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猫にもなれば虎にもなる
しおりを挟む「では、虎也との打ち合わせは義兄さんに任せたよ。わしは野暮用でなっ。おう、お前等も付き合えっ」
黒松はお茶を飲み干すとスケベ笑いをしながら座敷を出ていった。
「へえ、そいぢゃ」
火消の六人も黒松の後に続いて座敷をいそいそと出ていく。
「ふんっ、どっおせ吉原遊びへ行くのだろう。お供をぞろぞろと引き連れねば一人ではビビッて吉原にも行けぬ腰抜けの田舎者だ」
又吉は黒松が座敷からいなくなるや、態度を豹変させた。
又吉は猫魔の里の生まれではあるが野良仕事を嫌って十歳から江戸へ奉公に出ていたので江戸での暮らしのほうが長い。
「親父ぃ、こんな大仕事を請け負うなんてマジかよ?言っとくが俺は乗る気はねえぜ」
虎也は斜に構えて、片手を畳に突き、片膝を立てた体勢で餡ころ餅を口にポイッと放り込む。
弱気で言っているとは思われたくないので偉そうな態度をしてみせているのだ。
「何を言うか。猫魔にとって千載一遇の好機なのだぞ。この機を逃して猫魔に逆転の機運は二度と訪れまい」
又吉は将軍様の暗殺という無謀な企てが成功すると確信しているようだ。
「うん、美味いっ。やっぱり江戸はええど、ええどってか。うははっ」
又吉はくだらぬ駄洒落で余裕を見せて、餡ころ餅を頬張っている。
(親父だって忍びの仕事なんざしたことねえのに、この自信はいったいどこから来るんだ?)
虎也は我が父ながら理解し難い。
(たぬき会でお忍びの上様の暗殺だと?誰が殺るんだよ?まさか、俺に殺らせる気か?)
(よしんば殺れたとしても、その場で田貫の家臣にバッサリ斬られるか、お縄になって打ち首獄門に決まってるぢゃねえか)
(よくよく冷静に考えたら猫魔を盛り返すなら、お熊婆さんの思惑どおり我蛇丸を猫魔に引き入れて頭領に据えるのが一番なんぢゃねえか?)
(なにしろ猫魔は猫使いがいなけりゃ猫魔ぢゃねえ)
虎也は餡ころ餅の竹串を咥えたまま悶々としていた。
そもそも猫魔の一族は猫使いが忍びの猫を操る仕事で戦国の世から隆盛を保っていた。
主な仕事は伝書猫の貸し出しという猫頼みの仕事である。
天下泰平の世になっても伝書猫の需要は途切れることはなく猫魔には猫使いと忍びの猫さえいれば安泰であった。
その他の忍びの者の仕事といえば忍びの猫の蚤取りか権力者に近付いてコソッと秘密裏に伝書猫の利用を勧めるだけだ。
しかし、権力者に近付く仕事に一番適任なのは忍びの者ではなく江戸の日本橋で芸妓に出ていた美人三姉妹のお虎とお三毛である。
猫使いのお玉、姉のお虎、妹のお三毛、猫魔の美人三姉妹だけで猫魔の一族は事足りると言っても過言ではなかった。
猫使いでもない男の忍びの者など役立たずの用無しなのだ。
それで何も期待されぬ長男の黒松は適当に手抜きして育てられたためにそのとおりに愚か者に育った。
黒松の下の弟四人は猫使いではないと判断の付く五歳頃にはみな養子に出された。
熊蜂姐さんは欲張って五男四女と九人も子を儲けたのに猫使いはお玉だけであった。
猫使いだった先代の頭領が亡くなってからはお玉だけが貴重な猫使いだったのだ。
そのお玉の子である我蛇丸が猫使いと知れば猫魔に取り返したいと思うのは当然のことであろう。
「――さてと、そろそろ打ち合わせといくか。虎也、お前にたぬき会当日の手順を説明しておかねばな」
又吉はお茶を飲み干し、懐から出した江戸の切り絵図(地図)を畳の上に広げた。
(あ、俺は乗る気はねえって言ったのに無視か?)
虎也はどうでもよさそうな素振りで口に咥えた竹串をプラプラさせる。
しかし、たぬき会で将軍様を暗殺する計略とやらが気になるので一応は耳を傾けておくことにした。
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