富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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のど自慢

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あねさん、さっき、唄ってたろ?わしゃ、『涅槃ねはん』を唄ってサギに聞かせるからさ、三味線しゃみやっとくれ」
 
 オヤツが済むと実之介がお花に自分の唄の三味線を催促した。
 
「イヤだわな。あんなかわずの唄なんぞ」
 
 お花はツンとして、にべもない。
 
「あんなかわずの唄ってどういうんぢゃ?」
 
 サギはお花の好みの恋の唄よりは蛙の唄のほうが面白そうだと思った。
 
「今、サギに聞かしてやる。あねさんなんぞより上手いおクキが弾くからええ」
 
 実之介は生意気盛りなので姉のお花にも偉そうな口を利く。
 
「へえ、ただいま」
 
 おクキは慌てて自分の女中部屋から三味線を取ってきた。
 
 三味線などの遊芸のたしなみは上女中なら必須なのでおタネもおクキも当然のように身に付けている。
 
 ペペン♪
 
 年期の差でおクキの三味線はお花よりも格段に上手い。
 
はすの葉にぃ つゆの浮きしは釈迦しゃかの涙か有り難やぁ 所へかわずがひょいと出てぇ これはわたしが尿しいそろぉ~♪」
 
 実之介は得意げに首を振り振り唄った。
 
 享保の頃の『涅槃』という端唄である。
 
「もお、イヤな子」
 
 お花は実之介をつ真似をする。
 
「お茶を飲んどる時になあ。ミノ坊はわざと嫌がらせに唄うんだわなあ」
 
 お葉も顔をしかめてみせる。
 
「へっへっへ」
 
 実之介は舌を出した。
 
「なるほどなあ。わざと嫌がらせにババっちい唄を唄った訳ぢゃな」
 
 サギの反応は素っ気ない。
 
「遊び唄ならサギにピッタリの唄があるわな。おクキ、『さぎからす』を弾いてな」
 
 お花は実之介の下手な唄なんぞを聞くより自分が唄いたい。
 
『鷺を烏』は安永の頃の端唄。
 
 ペペン♪
 
さぎからすと云うたが無理か あおいの花もあこう咲く 一羽の鳥をにわとりと 雪という字も墨で書く~♪」
 
 おクキの三味線に合わせてお花が唄う。
 
「そうれ そうれ そうぢゃかえ~♪」
 
 お葉、おタネ、実之介、お枝が手拍子しながら合いの手を入れる。
 
「あっ、なんぢゃ?お花、もっぺん、もっぺん。わしも『そうれ そうれ』がやりたいんぢゃっ」
 
 サギは自分だけ合いの手に入り損ねたので悔しがった。
 
「そいぢゃ、なんべんも唄うからな、サギはこの唄を覚えて唄ったらええ。舟遊びではみんなそれぞれ得意な唄を披露するんだわな」
 
「えっ?舟遊びで唄を唄うのか?」
 
 サギはビックリした。
 
 舟遊びでは舟の上で飲み食いするとしか聞いていない。
 
「当たり前だわな。唄も唄わん舟遊びなんぞあろうかえ」
 
 お花は得意な唄を披露する舟遊びなので張り切っている。
 
 ペペン♪
 
さぎからすと云うたが無理か~♪」
 
 お花は鈴を転がすような美声で幾度もサギに『鷺を烏』を唄ってやった。
 
「そうれ そうれ そうぢゃかえ~♪」
 
 サギは手拍子と合いの手だけ張り切ってやった。
 
 自分の名が入ったこの唄がすっかり気に入ったが、いかんせん、サギは唄は好きなのだが、とことん調子外れなのである。
 
 お花の文字をミミズがのた打ち廻ったなどと馬鹿にした手前、とことん調子外れな唄を聞かれたくはない。
 
 他人を馬鹿にして笑っても自分が馬鹿にされて笑われるのは死ぬほどイヤだ。
 
(そうぢゃ。わしゃ、舟遊びの時は唄わずに誤魔化してやれ)
 
 サギは小狡こずるく唄は逃げ切ることに決めた。
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