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サギの肖像
しおりを挟む「のう?わしも粟餅を丸めて餡を詰めたいんぢゃあ」
「いかん、いかん」
「そいぢゃ、仕上げのきな粉をまぶしたいんぢゃあ」
「いかん、いかん」
サギは粟餅の仕上げまで手を出したがったが爺さん婆さんに外へ追っ払われた。
「ちぇ~、出来上がりまで暇ぢゃあ」
ガッカリと店先の縁台に座ると、
「おい、小童。そこへ立ってみてくれ」
美男侍は座ったばかりのサギを繋がれた馬の脇へ追いやった。
「――へ?ここか?」
サギは二匹の馬の間に立つ。
「そう、お前のその馬の尻尾のような髪が馬の尻尾と良く調和しておるのだ」
美男侍は縁台に腰を下ろし、画帳を開いて鉛筆を握った。
「えっ?わしを描いてくれるのか?」
サギはパアッと笑顔になって美男侍を見返る。
さんざん馬鹿者呼ばわりされた美男侍にニコニコ顔を見せるのは甚だ癪であるが、絵に自分の姿を描かれるなど初めてのこと。
嬉しさを隠せやしない。
「こっちを向くな。横向きの顔を描きたいのだ。ニタニタ笑わずに口を閉じる。顎を上げる。目は前方を見る」
美男侍は細かく指図する。
「う、うん、こうか?」
サギは慌てて馬の尻尾のように結んだ髪を撫で付けて整えると前を向いて澄まし顔をした。
「――うむ?お前、じっと動かずに黙っておると思いの外、器量良しだな」
美男侍は改めてサギの顔を見つめて意外そうに言った。
サギは目まぐるしくピョンピョンと跳ね廻り、表情がコロコロと変わり、口を開くと「ぢゃあぢゃあ」とやかましいので静止状態を見てみないと器量良しだと気付かれないのだ。
「うむ、お前の柿渋染めの筒袖、泥染めのたっつけ袴の色合いも黒鹿毛と栗毛の二匹の馬と良い調和だ。背景は一面の田畑の緑。抜けるような青天。これは良い絵になる」
美男侍は嬉々として夢中で鉛筆を走らせる。
ほどなくして、
「――どうだ?」
美男侍は会心の笑みを浮かべ、画帳をクルッと向けて写生した絵をサギに見せた。
「わあっ?うひゃひゃ、これ、わしか?横向きなんぞ見たことないのう。横顔も器量良しぢゃなっ」
サギは画帳を手に取って目に近付けたり離したりして見ながらクルクルと廻って大喜びした。
「この絵、くれっ」
サギは返事も待たずに画帳から画用紙を引き抜こうとする。
「こらっ、やらん。これは屋敷へ持ち帰り、カンバスに描き写して色を着けるのだ」
美男侍はサギの手から画帳を引ったくる。
「なんぢゃあ。わしの絵なのにぃ」
サギは口を尖らす。
「ほれ、こっちの絵をやろう」
美男侍は画帳から一枚を抜いてサギに差し出した。
「――ん?」
サギは首を伸ばして絵を覗き込んだ。
先ほどの満福屋の店先で「そりゃつく、やれつく♪」と唄っていたサギの身振り手振りが五つも描いてある。
ノリノリでとてつもなく馬鹿っぽい。
お猿もかくやのウッキッキーだ。
「うひゃひゃ、なんぢゃ、こりゃあ」
サギは自分の姿に大笑いした。
「ウハハ」
美男侍ものけぞって大笑いする。
そこへ、
パッカ、
パッカ、
「申し上げますっ」
美男侍の家臣らしき若侍が駆け付け、馬から下り、サッと地面に片膝を突いた。
「――何だ?」
美男侍はたちまち不機嫌そうに眉根を寄せる。
おそらくサギのような小童と愉しげに大笑いしている様を見られたのが気恥ずかしいのであろう。
若侍は遠慮がちにヒソヒソと用件を述べた。
「なに?神田橋の屋敷に?」
「はっ、火急の御用にてお取り次ぎをとのことにござります」
どうやら美男侍の上屋敷は神田橋で、急な来客があったらしい。
「う~む――」
美男侍はしばし思案したが、
「明朝、出直して参れと申せっ。まったく、こっちの余暇の楽しみの時分もわきまえぬ馬鹿者めが」
どうやら美男侍が馬鹿者呼ばわりするのはサギだけではないらしい。
「御意にござります」
若侍は一礼し、また馬に乗り、戻っていった。
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