富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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花より団子

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 その頃、茶の間では、

「もおっ、あたしゃ恥ずかしゅうて表を歩けませんわなっ。おっ母さんからあにさんをピシッと叱って下さりましなっ」

 お花が父、樹三郎の悪事を兄、草之介がペラペラとしゃべっていた件をお葉に訴えていた。

「まあ、ほほ、旦那様が浮気、隠し子、千両箱を持ち逃げ?よくもまあ、次から次へとそんな根も葉もない出鱈目でたらめを」

 お葉は意に介さず笑い飛ばす。

「だいたい金がのうなったら、わしも秋物のよそゆきなんぞ誂えまいに。千両箱はちゃんと小判もザクザクに戸棚に収まっておるわなあ」

 まさか草之介が千両箱から五百両を持ち出しているとはつゆ知らずお葉は余裕の表情だ。

「あれ、そういえばそうでしたわな。けど、あにさんと熊さんが錦庵でペラペラしゃべっていたと言うてましたわな」

 お花は千両箱に小判がザクザクと聞いてホッとしたものの兄の草之介が何故にそんなことをしゃべったのかせない。

「まあ、どっおせ草之介と熊五郎が悪戯わるふざけして言うたことをそそっかしい人等が真に受けて吹聴しただけだえ。まったく人騒がせだわなあ」

 お葉はやはり朗らかに受け流す。

「けど、もう日本橋中の噂ですわな。あたしゃ通りを歩くだけで人から可笑おかしな目で見られるのはイヤですわな」

 お花は稽古事に出掛ける度に好奇の目に晒されるのは真っ平なのだ。

「そうは言うても、この日本橋ではわしが娘時分から評判の美人だったうえに、子の草之介もお花も揃って美しいのだから。人から見られるのはたぐれに美しく生まれついた者の運命さだめだえ?美しさに恵まれた分、それくらいの辛抱はしなくては。人が花見をしたからとて咲いとる花が文句を言うかえ?」

 お葉はどこまでも美しさにこだわる。

 類い希に美しいからこそ人に余計な注目をされるのだという見解だ。

「まあ、それはそうですわな」

 お花は自分の美しさのせいでは仕方あるまいと納得した。


 そこへ、

「ただいま戻りました」

 実之介とお枝が付き添いの乳母のおタネと手習い所から帰ってきた。

「オヤツは何だい?」

 実之介は茶の間へ向かう途中で台所を覗き込む。

「サギさんが買うてきて下すった団子がござります」

 下女中が団子の竹皮包みをおタネに手渡す。

「今、軽くあぶりましょう」

 おタネは茶の間の火鉢に餅網を置いて団子を並べる。

「わしゃ砂糖醤油を付けて甘辛にしとくれっ」

「あたいもっ」

 桔梗屋の家族は砂糖の甘ったるい味に慣れているので素朴な味わいの焼き団子にも贅沢な砂糖をたっぷりと付ける。

 やはり、いつものカスティラの耳もオヤツに出されている。

「ん~、美味しい。砂糖醤油の団子とカスティラの耳も合うわな。そういえば、サギはどこにおるんだえ?団子を買うて帰ってきとるんだえ?」

 お花は団子を手に縁側をキョロキョロと見渡した。


 だが、その時、

 コソコソと帰ってきたのは草之介であった。

 草之介は縁側を通らずに座敷伝いに来たのだ。

(茶屋遊びにこんな普段着では行けぬからな)

 草之介は錦庵で蕎麦を食べた後に熊五郎と湯屋まで寄って身だしなみを整えてきていた。

 湯屋には男客限定で毛抜き、耳掃除、爪切りの職人がいて客は床にゴロゴロしているだけで各専門の職人がお手入れしてくれる。

 このお手入れのために草之介はもっぱら湯屋通いであった。


 すると、茶の間では、

「なあ?おっ母さん、うちには金がのうなって貧乏になるってホントかい?」

 砂糖醤油の団子をモグモグしながら実之介がお葉に訊ねた。


(もう噂が実之介の耳にまで?)

 草之介はハッとして次の間で聞き耳を立てた。


「まあ、もうミノ坊も噂を聞いたのかえ?」

 お花は風評の風速に目を丸くする。

「ああ、昼ご飯を食べに家まで帰った子が戻ってきてから言うとったんだ」

「うん、いうとった」

 手習い所は実之介とお枝のように弁当を持参の子もいるがほとんどの子は昼時にいったん家へ帰って食べてくる。

 その昼時に家で桔梗屋の噂を聞いたのであろう。

「けどさ、『桔梗屋には高く売れる物がたんとあろうから心配はあるまい』って、辰吉さんのおっ母さんがお言いだったんだと。そうなのかい?」

 辰吉という子は悪気なく自分の母の下世話な言葉をそのまま実之介に伝えたらしい。

「まあ、ほほ、たしかにお花の箪笥たんすいっぱいの振り袖でも髪飾りでも高う売れるかも知れんわなあ」

 お葉は面白がっている。

「あれ、イヤですわな。あたしの振り袖は亡くなったお爺っさんが誂えて下すったものですわな。それに、いずれはお枝のものにもなるんですからの」

「うん、あたいのだえ」

 お花もお枝も振り袖や髪飾りを手離す気はさらさらない。

「なあ?この皿も高く売れるのかい?」

 実之介は団子をのせた伊万里焼の皿を手に取って眺めた。

「その伊万里焼だって、信楽焼だって、美濃焼だって、昔、お父っさんが長崎で買うてきた大事な皿だから売れんわなあ」

 お葉は焼き物の価値は少しも分からぬが亡き父の形見の品なので手離す気はさらさらない。

「伊万里焼も信楽焼も美濃焼も長崎で買うたのかい?」

 実之介はあちこちの土地の焼き物を見比べる。

「ああ、長崎には日本中から上等な品が集まるんだえ」

 長崎からオランダ商船で日本の工芸品が海外へ輸出されるので長崎だけで日本各地の工芸品が手に入るのであった。

「普段使いしとる焼き物はほんの少しだけだえ。うちの穴蔵にはまだまだお父っさんが長崎で買うてきた品が山ほどあるわなあ。穴蔵に仕舞ってあったおかげで明和の大火でも焼けずに済んだんだからの」

 穴蔵とは土蔵の地下に掘った蔵で防火には最強である。

「そうそうオランダ渡来の銀の器もあったわなあ」

 お葉は穴蔵には焼き物の他にも素晴らしいお宝があると自慢げに言う。

 
(へええ、高う売れる品がそんなにも穴蔵の中に――)

 先ほどから次の間で聞き耳を立てていた草之介はしめしめとほくそ笑んだ。

 当然のごとく、この馬鹿息子は近いうちに穴蔵へ忍び込んで持ち出すのに適当な品を物色するつもりであろう。
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