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急いては事を仕損じる
しおりを挟む「――なるほど。そのような事情にござりましたら、わしも此度の件は無かったものとしてサッパリと水に流しましょう」
児雷也は吟味の詳細を聞くと自分に眠り茸を盛ってかどわかさんと企んだ虎也を温情で許した。
「さすがは児雷也ぢゃのう」
サギは満足げにうんうんと頷く。
(やはり、温厚篤実な人柄は亡きお父上の鷹也様譲りぢゃ)
我蛇丸は感慨無量に目を細める。
「……」
ハトとシメも我蛇丸と同じ思いで目頭を熱くしている。
「……」
竜胆はポカンとして児雷也を見つめている。
共に十七歳で同い年の美少年とはいえ、チンピラの自分とは月とスッポンの品格の差に言葉も出ないのであろう。
「か、忝ない」
虎也は心底ホッとしたように胸を撫で下ろす。
「ぬうぅ」
坊主頭は渋面している。
虎也を簀巻きにして川へ投げ込めぬのが不満なのかと思いきや、
「お前の計略はまったく納得がいかん。反タヌキ派が妨害を企むたぬき会は来月でまだ十日も先だろうが?今から児雷也を攫ったら騒ぎになるに決まっておるし、たぬき会の余興に児雷也が出られんと予め知らせるようなものだ。たぬき会の当日ギリギリに攫わんと意味がないのではないか?」
坊主頭は至極もっともな意見を言った。
「――う――」
虎也は痛いところを突かれたように顔をしかめる。
「そもそも、猫魔に関係なくお前一人だけで眠らせた児雷也をどこへ連れ込むつもりだったのだ?」
坊主頭が鬼の形相で追及する。
「――え?ええと?」
虎也は首を傾げた。
そういえば、あの時、計略どおり児雷也を眠らせていたら自分が背負っていくしかあるまいが、いったいどこへ連れ込むつもりだったのだろう。
自分の住まう長屋は火消の連中がわらわらといるので連れていけばバレバレだ。
古寺とか廃屋とかそんなものはこの日本橋にはありゃしない。
どこもかしこも大火の焼け野原の後に建った新しい建物ばかりだ。
しかも、児雷也は今評判の人気芸人で、虎也も火消の花形の纒持ちでこのあたりで顔を知らぬ者はいない。
さらに、色町の芳町は夜になるほど人通りが多いのだ。
目立つ事この上ないではないか。
「ええっ?もしや、なにも考えず行き当たりばったりぢゃったのか?」
サギは呆れ顔で訊ねる。
「――う――ん――」
虎也は自分のずさんな行き当たりばったりの計略を認めた。
反タヌキ派の武士からは児雷也がたぬき会の余興に出られぬように、かどわかせと依頼されただけでその計略については何も指示を受けていない。
だいたい反タヌキ派の武士が何者かも知らぬのだから虎也から相手に伝達する手段もないのだ。
「間抜けかっ」
シメが容赦なく突っ込む。
「……」
虎也は『間抜け』の烙印を押されてガックリと首を項垂れた。
「まあ、虎也もさぞや焦って気が動転しておったんぢゃろう。大事な念者を攫われて冷静な判断など出来ようはずもないことぢゃ」
我蛇丸はやけに虎也を庇う。
「ええ、それも念者への思いの深さゆえにござりましょう」
児雷也もやけに我蛇丸に同調する。
(――?念者――?)
虎也は不可解そうに顔を上げた。
(――ま、まさか、とらじろうのことかっ?)
ここで虎也はみなが愛猫とらじろうを人間の男子、それも、自分の念者だと勘違いしていることに初めて気付いた。
(だが、猫だと分かったら、とたんに『たかが猫ごときに大袈裟に騒ぎおって、そんなもの放っておけ』とぞんざいに見放されるかも知れん)
せっかく富羅鳥の忍びも鬼武一座も自分に味方して反タヌキ派の武士からとらじろうを救い出すのに手を貸してくれそうな気配だというのに、ここで実は猫だと明かす訳にはいかない。
(よしっ、しらばっくれよう)
虎也は無事にとらじろうを救い出すまでは、みなに勘違いさせたまま黙っていることにした。
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