215 / 297
第10弾 マイフェアレディ
So that I won't have any regrets(少しも後悔しないために)
しおりを挟む「I sigh for Jeanie, but her light form strayed~♪(恋しいジェニー。だけど、彼女は光からはぐれた)」
「Oh!I sigh for Jeanie with the light brown hair, Floating, like a vapor, on the soft summer air~♪(おお、明るい茶色の髪のジェニーを想って溜め息をつく。柔らかい夏の空気に浮かんでいる煙霧のように)」
ようやくジョーのビミョーな音程の熱唱が終わった。
「ジョーさん、英語の発音、上手いっすね」
ケントはビミョーな音程には触れずに無難に褒める。
「あ~、喉カラカラ」
ジョーは席に戻って烏龍茶をグビグビと飲んで、
「あ、ケント?クララちゃ、いや、クララさん?酒、頼めば?俺は飲まねえし、メラリーは未成年だからよ。帰り、俺、運転するから」
そう気を利かせて言った。
「あ、じゃ、遠慮なく。俺、緑茶ハイ~」
ケントは嬉々として注文する。
「――?クララ――さ――ん?」
クララは(今のは幻聴かしら?)というような不思議そうな顔をした。
今、ジョーは『クララさん』と言わなかったか?
クララより年下のメラリーは最初から「クララさん」と呼んでいたが、ジョーはこの間は「クララちゃん」と親しげに呼んでくれていたのではなかったか?
クララは隣のメラリー越しにジョーを見た。
メラリーが夢中でパクパクとがっつくウニ茶碗蒸しの漆塗りのスプーンがクララの視界で忙しなく上下している。
「ああ、クララちゃんとか呼ぶと『馴れ馴れしい』ってアランの奴に睨み殺されるらしいからよ。な?ケント?」
ジョーはケントに顔を向けた。
「そうなんすよ。アランの奴、俺が『クララちゃん』って言ったらヒトを睨み殺すような目で睨み付けるんすから。ホンット独占欲が強いんっすよ」
どうやらケントはさっきタウンのロビーでジョーにそんな話をしていたらしい。
(ちょっとケント?あんた、何、ジョーさんに余計なこと言ってんのよっ)
クララは反対側の隣に振り向いてギロッとケントを睨み付けた。
自分がバレバレに気持ちが顔に出るということをうっかり忘れていた。
(――あ?クララさん、ジョーさんのことを?)
ケントはジョーと違って恋する乙女心にそれほど鈍感でもないのでクララの表情ですっかり読み取ってしまった。
そこへ、
「おっ?メラリーちゃん、焼肉の歌、次だよ」
美豆利寿司の爺さんがメラリーにカラオケのマイクを差し出した。
「んっ?んぐんぐっ」
メラリーは慌ててウニ茶碗蒸しを掻き込んで席を立つ。
こうしちゃいられない。
「ケント、ギターとハモり。ジョーさん、クララさん、ハモり。アンさん、リンダさん、ラインダンス」
メラリーの早口の指令でみなも慌ててステージへ上がる。
~~♪
賑々しく『焼肉食べ放題の歌』のイントロが始まった。
ケントがギターを掻き鳴らす。
「い~やっふぉーーぅ♪」
「や~~あっふーぅ♪」
アンとリンダが嬌声と同時に片足を振り上げる。
「いよっ」
「いいぞっ」
すっかり酒が回って良いご機嫌の爺さん連中も歓声を上げる。
「やぁああっきにぃくぅ~♪」
メラリーはノリノリで歌い出した。
「ほらっ」
「ご一緒に~」
アンとリンダがステージに引っ張り上げた爺さん数人が加わってラインダンスはますます盛り上がる。
「ヨーレイヒ~♪」
ジョー、クララ、ケントが声高らかにハモる。
(ああ、ジョーさんと念願のヨーレイヒ~♪)
クララは裏声で一心不乱にヨーレイヒ~♪をハモった。
「いゃっふぅーーっ♪」
メラリーが拳を突き上げてシャウトする。
みなノリノリの最高潮のうちに『焼肉食べ放題の歌』が終わった。
「はぁ~」
クララは席に戻って満足の吐息をついた。
頬が熱く火照っている。
気分が舞い上がったせいか浮遊感で身体がフワフワする。
もう、この寿司屋で「ヨーレイヒ~♪」を末期の言葉に絶命しても思い残すことはないような気さえした。
(――いやいや、まだジョーさんの彼女にもなってないし、もっと先に望みがあるはずでしょ)
クララは慌てて頭を振る。
もっと先に望みが――。
だが、クララはジョーの特定の彼女になった先のことまでは考えたことがなかった。
高2の頃からジョーの彼女になると独断で決めていたクララだが、その頃から何も成長してなかったのだ。
もう今年は23歳になるというのに。
まだダブルデートもしてないし、バレンタインにチョコをあげたこともないというのに。
もう今年は23歳なのだ。
クララはにわかに焦りを感じた。
そうこうして、ガンマン会の会合の最後は『オールド・ブラック・ジョー』の大合唱になった。
英語の歌詞で歌う者と日本語の歌詞で歌う者とでごちゃ混ぜだ。
「Gone are the days when my heart was young and gay~♪(心若く快活な日々は過ぎて)」
「若き日~、早や夢と過ぎ~♪」
その最中、
「もう思い残すことは――」
メラリーがステージでなにやら遠い目をしてポソリと呟いた。
「あと1つだけ――かな」
だが、その呟きは大合唱に掻き消され、誰の耳にも聞こえはしなかった。
第11弾に続く
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる