富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
253 / 368

猫にもなれば虎にもなる

しおりを挟む


「では、虎也との打ち合わせは義兄あにさんに任せたよ。わしは野暮用でなっ。おう、お前等も付き合えっ」

 黒松はお茶を飲み干すとスケベ笑いをしながら座敷を出ていった。

「へえ、そいぢゃ」

 火消の六人も黒松の後に続いて座敷をいそいそと出ていく。

「ふんっ、どっおせ吉原遊びへ行くのだろう。お供をぞろぞろと引き連れねば一人ではビビッて吉原にも行けぬ腰抜けの田舎者だ」

 又吉は黒松が座敷からいなくなるや、態度を豹変させた。

 又吉は猫魔の里の生まれではあるが野良仕事を嫌って十歳から江戸へ奉公に出ていたので江戸での暮らしのほうが長い。

「親父ぃ、こんな大仕事を請け負うなんてマジかよ?言っとくが俺は乗る気はねえぜ」

 虎也はしゃに構えて、片手を畳に突き、片膝を立てた体勢で餡ころ餅を口にポイッと放り込む。

 弱気で言っているとは思われたくないので偉そうな態度をしてみせているのだ。

「何を言うか。猫魔にとって千載一遇の好機なのだぞ。この機を逃して猫魔に逆転の機運は二度と訪れまい」

 又吉は将軍様の暗殺という無謀な企てが成功すると確信しているようだ。

「うん、美味いっ。やっぱり江戸はええど、ええどってか。うははっ」

 又吉はくだらぬ駄洒落で余裕を見せて、餡ころ餅を頬張っている。

(親父だって忍びの仕事なんざしたことねえのに、この自信はいったいどこから来るんだ?)

 虎也は我が父ながら理解し難い。

(たぬき会でお忍びの上様の暗殺だと?誰がるんだよ?まさか、俺にらせる気か?)

(よしんばれたとしても、その場で田貫の家臣にバッサリ斬られるか、お縄になって打ち首獄門に決まってるぢゃねえか)

(よくよく冷静に考えたら猫魔を盛り返すなら、お熊婆さんの思惑どおり我蛇丸を猫魔に引き入れて頭領に据えるのが一番なんぢゃねえか?)

(なにしろ猫魔は猫使いがいなけりゃ猫魔ぢゃねえ)

 虎也は餡ころ餅の竹串を咥えたまま悶々としていた。


 そもそも猫魔の一族は猫使いが忍びの猫を操る仕事で戦国の世から隆盛を保っていた。

 主な仕事は伝書猫の貸し出しという猫頼みの仕事である。

 天下泰平の世になっても伝書猫の需要は途切れることはなく猫魔には猫使いと忍びの猫さえいれば安泰であった。

 その他の忍びの者の仕事といえば忍びの猫ののみ取りか権力者に近付いてコソッと秘密裏に伝書猫の利用を勧めるだけだ。

 しかし、権力者に近付く仕事に一番適任なのは忍びの者ではなく江戸の日本橋で芸妓げいしゃに出ていた美人三姉妹のお虎とお三毛である。

 猫使いのお玉、姉のお虎、妹のお三毛、猫魔の美人三姉妹だけで猫魔の一族は事足りると言っても過言ではなかった。

 猫使いでもない男の忍びの者など役立たずの用無しなのだ。

 それで何も期待されぬ長男の黒松は適当に手抜きして育てられたためにそのとおりに愚か者に育った。

 黒松の下の弟四人は猫使いではないと判断の付く五歳頃にはみな養子に出された。

 熊蜂姐さんは欲張って五男四女と九人も子を儲けたのに猫使いはお玉だけであった。

 猫使いだった先代の頭領が亡くなってからはお玉だけが貴重な猫使いだったのだ。

 そのお玉の子である我蛇丸が猫使いと知れば猫魔に取り返したいと思うのは当然のことであろう。


「――さてと、そろそろ打ち合わせといくか。虎也、お前にたぬき会当日の手順を説明しておかねばな」

 又吉はお茶を飲み干し、懐から出した江戸の切り絵図(地図)を畳の上に広げた。

(あ、俺は乗る気はねえって言ったのに無視か?)

 虎也はどうでもよさそうな素振りで口に咥えた竹串をプラプラさせる。

 しかし、たぬき会で将軍様を暗殺する計略とやらが気になるので一応は耳を傾けておくことにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

輿乗(よじょう)の敵 ~ 新史 桶狭間 ~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 美濃の戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(きちょう)は、隣国尾張の織田信長に嫁ぐことになった。信長の父・信秀、信長の傅役(もりやく)・平手政秀など、さまざまな人々と出会い、別れ……やがて信長と帰蝶は尾張の国盗りに成功する。しかし、道三は嫡男の義龍に殺され、義龍は「一色」と称して、織田の敵に回る。一方、三河の方からは、駿河の国主・今川義元が、大軍を率いて尾張へと向かって来ていた……。 【登場人物】 帰蝶(きちょう):美濃の戦国大名、斎藤道三の娘。通称、濃姫(のうひめ)。 織田信長:尾張の戦国大名。父・信秀の跡を継いで、尾張を制した。通称、三郎(さぶろう)。 斎藤道三:下剋上(げこくじょう)により美濃の国主にのし上がった男。俗名、利政。 一色義龍:道三の息子。帰蝶の兄。道三を倒して、美濃の国主になる。幕府から、名門「一色家」を名乗る許しを得る。 今川義元:駿河の戦国大名。名門「今川家」の当主であるが、国盗りによって駿河の国主となり、「海道一の弓取り」の異名を持つ。 斯波義銀(しばよしかね):尾張の国主の家系、名門「斯波家」の当主。ただし、実力はなく、形だけの国主として、信長が「臣従」している。 【参考資料】 「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社 「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳)  KADOKAWA 東浦町観光協会ホームページ Wikipedia 【表紙画像】 歌川豊宣, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

東亜の炎上 1940太平洋戦線

みにみ
歴史・時代
1940年ドイツが快進撃を進める中 日本はドイツと協働し連合国軍に宣戦布告 もしも日本が連合国が最も弱い1940年に参戦していたらのIF架空戦記

処理中です...