせようと、しきりに割って入ろうとしてくる。
「はあっ……待っ、ぅ……っ!」
息継ぎの間を見計らって声を上げれば、待ち構えていたかのように舌が潜りこんできた。
口内を容赦なくまさぐられる。酸素が足りなくて、目の縁に雫が溜まる。頭は逆上せたように沸騰しっぱなしで、足はガクガク。テオドアが支えてくれていなかったら、きっと今ごろ、とっくに崩れ落ちていただろう。
「ふ……っ、ん゛、ぅ!」
溢れた唾液が口から滴り落ち、顎を伝った。背筋をピリッと抜けるこの感覚は初めてなはずなのに、何故かあまり動揺はしない。まるでこうなることが当然だと分かっていたみたいに、フレデリクの身体は快感を感じ取っていく。
(あ……なんか、やばい、かも……)
こういった行為に経験の無いフレデリクだが、なんとなく下腹部に熱を感じ始めたその時――テオドアがゆっくりと離れ、ひたすら貪られ続けていた時間は終わりを告げた。
「っ、はあっ、はあっ……」
グッタリとテオドアの肩に頭を預け、新鮮な空気を取り込む。久しぶりに開けた視界は涙でボヤけていた。
(どうしよう。テオの顔が見れない……)
ずっと目を閉じていたから、現実味がなかったのかもしれない。なんだかとてつもなく、厭らしい行為をしてしまったような気がする。
「あ、あの……テオ……」
それでもフレデリクは、いまだ抱き締めて離れないテオドアに対して、恐る恐る声をかけた。
「ああ……。落ち着いたか?」
「……うん」
顔を合わせたテオドアは、薄く微笑みを浮かべていた。
一瞬、眼帯をしていない方の右目がどろりと溶け、濁ったように影が差す。けれどそれは本当に一瞬で、瞬きをしてしまえば普段通りのテオドアがいた。
「本当はもう少ししたかったけどな。一応外だから、歯止めが効かなくなる前に止まれてよかった」
「そっ……そうだよ! 急にされて、すごいびっくりした……!」
フレデリクは言いながら、無意識に鳥肌が立った腕を擦る。ドクドクと頭の中で響く鼓動が、まるで警鐘のように聞こえて不快だった。
「祭り、戻るか」
「あれ、いいの?」
「ああ。言っただろ? フレッドと来て嬉しいのは本当だって。……でも、そうだな――」
そこで一度区切ったテオドアは、自身の右手を広げると、フレデリクの指先に絡める。
「はぐれないよう繋いどこう」
「え!? いやっ、でもこんなの誰かに見られたら……!」
「大丈夫。誰も気にしてねえよ」
ニッと目を細めて笑う彼の姿に、フレデリクは思わず見惚れた。キラキラと一番星みたいに輝くその顔は、数ある表情の中でも一等大好きな笑顔だったから。
(ああ……やっぱり、さっきのはただの見間違いだ)
得体の知れない恐怖は吹き飛んだ。フレデリクもきゅっと手のひらを握り返すと、唇の端を吊り上げ、快い言葉を送った。
たかが足を少し捻ったくらいで大袈裟だ。ギルドへ行くのは無理だとしても、歩けないことはないのだから、買い物くらい行ったって平気だろう。そう考え大人しく家にいるつもりもなかったフレデリクだが――しかし、その予想は大きく外れることとなる。それはテオドアが思いの外、過保護な様子を見せてきたからだ。
ひとたび自室から出ようとすれば、すぐさま肩を支えられ、食材の買い出しでもあればテオドアが全て行く始末。挙げ句の果てには、終始心配そうな目でこちらを見つめてくるので、フレデリクも途中から自分で行く、とは言えなくなってしまった。
世話をしてくれるのは有り難いし、なんだか胸の奥がくすぐられるような、こそばゆい気持ちでいっぱいになった。
が、それはそれとして違和感は違和感のまま残っていて。
こうして世話をされるのも、心配そうな眼差しで見られるのも、以前までのテオドアからは想像もつかないこと。フレデリクへの好意を自覚したからと言って、人はここまで変わってしまうものだろうか。もはや別人だと思うのが気のせいだとは言いきれないくらい、彼の変貌は明白だった。
やはり何かあったのか。何が彼をそう至らしめているのか。気になることはたくさんある。
しかし、あえて隠していることを無理やり言わせたくもない。それに今聞いたところで、きっと適当に誤魔化されるのがオチだろう。
だからフレデリクは待つことにした。テオドアの口から直接話したいと思ってくれるまで、彼は待つことに決めた。
決して、真実を暴くのが怖いわけではない。溢れるほどの不安から、目を背けているわけではない。
――彼はそう、自分の中で言い聞かせ続けながら。
***
「うわあ、やっぱり何回来てもすごいなあ」
サーティル王国の中心部。そびえ立つ城をバックにして、華やかな装飾で彩られた王都の町並みは、建国祭当日ということもあり、大変多くの人で賑わっていた。
