富羅鳥城の陰謀

揺れる尻尾

「八木殿、そこもとは何故なにゆえ、にゃん影を召し連れて参ったのぢゃ？」

　にゃん影はずっと八木の袴の腰板に乗って背中に張り付いていたのである。

「ああ、にゃん影とはお城のお庭で遊ぶうちにぃぃ、いつの間にやら仲良しにござるゆえぇぇ」

　八木はご満悦であるが、にゃん影が尻尾をパタパタと揺らしていることに気付いていない。

　にゃん影は明らかにイライラと不機嫌なのである。

「いやいや、察するに、わしがにゃん影に持たせた文ふみを八木殿はまだ読んでおらんのぢゃろ？」

　サギはコソッと八木に確かめた。

「えっ？文ふみ？あいや、これは汗顔かんがんの至いたりぃ。それで、にゃん影がそれがしにくっ付いておったのでござるかぁぁ」

　八木はすぐさま、にゃん影の首輪を外し、文ふみを抜き取って黙読した。

『八木殿へ。明日みょうにち、貴殿が桔梗屋へご持参されたるオヤツの儀、三人分の追加を願わしゅう申し上げ候。ご返事ご無用。サギより』

　わざわざ伝書猫を使って何事かと思えば、まったく下らぬ用件である。

　サギは明日から桔梗屋へ来るお桐とお栗とついでに杉作の三人分のオヤツの追加を頼んだのだ。

「この儀、承知 仕つかまつったぁぁ」

　八木は脱力して答えた。

「しかし、サギ殿ぉ、うっかりの手落ちと見なされては心外ゆえ誤解なきように申すが、それがしが首輪の中を改めなかったのには正当なる訳があるのでござるぅぅ」

　八木は言い訳がましく説明した。

「実はつい先日より上様の思し召しにて、にゃん影に文ふみを持たせる折りには一目でそれと分かるよう首輪の色を変えるという取り決めを我蛇丸殿と致しておったのでござるぅぅ」

「なんと、その取り決めとは何ぢゃ？」

　サギは（そんなこと聞いてないぞっ）と思った。

　八木の説明によると、にゃん影の首輪は常は緋鹿子であるが文ふみを持たせる折りには黄、緑、紫など異なる色の鹿子に首輪を変えるのだという。

　文ふみの差出人によって将軍様は紫、八木は黄、我蛇丸は緑とそれぞれの首輪の色分けも決めたという。

「むむう、兄様あにさまの奴、そんな取り決めをわしに報しらせもせずっ」

　サギは自分の知らぬうちに伝書猫の作法が決まっていたのが気に入らない。

　しかも、サギの文ふみの首輪の色分けは何色か決まっていないらしい。

　伝書猫の文ふみのやり取りにサギだけ仲間外れか。

（なんたる侮辱ぢゃっ）

（そもそも、にゃん影はわしの猫なんぢゃっ）

（三年前に兄様あにさまが富羅鳥から江戸へ出た時、にゃん影はわしにくれたはずなんぢゃっ）

　にゃん影の意向はどうか知らぬがサギはそう思っていたのである。

「にゃん影はお城の外へ出掛けてばかりおるゆえぇぇ、上様はにゃん影が帰る度に文ふみの有り無しを首輪をいちいち外して確かめられるのがご面倒になられたのでござるぅぅ」

　八木はにゃん影にまた緋鹿子の首輪を結び付けた。

「ふんっ、そいぢゃ、わしが文ふみを持たせる時には緋、紫、黄、緑以外の色にすればええんぢゃなっ」

　サギは八木から強引ににゃん影を引ったくる。

「兄様あにさまはコロッと忘れとるようぢゃがの、にゃん影はわしの猫なんぢゃっ。わしが桔梗屋へ連れて帰るっ。八木殿、失礼御免っ」

　サギはにゃん影を無理くり自分の肩に担ぐとさっさと踵きびすを返した。

「あ、サギ殿ぉぉ、青の首輪も避さけて下されぇぇ。緋、紫、黄、緑、青以外の色で願いまするぅぅ」

　八木はサギの背に向かって言ったが、サギは無視してズンズンと行ってしまった。

　どうやら青色の首輪で将軍様へ文ふみを送る相手も誰だかいるようだ。