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好きこそものの上手なれ
しおりを挟む一方、
その頃、錦庵では、
我蛇丸、ハト、シメも朝ご飯の最中であった。
「……」
我蛇丸は黙々と箸を動かしていた。
(はあ、気が進まんが、わしから改めて、児雷也、いや、若君に生い立ちの話をせねばならんのう)
(大事な話をするのに鬼武一座の連中は邪魔ぢゃし、どこか静かな場所で二人きりで逢うのが良いぢゃろうが)
(静かな場所って、どこぞぢゃ?それに、二人きりで逢うのは落ち着かんのう)
かといってサギが一緒では別の意味で落ち着かずにまともに話が出来るとは思えない。
(しかし、二人きりで逢うのは――)
二人きり、二人きりと妙に意識して悶々としていると、
ヒュン、
「ニャッ」
にゃん影が裏庭の塀を飛び越えて帰ってきた。
鹿の子の首輪が紫色だ。
将軍様の文を持ってきたのだ。
「にゃん影、ご苦労ぢゃ」
我蛇丸がにゃん影の首輪を解いて筒縫いの鹿の子から細く折り畳んだ文を引き抜く。
「上様は何と?」
シメとハトが文を覗き込む。
「ああ、八木殿が風邪をひいて昨日はお役目を休んでおったそうぢゃ。一昨日、早馬で汗を掻いて富羅鳥山で急に冷えたせいぢゃろう。申し訳ないのう」
「富羅鳥山の秋は江戸より一月は早う来とるからのう」
我蛇丸とハトは八木の風邪に責任を感じたが、
「ふん、我蛇丸もにゃん影も風邪なんぞ引いとらんぢゃろうが?お庭番ともあろう者が日頃の鍛練が足らんのぢゃわ」
シメは鬼だけに手厳しい。
「上様はにゃん影の画を描いておるので、また午後には城へにゃん影に出仕せよとの思し召しぢゃ」
パラリと文を捲ると、もう一枚の半紙に魚を咥えたにゃん影の水墨画が描いてある。
「ほほう、こりゃ習作ぢゃろうがお見事ぢゃ」
「上様は今年もたぬき会に参加されるようぢゃのう」
ハトとシメは将軍様の水墨画に感心する。
魚を咥えてニヤリと不敵な表情はまさしくにゃん影そのものだ。
実は、将軍様は毎年、お忍びでたぬき会に参加していた。
主催の田貫兼次に無理くり頼んで来客には将軍様と知られぬように雅号を変えてこっそりと参加しているのだ。
たぬき会には武家も町人も身分に関係なく集まるので将軍様はいつも行商人になりすまし、治吉と偽名を名乗っていた。
日頃から忍び歩きの七色唐辛子売りで行商人の姿も慣れたものだ。
たぬき会は書画を嗜む将軍様の密かな愉しみであった。
「今年のたぬき会の余興には屁放男と児雷也が呼ばれとるんぢゃろう?」
「屁放男まで言わんでええ」
「ともかく、たぬき会で児雷也、いや、若君が上様に初お目見えするということぢゃ」
富羅鳥藩の行方知れずの若君があの児雷也だと知れば将軍様はさぞやお喜びになられることであろう。
いかにも目出度いことである。
だが、素直に喜べない。
我蛇丸は複雑な気持ちであった。
「のう?わし等もたぬき会に行きたいのう?」
ハトが身を乗り出し、我蛇丸とシメを交互に見やる。
「おう、そうぢゃ。聞けば、たぬき会へサギも桔梗屋の奥様もお花様も行くのでおクキどんもお供するそうぢゃわ。わし等ぢゃって行けんものぢゃろうかのう?」
シメは錦庵へ手伝いに来ているおクキから昼休憩のおしゃべりで色々と聞き出していた。
「う~む、なんとか紛れ込んでみるかのう」
我蛇丸も若君が将軍様に初お目見えする場に是が非でも立ち会いたい。
「ニャッ」
にゃん影も当然のように行くつもりらしい。
「どうしたもんぢゃろのう――」
三人と一匹は一計を案じていた。
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