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連絡
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「ほら、もう行くぞ」
「はあ……俺全然やる気出ない……」
抱きついてこようとする狭山から逃げて、玄関に向かう。
今日は、久しぶりの出勤日。
だけど、あれから暫く経って出てきた狭山は、本当に何かしようとこちらまで近づいてきたので、俺はそれを全力で拒否していた。
ただでさえ長く休んでいるというのに、朝っぱらからそんなことをしてしまったら、雅文さんたちへ合わせる顔もない。悲しそうな狭山を見るのは胸が痛んだけど、俺にも矜持というものがあった。
「広崎が足りない……」
いまだグジグジと体を擦り寄せてくる狭山を無視して、靴を履く。そして、そのまま玄関の扉を開けようと手を伸ばした。
だけど────目の前にあったのは、いつもと違う見慣れない鍵穴。通常外側で見られるそれが、何故か扉の内側についていたのだ。
「あれ? なんだこれ。なんでこっち側にこんなものが……」
「あ、そうだった。俺が夜の間に取り換えたんだよね。ちょっといい?」
後ろからやけに弾んだ狭山の声がして、鍵穴に鍵が差し込まれる。ガチャリと錠の開く音がした後、狭山が取っ手を下ろせば、ようやく扉は開かれた。
「はい、開いたよ」
「ああ、ありがとう。……って、え? いやちょっと待て。流石にこれはおかしいよな?」
あたかもこれが普通だという様子で開けた狭山に、俺は危うく流されかけるところだったけど、よく考えて制止をかける。
「ん? これのこと?」
「そうだよ! なんで扉の内側に鍵穴がついてるんだ!?」
「いいだろ? これ。こうしておけば、将来もし俺達のどっちかに徘徊癖がついたとしても、勝手に出られないようになってるんだ。まあ、引っ越すことはあるかもしれないけど、とりあえず念のためな」
狭山は俺の肩を抱きながら、ニコニコと笑っている。
でも、あまりにも先のことすぎないか? 未来を見据えるのにも、限度というものがあるだろう。
「……将来、って……一体いつの話だよ……」
「それはもちろん、俺達がおじいちゃんになった時? あ、でも安心してよ。俺は広崎がどんな姿になっても、ずっとずっと愛してるからさ」
そう言って狭山が俺の頬にキスをしてくるけど、この男は確実に一つ、重要な話を避けている。
今から俺が出す質問に、狭山は必ずノーと言うだろう。でも、それでも俺はこれを問わずにはいられなかった。
「……一応聞くけど……鍵は当然、俺にもくれるんだよな?」
「なんで? 広崎は俺としか出掛けないからいらないじゃん」
「じゃあ俺は、狭山のその鍵がないと外に出られないってことか?」
「えー、人聞き悪いなあ。まさか俺が広崎のこと、閉じ込めようとしてると思ってる?」
いや、どう考えたってそれ以外あり得ないだろ────そう、俺は言いたかった。
しかし、突然鳴り渡ったスマホの着信が、俺の出掛かった言葉を喉奥へ飲み込ませた。
「俺のじゃないけど、広崎の?」
狭山が自分のスマホを確認して俺に問いかけてくる。
でも、俺のスマホが鳴ることは滅多にない。それこそついこの間、狭山にたくさん掛けられたっきりだ。連絡先だって全然入ってないし、一体誰が俺に電話なんてしてきたのだろう。
「えっ……杏梨……?」
液晶に表示されていたのは、妹の名前。帰省したときに連絡先を交換して以降、杏梨とはメッセージアプリでやり取りをすることはあったけど、電話がかかってくるのは始めてだった。
「あー、広崎の大事な大事な妹ちゃんか」
やけに嫌味ったらしく狭山が口を出してくる。
でも実際その通りだ。俺の唯一の家族と言っても差し支えはない杏梨からの連絡に、俺が応答をタップして出るのはすぐだった。
「もしも────」
『お兄ちゃんどうしよう……っ! お母さんがっ、お母さんが死んじゃうかもしれない……!!』
「えっ……」
