富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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隠忍自重すべし

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「――ん?ちょいと、サギ。富羅鳥の御手廻弓之者おてまわりゆみのもののお三方もたぬき会に呼んだんぢゃなかったかい?」

 熊蜂姐さんがハタと思い出す。

「おっ、そうぢゃった」

 サギはコロッと忘れていた。

「ええと?名は何ぢゃったかの?」

 たしか御手廻弓之者っぽい苗字だ。

「あっ、思い出したのぢゃっ」

 富羅鳥藩士からは御手廻弓之者の矢野鶏七やの けいしち正弓鵙吉まゆみ もずきち弦田鶉平げんた うずらべい


「そいぢゃ、その三人を追加で、占めて三十人か。ま、キリはいいやな」

 竜胆はご丁寧に三十人の名を半紙に書き記す。

「やっぱり少ないよねぇ。五十対三十ぢゃあさ」

 熊蜂姐さんは案じ顔だ。

「なに、カスの新猫魔なんぞ、うすのろ間抜けの連中ぢゃろ?わし一人でも二十人くらい朝飯前ぢゃよ」

 サギは張り切ってバッサバッサと刀を振り廻す真似をしてみせる。

「はああ、聞いて呆れる。何だよ?その根拠のねえ自信は?お前、実戦の経験なんかいっぺんもないだろうが?」

 竜胆が埃を払うように手を振り、せせら笑った。

 この際、熊との相撲は数には入れない。

 あくまでも人間が相手の実戦のことだ。

「そりゃ、ないのぢゃ。竜胆、お前ぢゃって実戦なんぞいっぺんもないぢゃろうが?」

 サギはたちまちムッと膨れて喧嘩腰に声を荒げる。

「そりゃ、ねえけどよ。お前なんか――」

 竜胆も喧嘩腰に言い返すのを遮って、

「ああもう、およし。誰も彼も実戦の経験なんぞありゃしないよ。幕臣だって藩士だってそうさ。なにせ天下泰平の世だからねぇ。それにしたって、こっちは味方同士の結束が弱いったらないよ。――サギ、お前は富羅鳥の連中とも仲違いしたっきりだし、今日はお庭番の八木とも仲違いしてきたんだろ?今だって竜胆とも言い争いになりかねないとこだったぢゃないさ」

