PictureScroll 昼下がりのガンマン

薔薇美

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第10弾 マイフェアレディ

So that I won't have any regrets(少しも後悔しないために)

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「I sigh for Jeanie, but her light form strayed~♪(恋しいジェニー。だけど、彼女は光からはぐれた)」

「Oh!I sigh for Jeanie with the light brown hair, Floating, like a vapor, on the soft summer air~♪(おお、明るい茶色の髪のジェニーを想って溜め息をつく。柔らかい夏の空気に浮かんでいる煙霧のように)」

 ようやくジョーのビミョーな音程の熱唱が終わった。

「ジョーさん、英語の発音、上手いっすね」

 ケントはビミョーな音程には触れずに無難に褒める。

「あ~、喉カラカラ」

 ジョーは席に戻って烏龍茶をグビグビと飲んで、

「あ、ケント?クララちゃ、いや、クララさん?酒、頼めば?俺は飲まねえし、メラリーは未成年だからよ。帰り、俺、運転するから」

 そう気を利かせて言った。

「あ、じゃ、遠慮なく。俺、緑茶ハイ~」

 ケントは嬉々として注文する。

「――?クララ――さ――ん?」

 クララは(今のは幻聴かしら?)というような不思議そうな顔をした。

 今、ジョーは『クララさん』と言わなかったか?

 クララより年下のメラリーは最初から「クララさん」と呼んでいたが、ジョーはこの間は「クララちゃん」と親しげに呼んでくれていたのではなかったか?

 クララは隣のメラリー越しにジョーを見た。

 メラリーが夢中でパクパクとがっつくウニ茶碗蒸しの漆塗りのスプーンがクララの視界でせわしなく上下している。

「ああ、クララちゃんとか呼ぶと『馴れ馴れしい』ってアランの奴に睨み殺されるらしいからよ。な?ケント?」

 ジョーはケントに顔を向けた。

「そうなんすよ。アランの奴、俺が『クララちゃん』って言ったらヒトを睨み殺すような目で睨み付けるんすから。ホンット独占欲が強いんっすよ」

 どうやらケントはさっきタウンのロビーでジョーにそんな話をしていたらしい。

(ちょっとケント?あんた、何、ジョーさんに余計なこと言ってんのよっ)

 クララは反対側の隣に振り向いてギロッとケントを睨み付けた。

 自分がバレバレに気持ちが顔に出るということをうっかり忘れていた。

(――あ?クララさん、ジョーさんのことを?)

 ケントはジョーと違って恋する乙女心にそれほど鈍感でもないのでクララの表情ですっかり読み取ってしまった。

 そこへ、

「おっ?メラリーちゃん、焼肉の歌、次だよ」

 美豆利みずり寿司の爺さんがメラリーにカラオケのマイクを差し出した。

「んっ?んぐんぐっ」

 メラリーは慌ててウニ茶碗蒸しを掻き込んで席を立つ。

 こうしちゃいられない。

「ケント、ギターとハモり。ジョーさん、クララさん、ハモり。アンさん、リンダさん、ラインダンス」

 メラリーの早口の指令でみなも慌ててステージへ上がる。

 ~~♪

 賑々にぎにぎしく『焼肉食べ放題の歌』のイントロが始まった。

 ケントがギターを掻き鳴らす。

「い~やっふぉーーぅ♪」
「や~~あっふーぅ♪」

 アンとリンダが嬌声と同時に片足を振り上げる。

「いよっ」
「いいぞっ」

 すっかり酒が回って良いご機嫌の爺さん連中も歓声を上げる。

「やぁああっきにぃくぅ~♪」

 メラリーはノリノリで歌い出した。

「ほらっ」

「ご一緒に~」

 アンとリンダがステージに引っ張り上げた爺さん数人が加わってラインダンスはますます盛り上がる。

「ヨーレイヒ~♪」

 ジョー、クララ、ケントが声高らかにハモる。


(ああ、ジョーさんと念願のヨーレイヒ~♪)

 クララは裏声で一心不乱にヨーレイヒ~♪をハモった。


「いゃっふぅーーっ♪」

 メラリーが拳を突き上げてシャウトする。

 みなノリノリの最高潮のうちに『焼肉食べ放題の歌』が終わった。


「はぁ~」

 クララは席に戻って満足の吐息をついた。

 頬が熱く火照ほてっている。

 気分が舞い上がったせいか浮遊感で身体がフワフワする。

 もう、この寿司屋で「ヨーレイヒ~♪」を末期まつごの言葉に絶命しても思い残すことはないような気さえした。

(――いやいや、まだジョーさんの彼女にもなってないし、もっと先に望みがあるはずでしょ)

 クララは慌ててかぶりを振る。

 もっと先に望みが――。

 だが、クララはジョーの特定の彼女になった先のことまでは考えたことがなかった。

 高2の頃からジョーの彼女になると独断で決めていたクララだが、その頃から何も成長してなかったのだ。

 もう今年は23歳になるというのに。

 まだダブルデートもしてないし、バレンタインにチョコをあげたこともないというのに。

 もう今年は23歳なのだ。

 クララはにわかに焦りを感じた。


 そうこうして、ガンマン会の会合の最後は『オールド・ブラック・ジョー』の大合唱になった。

 英語の歌詞で歌う者と日本語の歌詞で歌う者とでごちゃ混ぜだ。

「Gone are the days when my heart was young and gay~♪(心若く快活な日々は過ぎて)」

「若き日~、早や夢と過ぎ~♪」

 その最中さなか

「もう思い残すことは――」

 メラリーがステージでなにやら遠い目をしてポソリと呟いた。

「あと1つだけ――かな」

 だが、その呟きは大合唱に掻き消され、誰の耳にも聞こえはしなかった。



 第11弾に続く
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