電話の向こうの杏梨は、パニックになって泣いていた。俺もつい、動揺してスマホを落としそうになる。
でも、狭山が支えてくれたことで、それは事なきを得た。心配そうに「どうした?」と口を動かしながら顔を覗き込んでくる狭山を見て、俺も少しずつ落ち着いてくる。
「……杏梨。ゆっくり話してくれ。俺はちゃんと聞いてるから」
『……っ、う、うん……!』
俺が言い聞かせるように話しかければ、杏梨は少し時間を置いた後、冷静になってくれたみたいだ。
『さっき……、お母さんが、急に倒れて、私急いで救急車を呼んだの……。でも容態がかなり悪化してるって言われて、今緊急手術中で……。お父さんはまだ仕事から帰ってこれないし、私一人で待ってたらどんどん怖くなって来ちゃってっ……。ど、どうしようお兄ちゃん! お母さんがこのまま死んじゃったら……っ!!』
話している内に段々と恐怖を思い出してきたのか、杏梨は再度泣きじゃくり始めた。最後に会ったときの母さんは元気そうだったけど、病気はどうやら進行していたらしい。でも正直その話に対して、俺は何の悲しみも湧いてこなかったし、どうでもいいとさえ思った。帰りたいなんて、微塵も感じなかった。
ただ、杏梨は両親から愛されて育ったから、母さんがいなくなってしまうかもしれないことに怯えているんだろう。
病院の待合室で一人、恐怖に駆られながら泣いている杏梨のことを思うと、胸がぎゅっと痛む。
だから俺は、少しでも彼女を元気づけたくて、咄嗟にその言葉を発していたのだ。
「杏梨。今から俺、そっちにいくから……ちょっとだけ待っててくれるか?」
『えっ……お兄ちゃん帰ってきてくれるの!?』
「ああ。そのかわり、着くのはけっこう遅くなると思うけどな」
『……あ、ありがとうお兄ちゃん……!』
始めよりも幾分か声を明るくした杏梨が、涙を堪えながらそう告げる。
俺もそれに一言だけ返して電話を終えると、横にいる狭山が不機嫌そうな顔をして、こちらを見つめていることに気がついた。
「あ……狭山。ごめん、俺行かないと……」
「妹ちゃんのとこに? なんで?」
「母さんの容態が急に悪くなったみたいで、杏梨がパニックになってるんだ。それに父さんも帰ってこれないみたいだし、俺が行って、傍についててやらないと……。あ、もちろん仕事は雅文さんに直接話をして、一日休みを貰うよ。ただ、昨日までに何回も休んでるから申し訳ないけどな……」
勝手に帰ると言ってしまったが、仕事をまた休まないといけなくなったことに気が重くなる。決してこれまでもサボりで休んでいる訳じゃなかったけど、無理やり言って雇ってもらった俺が休みがちになってしまうのは凄く嫌なことだった。
でもこれだけはしょうがない。その代わり、杏梨が落ち着いたらすぐに帰ってこよう。だって明日は絶対に出勤したいから。
「とりあえず、一旦店には行って俺から説明するけど、狭山はそのまま仕事をしてくれ」
「……一人で妹のとこに行くってこと?」
「それはもちろん。これは俺だけの問題だし。……え、まさか狭山もついてくるとか言わないよな?」
狭山は相変わらず機嫌が悪そうに、眉をひそめている。
でも一緒に行くのは駄目だ。今日こそは仕事に行って貰わないと、狭山を指名してきてくれたお客様に申し訳がなさすぎる。
本当は一人じゃ寂しいなんて、口が裂けても言えない。
だから俺は、どうか否定してくれ……という気持ちで狭山を見つめていた。
がしかし────
「俺も行く。広崎一人でアイツらのとこ行かせるとか、マジで嫌すぎ」
その願いは通らなかった。
狭山はそのまま、何も気にせず扉を出ようとしている。俺は慌ててその腕を掴んだ。
「まっ、待て! 狭山が来る必要はないんだ……! 俺も少し顔を見に行くだけだし、終わったらすぐ帰ってくるから!!」
「……だから一人で行くって?」
「そ、そうだ……」
鋭い眼光が俺を差す。怒りを静かに携えたその表情は、何故か俺にはもう怖くない。
だけど、狭山は俺の言葉を聞くと、扉の内鍵に鍵を掛けて閉めた。
────あ、不味い。今日から鍵がないと出られないんだった……。