青々と頭上に広がる快晴が、清々しいほどに心地良い。大通りを飛び交う店主の呼び掛けや、風に乗って運ばれてくる香ばしい匂いに、つい目を惹かれる。
大きな噴水のある広場では、小道具片手に観客を沸かせるパフォーマーの姿。通りすぎようとしたフレデリクも例外でなく、楽しそうな雰囲気に釣られてフラッと足を向ける。
「フレッド!」
「うわっ」
しかし、隣を歩くテオドアに強く肩を引き寄せられ、それは無駄足に終わった。
「えっ、なに、どうしたの?」
「勝手に俺から離れるな。この人混みではぐれたらどうするんだよ」
「あ……ごめん。つい、気になっちゃって……」
謝るフレデリクの横で、テオドアはやけに機嫌が悪そうに眉間のシワを深くしていた。
「ここは人が多すぎるな」
「うん……そうだね。次はおれも、ちゃんと伝えてから離れるよ」
「いや、もっと人通りの少ない場所に移動しよう。治ったばっかの足で無理は良くねえから」
「え? でもせっかく今――」
「ほら早く」
「わ、分かった」
本当はここでパフォーマンスを見てみたかったが、有無を言わさぬテオドアの様子を見て諦める。何やら看病期間を経て、テオドアは過保護さを増したみたいだ。
広場を抜け、大通りから逸れた脇道を並んで歩いた。まだそこまで離れていないはずなのに、先程のざわめきが遥か後方から聞こえてくるようだ。通行人も減り、所々に点在する屋台だけが祭り気分を味わわせてくれた。
(それにしても……今日はやけにピリピリしてるな)
隣のテオドアを横目に覗き見ながら、フレデリクは先日の出来事を思い返す。
――数日前、建国祭に行こうと誘った時、まず最初に告げられたのは断りの言葉だった。それも足を怪我したのに、長時間歩くのは危険だとかなんとかで。その頃にはほとんど治っていたにも関わらず、きっぱりと断られて、フレデリクはかなりの衝撃を受けたことを今でもはっきり思い出せる。
毎年楽しみにしていたのは自分だけだったのか――なんて、ぽっかりと胸に穴でも空いたような虚しさがあった。わざわざこんな風に誘わずとも、テオドアとは一緒に行く予定だとさえ思っていたのに。
『悪い。今のなし。やっぱ俺も行きたい』
ただ、テオドアはそんなフレデリクを見ると、困ったような表情をしてそう言った。どんな心境の変化があって意見を変えたのか、フレデリクには分からなかった。無理しなくていい、と伝えたかったけれど、それ以降はわざとらしく話を逸らされてしまって。
(嫌なら嫌だって言ってほしかった。正直に、なんでもいいから話してほしかった。おれにそんな気なんて、遣わないでほしかった……)
「……フレッド?」
軽く俯き、立ち止まったフレデリクを、テオドアが不思議そうに眺める。
「テオさ……やっぱり今日、来たくなかったんだろ」
「……え?」
ポツリと絞り出した一言に、テオドアは大きく目を開いた。
「乗り気じゃないの、おれ分かってたよ。あの時はおれの足が心配だから、とか言ってたけど、本当はそんな理由じゃないのも気づいてる。……でも本当に嫌なら言ってくれるかなって、ちょっと期待してたんだ」
吐き出すつもりはなかった。けれど一度飛び出た本音は、止まることを知らない。
「……何隠してるのか知らないけど、そういう態度されたら正直傷つく。おれが、何かしちゃったのかなって不安になる。全部話してほしいとまでは言わないけど、もう少しおれのこと、信頼してくれてもいいんじゃないの……」
重苦しい空気が周囲を満たす。フレデリクは下を向きながら、早くも後悔の念に苛まれていた。
(ああ……やっちゃった。我慢してたのに、なんで言っちゃうんだよおれ……)
両手を握りしめ、唇をぎゅっと噛む。出来ることなら、今すぐここから逃げ出してしまいたいくらいだった。
しかし、突然取られた腕に、フレデリクは問答無用で引っ張られると、強制的に連行された。
「ど、どこ行くの!?」
目の前のテオドアは背を向けているから、表情を窺うことはできない。声をかけても返事はなく、痛いくらいに握られた手のひらだけが不安を煽る。
狭く薄暗い路地裏に入ったテオドアは、そこでようやく振り替えると、フレデリクをきつく抱き締めた。
「テ、テオ……?」
「……悪かった。そんな風に悲しませてるとは、思いもしてなかった……」
耳元で囁く声が震えている。上半身を包み込む彼の腕は、息苦しいほどに強い。
「俺はフレッドと祭りに来られて嬉しい。これは本当だ。……でも初め断ったのは、それ以上に、お前を独り占めしたかったから。俺達の家で、俺達しかいない空間が幸せすぎて、他の人間がいる場所に行きたくなかったんだ」
「っえ……」
「お前の瞳に、俺だけが映ってればいいのに……って、そんなことばっかり考えてる。だから、さっきも冷たくしすぎたかもしれねえ。……それなのに変な言い訳使って悪かった。フレッドは何も悪くねえから、もう落ち込まないでくれ」
真っ直ぐすぎるくらい、真剣な気持ちをぶつけられた。
テオドアがそんな風に思っていたなんて、正直信じられない気持ちはあるが、そこに嘘偽りは微塵も感じられない。引っ掛かる部分は少しあっても、普段見せない独占欲にフレデリクは胸が熱くなる。
「……えっと、教えてくれて、ありがとう。……その、何て言ったら言いのか分からないけど、おれは昔からずっとテオしか見てないし、これからもそれは変わらないと思うよ。だからそんなに、心配する必要はないっていうか……」
言いながら途中で恥ずかしくなり、最後の方はゴニョゴニョと誤魔化してしまった。
「……ああ」
すぐ傍でテオドアの相槌が聞こえてくるが、孕んだ暗さは何故か抜けきらない。フレデリクの伝えた素直な気持ちは、彼の望む言葉ではなかったのだろうか。
「もしかして、まだ何か思うところがある? それならおれ、ちゃんと聞くよ」
「……フレッド」
「ん?」
名前を呼ばれる。体を僅かに離したテオドアと目が合う。
「キスしたい」
そう言って、彼の親指に下唇を柔く押された。
瞬間、真っ赤に爆発するフレデリクの顔。咄嗟にこの場から逃げ出そうにも、ガッチリと回った背中の腕がそれを許さない。
首を傾けたテオドアがだんだんと近づいてきて、柔らかな感触が唇に触れる。
「っ……!」
フレデリクは目を瞑り、テオドアの服の裾を全力で握りしめていた。そうでもしないと、暴れだした心臓が、口から飛び出ていってしまいそうだった。
「好きだ、フレデリク……」
「んっ……ぅ……」
ググッと押し込められた口づけが更に深まるのと同時に、唇をざらりと撫でる熱い肌触り。
テオドアと付き合ってから何度か軽くキスはしたが、これは初めてだ。彼はきつく結んだ唇を開かせようと、しきりに割って入ろうとしてくる。
「はあっ……待っ、ぅ……っ!」
息継ぎの間を見計らって声を上げれば、待ち構えていたかのように舌が潜りこんできた。
口内を容赦なくまさぐられる。酸素が足りなくて、目の縁に雫が溜まる。頭は逆上せたように沸騰しっぱなしで、足はガクガク。テオドアが支えてくれていなかったら、きっと今ごろ、とっくに崩れ落ちていただろう。
「ふ……っ、ん゛、ぅ!」
溢れた唾液が口から滴り落ち、顎を伝った。背筋をピリッと抜けるこの感覚は初めてなはずなのに、何故かあまり動揺はしない。まるでこうなることが当然だと分かっていたみたいに、フレデリクの身体は快感を感じ取っていく。
(あ……なんか、やばい、かも……)
こういった行為に経験の無いフレデリクだが、なんとなく下腹部に熱を感じ始めたその時――テオドアがゆっくりと離れ、ひたすら貪られ続けていた時間は終わりを告げた。
「っ、はあっ、はあっ……」
グッタリとテオドアの肩に頭を預け、新鮮な空気を取り込む。久しぶりに開けた視界は涙でボヤけていた。
(どうしよう。テオの顔が見れない……)
ずっと目を閉じていたから、現実味がなかったのかもしれない。なんだかとてつもなく、厭らしい行為をしてしまったような気がする。
「あ、あの……テオ……」
それでもフレデリクは、いまだ抱き締めて離れないテオドアに対して、恐る恐る声をかけた。
「ああ……。落ち着いたか?」
「……うん」
顔を合わせたテオドアは、薄く微笑みを浮かべていた。
一瞬、眼帯をしていない方の右目がどろりと溶け、濁ったように影が差す。けれどそれは本当に一瞬で、瞬きをしてしまえば普段通りのテオドアがいた。
「本当はもう少ししたかったけどな。一応外だから、歯止めが効かなくなる前に止まれてよかった」
「そっ……そうだよ! 急にされて、すごいびっくりした……!」
フレデリクは言いながら、無意識に鳥肌が立った腕を擦る。ドクドクと頭の中で響く鼓動が、まるで警鐘のように聞こえて不快だった。
「祭り、戻るか」
「あれ、いいの?」
「ああ。言っただろ? フレッドと来て嬉しいのは本当だって。……でも、そうだな――」
そこで一度区切ったテオドアは、自身の右手を広げると、フレデリクの指先に絡める。
「はぐれないよう繋いどこう」
「え!? いやっ、でもこんなの誰かに見られたら……!」
「大丈夫。誰も気にしてねえよ」
ニッと目を細めて笑う彼の姿に、フレデリクは思わず見惚れた。キラキラと一番星みたいに輝くその顔は、数ある表情の中でも一等大好きな笑顔だったから。
(ああ……やっぱり、さっきのはただの見間違いだ)
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