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猫は虎の心を知らず
しおりを挟む一方、
その頃、蜜乃家では、
「ねえ?竜胆?いったい虎也は何だって茶屋で児雷也に逢ったり、酔い潰れて坊主頭に背負われたりしてたんだえ?お前、何か知ってんだろう?」
熊蜂姐さんが竜胆を追及していた。
「ええ?もう熊蜂姐さんの耳にまで?」
竜胆はこれだから忍びだらけの芳町はイヤだと思った。
どうせ茶屋の恵比寿の女中が熊蜂姐さんにまでしゃべったに違いない。
「ああ、熊五郎が我蛇丸から『誰か大事な人と逢うのに良い茶屋はないか』と訊かれたというから誰と逢うのか気になってさ。お縞に嗅ぐらせたら児雷也だというぢゃないか。けど、なんだって虎也まで一緒だったんだえ?」
熊蜂姐さんは自分の知らぬところで勝手な真似をされるのは気に食わないのだ。
「熊さんが『どうやら錦庵の我蛇丸さんが茶屋で逢い引きするらしい』ってお座敷でペラペラしゃべくってたんだよ。前々から我蛇丸狙いの松千代姐さんは悋気を起こしてヤケ酒でベロンベロンさ。そいで、あたしがそのことを熊蜂姐さんに話したんだよ」
半玉の小梅が横から口を出す。
「う~ん、たぶん、虎ちゃんも色々と思うところあって、我蛇丸さんと従兄弟同士で和解したいという気になったんぢゃあないかと――」
竜胆は適当なことを言って誤魔化す。
錦庵での吟味の内容は児雷也に説明したのを聞いていたので知っているが、虎也の名誉のためにも間抜けな失態を蜜乃家の面々には話してはならぬと思った。
とらじろうが虎也の飼い猫だということも竜胆は知っているが錦庵では知らん顔して黙っていた。
とにかく竜胆は虎也の味方なのだ。
「――虎也が我蛇丸、いや、玉丸と和解?」
熊蜂姐さんはやにわに目を輝かせた。
「へえ?おったまげたっ」
小梅は大袈裟に驚く。
「まあ、いきなり玉丸を猫魔に引き入れるだなんて虎也からしたらさぞや不愉快だろうに、猫魔のためを思って折れてくれたと見えるね。あの子も大人になったものだよ」
熊蜂姐さんは感極まったようにホロリとする。
「そりゃそうさ。やっぱり、虎也は猫魔の若頭なんだから。猫魔が大事なのさ」
小梅は(あたしゃ猫魔とは関係ないけどさ)と思っている。
「これで猫魔の頭領は我蛇丸、いや、玉丸。若頭は虎也。竜虎が揃って猫魔を盛り返し、昔のような隆盛を取り戻せるってことさね」
熊蜂姐さんは生き生きと声を弾ませる。
黒松などは猫魔の里で若隠居でもさせておけばいい。
「あ、そうそう、小梅?お前の来春の水揚げの話はチャラにしたよ。大亀屋の女将のお竜姐さんは加賀屋がご贔屓だからプンプンしてたけど。ま、仕方ないやね」
熊蜂姐さんは唐突に思い出したように言った。
「ええ?チャラ?」
小梅は自分の水揚げの話なのに何も聞いてない。
加賀屋は呉服商なので旦那になったら着るものには贅沢三昧させてくれるというし、小梅としては自分の贔屓の旦那衆の中では加賀屋が一番だと思っている。
さらに、
「ああ。こないだ、お三毛とも相談してね。お前は我蛇丸、いや、玉丸の嫁にすると決めたんだよ。他の男になんぞ水揚げさせる訳にいくかえ」
熊蜂姐さんはサラッと突拍子もないことを言い出した。
「……?」
小梅は自分の耳を疑う。
「――え?今――」
何て言ったのか聞き返そうとすると、
「ええっ?小梅が我蛇丸の嫁ぇえ?」
竜胆が素っ頓狂な声で聞き返した。
「ああ、そうさ。『従兄妹同士は鴨の味』と言ってね、昔から従兄妹同士の夫婦は仲睦まじく添い遂げると言われてるんだから。玉丸と小梅ならきっと猫使いの子が産まれるに違いないよ。ああ、楽しみだねえ」
かくいう熊蜂姐さんも先代の猫魔の頭領とは従兄妹同士の夫婦であった。
「あ、あの、あたしぢゃなくてもさ、猫魔には蜂蜜姐さんだって、松千代姐さんだっているんだし。あっ、そうだよ。松千代姐さんは我蛇丸にホの字なんだから。メラメラぞっこんなんだから。嫁には松千代姐さんがいいよ。うんっ」
小梅は混乱気味に捲し立てる。
「馬鹿だね。蜂蜜は玉丸の叔母なんだから駄目さ。松千代はねえ、あれは先代の頭領の姉さんの娘だよ。イヤな小姑でさ。あたしゃ好かなくてね。そりゃ娘の松千代にゃ罪はないけど。それよりなにより松千代は不器量だからね。男前の玉丸には不釣り合いだよ」
熊蜂姐さんは自分に似て器量良しで勝ち気な孫の小梅がお気に入りなのだ。
その時、
「……」
松千代が廊下の障子の陰から熊蜂姐さんの言葉を盗み聞きしていた。
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