今さらそんなことに気がつくなんて。せめて、部屋の外に出てから言うべきだった。
「さ、狭山……」
「そういうこと言うなら、俺は出してやれない。────なあ、広崎。この間言ったよな、俺の一番はお前だって。仕事とかどうでもいいんだよ。俺はさ、広崎をクソみたいな家族の元に一人で行かせたくないだけなんだから」
「あ……」
真剣な顔つきで話す狭山の言葉を聞いて、俺の決意はいとも容易く崩れ去っていった。だって本当は、行きたくなんてない。
父さんも母さんも、久しぶりに帰った俺に対して、まともに顔も見てくれなかった。それでまた家を出ていく時だって、餞別の言葉も何一つなかった。
そんな人たちに、誰がもう一度会いたいと思うだろう。杏梨がいなければ、俺は二度と会うつもりなんてなかったんだ。
「広崎、お願いだから俺を頼って。本当は、アイツらに会いたくなんてないんだろ?」
「っ……」
そっと唇を撫でられる。俺はいつの間にか、口元を強く噛みしめていたらしい。
「でも広崎は優しいから、妹のことも放っておけないのは知ってるよ。だから、俺と一緒に行こう。そんで、辛くなったら教えて。俺が広崎のこと、絶対に守ってあげるから」
優しく諭されて、俺の頭は自然と縦に動いていた。
杏梨のためと言っておきながら、本当はもうあの場所に帰りたくないのが本音で。それを自覚しないよう、一生懸命見たくない感情に蓋をしていた。
だから狭山が俺の気持ちに気づいて、寄り添ってくれたのがこんなにも嬉しかった。
「よし、じゃあ雅文さんには俺から連絡入れとくから。広崎は心の準備だけしといてよ」
「……っあ、ありがとう……」
「ははっ、お礼言うくらいなら、俺にキスしてくれた方が嬉しいんだけど」
「っ! い、今はしない……!!」
じゃあ後でしてくれんのー? と言いながら、狭山はニヤニヤと笑っている。
だけど俺は、本当は今すぐにでも狭山にキスをしてあげたかった。狭山に触れたくて、たまらなかった。ずっと分からなかったこの感情に、今なら名前をつけてあげられる、そんな気がしていたのだ。
「はあ……俺全然やる気出ない……」
抱きついてこようとする狭山から逃げて、玄関に向かう。
今日は、久しぶりの出勤日。
だけど、あれから暫く経って出てきた狭山は、本当に何かしようとこちらまで近づいてきたので、俺はそれを全力で拒否していた。
ただでさえ長く休んでいるというのに、朝っぱらからそんなことをしてしまったら、雅文さんたちへ合わせる顔もない。悲しそうな狭山を見るのは胸が痛んだけど、俺にも矜持というものがあった。
「広崎が足りない……」
いまだグジグジと体を擦り寄せてくる狭山を無視して、靴を履く。そして、そのまま玄関の扉を開けようと手を伸ばした。
だけど────目の前にあったのは、いつもと違う見慣れない鍵穴。通常外側で見られるそれが、何故か扉の内側についていたのだ。
「あれ? なんだこれ。なんでこっち側にこんなものが……」
「あ、そうだった。俺が夜の間に取り換えたんだよね。ちょっといい?」
後ろからやけに弾んだ狭山の声がして、鍵穴に鍵が差し込まれる。ガチャリと錠の開く音がした後、狭山が取っ手を下ろせば、ようやく扉は開かれた。
「はい、開いたよ」
「ああ、ありがとう。……って、え? いやちょっと待て。流石にこれはおかしいよな?」
あたかもこれが普通だという様子で開けた狭山に、俺は危うく流されかけるところだったけど、よく考えて制止をかける。
「ん? これのこと?」
「そうだよ! なんで扉の内側に鍵穴がついてるんだ!?」
「いいだろ? これ。こうしておけば、将来もし俺達のどっちかに徘徊癖がついたとしても、勝手に出られないようになってるんだ。まあ、引っ越すことはあるかもしれないけど、とりあえず念のためな」
狭山は俺の肩を抱きながら、ニコニコと笑っている。
でも、あまりにも先のことすぎないか? 未来を見据えるのにも、限度というものがあるだろう。
「……将来、って……一体いつの話だよ……」