 熊蜂姐さんがやれやれと吐息した。

「ふん、サギは誰とでもすぐに仲良しになるけどよ、すぐに仲違いするのさ」

 竜胆が「ケッ」という顔でそっぽを向く。

「わしゃ、悪くないのぢゃ。向こうがわしを怒らせよるから悪いんぢゃ」

 サギも「フンッ」とそっぽを向いた。

「まったく、いいかい?サギはね、『隠忍自重』ってことをようく胸に畳んでおおき」

 熊蜂姐さんが最年長者らしくなだめる。

「わしゃ、今までぢゃって充分に怒りを隠し忍んで自重しておるんぢゃが?」

 武家の教育を受けたサギなので隠忍自重くらいは知っているのだ。


「まあ、たぬき会の会員の中にも武士は何人かいるはずだけど、戦力として使えるかどうかだねぇ」

 熊蜂姐さんが話を戻す。

「どっおせよ、暇な武士の手遊てすさびで武芸より遊芸が得意っていう爺さん連中ばかりだろ?足手まといにはなっても戦力にゃなりゃしねえぜ」

 竜胆は三十人の名を記した半紙をじっと睨む。

 この三十人の中に戦力として使えるのは何人いるのかといぶかしげな表情だ。

「むぅん、新猫魔の連中と乱闘になったら、上様、田貫様、接待役の芸妓衆、他にたぬき会の会員も巻き添えにならんように逃がさにゃならんのぢゃな」

 桔梗屋の家族もいるし、奉公人の小僧もいるし、女子供の無事が優先となると、結構、手こずるかも知れないとサギは思った。

「あっ、そうそう、たぬき会には熊五郎も呼んだらいいよ。戦力にはなりゃしないけど、図体がデカいから手頃な盾にはなるだろうさ」

 熊蜂姐さんがペチンと手を打つ。

 図体のデカい熊五郎を盾にしろとは、今の今まで関心のなかった我が子も使い道次第で役立てる熊蜂姐さんだ。

 その時、

「おぅい?竜胆ぉ、玄武のあにさんが見世物のサクラに来いってよぉ」

 裏庭の路地からメバルの声が聞こえてきた。

「おっと、こうしちゃいらんねぇ。俺ぁ、お杉お玉の投げ銭に行かなきゃだ。そいぢゃ、サギ、剣術の稽古の頃合いに行くからよ」

 竜胆はヒラリと裏庭の竹垣を飛び越えていった。


「――のう?熊蜂姐さん。何で竜胆はあんなに新猫魔の事情に詳しいんぢゃ?」

 サギは路地から竜胆の姿が見えなくなるや、熊蜂姐さんへにじり寄って訊ねた。

「ああ、竜胆とドス吉とメバルは新猫魔に加わってるのさ。勿論、味方になった振りをして相手の動きを窺ってるだけだよ。三人共、まさか玄武を裏切ったりするはずはないんだから心配はいらないよ」

 熊蜂姐さんは涼しい顔で答える。

「ふぅん?ホントに裏切らんのぢゃろうか?いざ、その場になるとほらとうげを決め込むつもりかも知れんぢゃろ?」

 サギは竜胆の言動を怪しんだ。

 いつもの忍びの勘だ。

『洞ヶ峠を決め込む』とは、戦で形勢の優勢なほうへ付こうと成り行きを見守ることである。

 かつて山崎の合戦の折に筒井順慶が洞ヶ峠に待機して明智光秀と羽柴秀吉の形勢を窺っていたといわれているが、実際は筒井順慶は洞ヶ峠にはいなかったそうである。


「ほほほっ、まさか。あの竜胆が玄武一家を裏切るもんかね。なんたって、あの子はただの博徒のチンピラぢゃなくて――」

 熊蜂姐さんが声を落としてサギの耳元に囁く。

「――お竜姐さんの子なんだよ」

「えええ?」

 サギはビックリ仰天した。

 そう言われてみれば、名に竜の字が付いているし、竜胆の女子おなごと見紛うような美貌はお竜姐さん譲りに違いない。

「なんせ不義の子だからねぇ。世間に隠さなきゃならなかったんで、お竜姐さんは京の親戚の家でこっそり産んで、赤ん坊の竜胆をそのまま親戚に預けて江戸へ戻ったのさ」

 熊蜂姐さんはついペラペラと口にしたが、

「不義の子というと相手は武士ぢゃな?お竜姐さんは玄武の親分の妾ぢゃろ?ぢゃけど、竜胆の父親は玄武の親分ぢゃないんぢゃな?」

「あ、ああ、お竜姐さんは玄武の親分の妾になって、まだ十年かそこらだからね」

 意外にサギの頭の巡りが良いので、やにわにマズイという顔をした。

 サギと出逢った多くの者がそう思うようにてっきり馬鹿かと油断していたのだ。

「そいぢゃ、竜胆の父親は誰ぞぢゃ?」

「それは、竜胆を産んだお竜姐さんに聞いてみないことにはねぇ?まあ、あたしゃ、だいたい察しは付いてるけど、他人様の秘め事をあたしの口からは軽々しく言えやしないよ」

 サギは根掘り葉掘り聞きたかったが、熊蜂姐さんはそれっきり口を閉ざしてしまった。

 さすがに忍びの一族だけに肝心なことになると口が堅い。

 おそらく竜胆の父親は熊蜂姐さんが徒疎あだおろそかに口には出せぬような身分の武士なのだ。
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