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under the cold sky (寒空の下で)

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 その深夜0時近く。


 マーティはタウンの清掃キャストのバイトをしていた。

 マナーの悪いゲストがポイ捨てしたゴミを植え込みの中までガサガサと潜って這いつくばって拾い集める。

 オープン中にも常に清掃キャストがタウンを掃除しているが植え込みの中などはクローズしてからだ。

 植え込みは朝早くに植栽キャストが手入れをする。

「うう、寒い~」

「いくら暖冬ってもマイナス5℃~」

「革のグローブしてても手が凍りそう~」

 同じく深夜のバイトは貧乏な名もなき騎兵隊キャストだ。


 ゴミはゴミ袋、落とし物は遺失物の袋に入れる。

 遺失物も落とし主が取りに来そうな貴重品と取りに来なそうな雑品の2種類の袋がある。

 カメラ、ケータイ、腕時計、アクセサリー、マフラー、手袋、帽子、ハンカチ、筆記用具、メイク用品、折り畳み傘、等々。

 ありとあらゆるものが何故か植え込みの中に落ちている。

「うげっ、使用済みの紙オムツ」

「マジやめてっ」

 清掃キャストの切実な願いである。

「シュシュ、泥だらけだけど」

「遺失物の雑品な」

 タウンでは100均で売っているようなヘアゴムでさえゴミではなく遺失物に入れるという馬鹿馬鹿しい決まりがある。

 一応、遺失物は警察に届けられて持ち主が現れなければ1年後にタウンのバックステージで毎年恒例のロストセールが開かれるのだ。

 有名メーカーのカメラが1000円ほど、腕時計が300円ほどの格安だ。

 さすがにゲストの落とし物をキャストに売ってタウンが儲ける訳ではなく売り上げはどこぞへ寄付されるらしい。

「あっ、財布が落ちてるっ」

「それもなんか高そうなヤツ」

「中身は?」

 高級感の漂うパイソン革の長財布をドキドキしながら開いてみる。

「あ~、空っぽか~」

「やっぱり、スリだろうな」

「スッた財布の中身を抜いて植え込みに投げ捨てたのか」

「ポイッと」

 パイソン革の長財布を遺失物の貴重品の袋へ放り込む。

 よくあることなので気にも留めない。

 キャッシュレス時代に日本ではいまだに現金を持ち歩くうえに治安がやたら良いために日本人は警戒心に乏しいのでスリの格好の餌食なのだ。

 こんなド田舎の温泉地にまでわざわざ海外からスリのグループが観光がてら仕事しにやってくるのである。


「よっし、終了~」

 ゴミ拾いを終えて順々に植え込みの中から外側へ這い出ると、

「きゃはは」
「ひゃははっ」

 ほろ酔い加減のゲストが笑いながらメインストリートを通り過ぎていく。

 マーティはゴミ袋を提げた姿をゲストには見られたくないので植え込みから出るのを躊躇ためらった。

 これでも結婚する前までは騎兵隊キャストの人気ナンバー1でゲストの女のコにモテモテだったのだ。
 
 過去のモテモテの栄光をけがしたくはない。

 メインストリートの端っこにある先住民キャストが経営している酒場『アパッチ砦』がそろそろクローズの時間である。

「またどうぞ~」

 レッドストンが戸口まで出てゲストを見送っている。

 酒場でも当然のごとく頭にインディアンの羽根飾りを被っているので遠目でもレッドストンと分かる。

「――」

 マーティは植え込みの中に這いつくばって、レッドストンが店内へ戻るまで憮然と見つめていた。


 思えば、先住民キャストみなで酒場を始めたレッドストンはリーダーとして有能だ。

 酒場『アパッチ砦』はタウンの1店舗の他にも駅前に2店舗ある。

 15人の先住民キャストが働くのに充分な規模なのだ。

 自分達の酒場があるので浮草家業のショウのパフォーマーを辞めて定職に就こうという考えは先住民キャストにはない。

 これまでに何人も結婚を機に定職に就くからとパフォーマーを辞めていった騎兵隊キャストとは大違いだ。

 マーティはレッドストンと比べて自分のふがいなさを身に沁みて思い知らされた。

 年齢も同い年だというのに。

 寒空の下で清掃キャストのバイトをしている自分とは雲泥の差ではないか。

 そこへ、

「ほらもう、ロバートってば飲み過ぎよ」

「うははっ」

 酒場『アパッチ砦』からマダムとロバートが出てきた。

 へべれけのロバートはご機嫌でマダムの肩を抱いて、マダムはロバートの背中に腕を回している。

 母親の佳代が泊まり掛けで孫の世話に来てくれているので久々にロバートは羽根を伸ばして夜遊びなのだ。

「ロバートさんとマダム、なんか良い雰囲気じゃね?」

「お互いバツイチだし、大人の関係なんだろな」

「可愛い子供いて独身って一番、羨ましいわ」

「ホントそれ。子供は欲しいけど嫁はいらねー」

 みな植え込みの中から顔だけ出して好き勝手なことを言っている。

「――」

 マーティは黙っていたが内心ではまったく同感だった。

 バツイチ子持ちのロバートが羨ましい。

 とてつもなく羨ましい。

「ほら、行こうぜ」

 みなガサガサと植え込みの中から出て、「ひゃ~」「早くったまろ~」「風呂、風呂っ」と騒ぎながらメインストリートのゼネラルストアへ駆け込んでいく。

 ゼネラルストアの奥のキャスト通用口の階段を降りて地下通路からバックステージへ向かうのだ。


「ちょっと、トム、フレディ。帰るわよ」

 マダムが『アパッチ砦』の店内へ呼び掛けると「へいへい」「うわ、外、さみ~」とトムとフレディが出てきた。

 ロバートとマダムの2人だけでデートではなかったのだ。


「またどうぞ~」

 レッドストンが最後のゲストを見送って、扉にクローズの札を提げた。
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