「それはもちろん、俺達がおじいちゃんになった時? あ、でも安心してよ。俺は広崎がどんな姿になっても、ずっとずっと愛してるからさ」
そう言って狭山が俺の頬にキスをしてくるけど、この男は確実に一つ、重要な話を避けている。
今から俺が出す質問に、狭山は必ずノーと言うだろう。でも、それでも俺はこれを問わずにはいられなかった。
「……一応聞くけど……鍵は当然、俺にもくれるんだよな?」
「なんで? 広崎は俺としか出掛けないからいらないじゃん」
「じゃあ俺は、狭山のその鍵がないと外に出られないってことか?」
「えー、人聞き悪いなあ。まさか俺が広崎のこと、閉じ込めようとしてると思ってる?」
いや、どう考えたってそれ以外あり得ないだろ────そう、俺は言いたかった。
しかし、突然鳴り渡ったスマホの着信が、俺の出掛かった言葉を喉奥へ飲み込ませた。
「俺のじゃないけど、広崎の?」
狭山が自分のスマホを確認して俺に問いかけてくる。
でも、俺のスマホが鳴ることは滅多にない。それこそついこの間、狭山にたくさん掛けられたっきりだ。連絡先だって全然入ってないし、一体誰が俺に電話なんてしてきたのだろう。
「えっ……杏梨……?」
液晶に表示されていたのは、妹の名前。帰省したときに連絡先を交換して以降、杏梨とはメッセージアプリでやり取りをすることはあったけど、電話がかかってくるのは始めてだった。
「あー、広崎の大事な大事な妹ちゃんか」
やけに嫌味ったらしく狭山が口を出してくる。
でも実際その通りだ。俺の唯一の家族と言っても差し支えはない杏梨からの連絡に、俺が応答をタップして出るのはすぐだった。
「もしも────」
『お兄ちゃんどうしよう……っ! お母さんがっ、お母さんが死んじゃうかもしれない……!!』
「えっ……」
電話の向こうの杏梨は、パニックになって泣いていた。俺もつい、動揺してスマホを落としそうになる。
でも、狭山が支えてくれたことで、それは事なきを得た。心配そうに「どうした?」と口を動かしながら顔を覗き込んでくる狭山を見て、俺も少しずつ落ち着いてくる。
「……杏梨。ゆっくり話してくれ。俺はちゃんと聞いてるから」
『……っ、う、うん……!』
俺が言い聞かせるように話しかければ、杏梨は少し時間を置いた後、冷静になってくれたみたいだ。
『さっき……、お母さんが、急に倒れて、私急いで救急車を呼んだの……。でも容態がかなり悪化してるって言われて、今緊急手術中で……。お父さんはまだ仕事から帰ってこれないし、私一人で待ってたらどんどん怖くなって来ちゃってっ……。ど、どうしようお兄ちゃん! お母さんがこのまま死んじゃったら……っ!!』
話している内に段々と恐怖を思い出してきたのか、杏梨は再度泣きじゃくり始めた。最後に会ったときの母さんは元気そうだったけど、病気はどうやら進行していたらしい。でも正直その話に対して、俺は何の悲しみも湧いてこなかったし、どうでもいいとさえ思った。帰りたいなんて、微塵も感じなかった。
ただ、杏梨は両親から愛されて育ったから、母さんがいなくなってしまうかもしれないことに怯えているんだろう。
病院の待合室で一人、恐怖に駆られながら泣いている杏梨のことを思うと、胸がぎゅっと痛む。
だから俺は、少しでも彼女を元気づけたくて、咄嗟にその言葉を発していたのだ。
「杏梨。今から俺、そっちにいくから……ちょっとだけ待っててくれるか?」
『えっ……お兄ちゃん帰ってきてくれるの!?』
「ああ。そのかわり、着くのはけっこう遅くなると思うけどな」
『……あ、ありがとうお兄ちゃん……!』
始めよりも幾分か声を明るくした杏梨が、涙を堪えながらそう告げる。
俺もそれに一言だけ返して電話を終えると、横にいる狭山が不機嫌そうな顔をして、こちらを見つめていることに気がついた。
「あ……狭山。ごめん、俺行かないと……」
「妹ちゃんのとこに? なんで?」
「母さんの容態が急に悪くなったみたいで、杏梨がパニックになってるんだ。それに父さんも帰ってこれないみたいだし、俺が行って、傍についててやらないと……。あ、もちろん仕事は雅文さんに直接話をして、一日休みを貰うよ。ただ、昨日までに何回も休んでるから申し訳ないけどな……」
勝手に帰ると言ってしまったが、仕事をまた休まないといけなくなったことに気が重くなる。決してこれまでもサボりで休んでいる訳じゃなかったけど、無理やり言って雇ってもらった俺が休みがちになってしまうのは凄く嫌なことだった。
でもこれだけはしょうがない。その代わり、杏梨が落ち着いたらすぐに帰ってこよう。だって明日は絶対に出勤したいから。
「とりあえず、一旦店には行って俺から説明するけど、狭山はそのまま仕事をしてくれ」
「……一人で妹のとこに行くってこと?」
「それはもちろん。これは俺だけの問題だし。……え、まさか狭山もついてくるとか言わないよな?」
狭山は相変わらず機嫌が悪そうに、眉をひそめている。
でも一緒に行くのは駄目だ。今日こそは仕事に行って貰わないと、狭山を指名してきてくれたお客様に申し訳がなさすぎる。
本当は一人じゃ寂しいなんて、口が裂けても言えない。
だから俺は、どうか否定してくれ……という気持ちで狭山を見つめていた。
がしかし────
「俺も行く。広崎一人でアイツらのとこ行かせるとか、マジで嫌すぎ」
その願いは通らなかった。
狭山はそのまま、何も気にせず扉を出ようとしている。俺は慌ててその腕を掴んだ。
「まっ、待て! 狭山が来る必要はないんだ……! 俺も少し顔を見に行くだけだし、終わったらすぐ帰ってくるから!!」
「……だから一人で行くって?」
「そ、そうだ……」
鋭い眼光が俺を差す。怒りを静かに携えたその表情は、何故か俺にはもう怖くない。
だけど、狭山は俺の言葉を聞くと、扉の内鍵に鍵を掛けて閉めた。
────あ、不味い。今日から鍵がないと出られないんだった……。
今さらそんなことに気がつくなんて。せめて、部屋の外に出てから言うべきだった。
「さ、狭山……」
「そういうこと言うなら、俺は出してやれない。────なあ、広崎。この間言ったよな、俺の一番はお前だって。仕事とかどうでもいいんだよ。俺はさ、広崎をクソみたいな家族の元に一人で行かせたくないだけなんだから」
「あ……」
真剣な顔つきで話す狭山の言葉を聞いて、俺の決意はいとも容易く崩れ去っていった。だって本当は、行きたくなんてない。
父さんも母さんも、久しぶりに帰った俺に対して、まともに顔も見てくれなかった。それでまた家を出ていく時だって、餞別の言葉も何一つなかった。
そんな人たちに、誰がもう一度会いたいと思うだろう。杏梨がいなければ、俺は二度と会うつもりなんてなかったんだ。
「広崎、お願いだから俺を頼って。本当は、アイツらに会いたくなんてないんだろ?」
「っ……」
そっと唇を撫でられる。俺はいつの間にか、口元を強く噛みしめていたらしい。
「でも広崎は優しいから、妹のことも放っておけないのは知ってるよ。だから、俺と一緒に行こう。そんで、辛くなったら教えて。俺が広崎のこと、絶対に守ってあげるから」
優しく諭されて、俺の頭は自然と縦に動いていた。
杏梨のためと言っておきながら、本当はもうあの場所に帰りたくないのが本音で。それを自覚しないよう、一生懸命見たくない感情に蓋をしていた。
だから狭山が俺の気持ちに気づいて、寄り添ってくれたのがこんなにも嬉しかった。
「よし、じゃあ雅文さんには俺から連絡入れとくから。広崎は心の準備だけしといてよ」
「……っあ、ありがとう……」
「ははっ、お礼言うくらいなら、俺にキスしてくれた方が嬉しいんだけど」
「っ! い、今はしない……!!」
じゃあ後でしてくれんのー? と言いながら、狭山はニヤニヤと笑っている。
だけど俺は、本当は今すぐにでも狭山にキスをしてあげたかった。狭山に触れたくて、たまらなかった。ずっと分からなかったこの感情に、今なら名前をつけてあげられる、そんな気がしていたのだ。
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