姫プレイがやりたくてトップランカー辞めました!

椿原守

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33 side 憧れの人

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 資格試験の勉強のお供に、タブレットで音楽動画を流す。

「……えーと、ここは……」

 参考書をパラパラとめくっていると、タブレットの画面に、配信通知のポップが表示された。

「DFOの配信? あれ? 今日、そんな告知あったっけ?」

 配信通知を見た瞬間、集中力が途切れたオレは、勉強の手を止め、DFO配信ページを開いた。
 見慣れたプロデューサー、藤田さんがそこにいる。
 運営陣話を聞いていると、どうやら藤田さんによるコラボカフェ開催記念にかっこつけたゲリラ配信のようだ。

「ふはっ……皆をビックリさせたいって、それ……やらかしたら『藤田ぁああああ!!』ってコメが流れるヤツじゃね?」

 コラボカフェの為に、運営が新しいボスを作ったらしい。
 インスタントダンジョンに大鎌を構えたピエロのモンスターがそこにいた。

 コラボカフェにいるお客さんの中から、挑戦したい人が選ばれる。
 アバターは運営がランダム選んだもの。
 プレイヤーネームは適当に挑戦者が付けた。

 四分割された画面のうち、池袋店のプレイヤー名が目に入る。

「……アカツキ?」

(アバターもアカウントもバレないからって、なかなか攻める挑戦者だなぁ……職業も戦士だし)

 配信コメント欄も『アカツキってwww』『これですぐ負けたら笑えるんだがwww』と、あまり好意的と思えないものが流れている。

 戦闘開始のBGMが流れ出し、挑戦者達は一斉にボスの元へ走った。

 そうして開始から10分。
 池袋店の『アカツキ』以外は戦闘不能になった。

 四分割されていた画面は、一つになり、画面いっぱいに『アカツキ』視点の戦闘が繰り広げられている。
 オレは瞬きを忘れそうなほど、見入った。

「……うめぇ」


『なんだコイツ、凄くね?』
『回復薬使うタイミングが完璧すぎ』
『なんで、次の攻撃わかってるんだ?』

 それまでコメントで草を生やしていたヤツらも『アカツキ』の凄さに、茶化すことを忘れている。

 このままボスを倒すのでは? と皆が期待したその時、『アカツキ』の片手剣が折れた。

「うーわっ! ここで折れるのかよ……!」

 ピエロの大鎌が『アカツキ』に当たりそうになる。
『アカツキ』は盾の装備を外したようだ、画面から盾が消えている。
 そして、新たなる武器を『アカツキ』は装備し直した。


 ──深紅の大剣


「えっ?」

『えっ?』
『えっ?』
『えっ?』

 まるでオレのドッペルゲンガーが書き込んでいるかのように、同じ言葉がコメント欄にずらずらと並んだ。

『いやいやいや』
『まさか……ねぇ?』
『でも、これ深紅の大剣……ですよね?』
『戦士で……カンスト?』
『名前がアカツキ……?』

『もしかして……』
『もしかしなくても……』

「まさか……チヒロ……さん?」

『チヒロさん辞めたんじゃねーのかよ!?』
『ええええええええええええ!!』
『運営ぇえええええマジぐっじょおおおおおおぶううううううう』

 コメントが爆発的に書き込まれ、異様な速さで流れていく。

 オレは配信画面をタブレットからスマホに切り替える。
 耳にワイヤレスイヤホンを着け、財布をポケットに突っ込むと、玄関へ走った。
 急いで靴を履き、玄関にかけてあった上着を掴むと外へ出る。

(池袋まで二十五分……!)

 もしかしたら、チヒロさんに会えるかもしれない……! そう思ったら、体が勝手に動いていた。
 会える確率なんて高くないのはわかってる。でも、じっとしていられなかった。

 スマホ画面では一進一退の攻防が繰り広げられている。

(池袋まであと八分!)

 あと少しで池袋駅に到着というところで、『アカツキ』が負けた。

(うわ~……チヒロさん、惜しかったな~!)

 オレも走ってコラボカフェへ向かったが、店に到着した時には、チヒロさんは退店した後だった。

(うー……悔しい……)

 数分前まで確実にその店いたという気持ちが、そのまま家に帰るという判断を下さない。

 もしかしたら近くにいて、すれ違うかも……。
 もしかしたら……もしかしたら……。

 …………。

 ……。


 ウロウロして数時間。
 諦めるには頃合いの時間だ。

(……帰るか)

 池袋駅の方角へ、オレはくるりと方向転換する。
 しばらく歩いていると、オレの目の前にイケメン二人を連れた四人組が視界に入った。


(すげー……イケメンがいる)

 男のオレでもドキッとする。
 誰もが認める超絶イケメンと色気漂う妖艶イケメンだ。
 二人の間には、ヤンチャそうな柴犬っぽい印象のフツメンがいる。
 イケメンの間に挟まれても、物怖じせず、対等な空気感を出すフツメン君に、どことなく両隣りの二人も嬉しそうな感じがした。

 なんとも言えない不思議な四人組に見惚れ、すれ違ったその時、妖艶イケメンの少し後ろを歩いていた人の顔がオレの目に入った。

(えっ? <暁>のマサトさん?)

 アバターにそっくりなその顔に驚き、振り返って四人組を見つめる。


 妖艶イケメンが「チヒロ」と言う。
 フツメンわんこが「トモヤ」と返す。

 超絶イケメンが「チヒロ」と言う。
 フツメンわんこが「レン」と返す。


(もしかして……まさか……ッ!)

 踵を返し、オレは四人組を追いかけた。

 ***


「いらっしゃいませ~! 一名様ですか~?」
「あ……えっと、あとから友達が来る……かも。出来たら、席は奥のほうがいいんですが……」
「かしこまりました~! 一番奥は他のお客様がいらっしゃいますので、そのお隣へどうぞ~!」
「あっ、はい。ありがとうございます……」

 思わず、あとをつけてしまった。
 居酒屋も奥の席に入ったのを確認して、隣りの個室を確保してしまった。

(どうしよ……このあと、何も考えてない……)

 ただ離れがたくて。
 もう少しだけ、チヒロさんのいる空気を感じたい一心だった。

 お通しの煮物を食べつつ、ハイボールをチビチビと飲む。

 隣から、チヒロさん達の会話が聞こえた。

(盗み聞きじゃない。盗み聞きじゃないぞ……普通に酒を飲んでたら、聞こえてきただけだ)

 オレは座布団をずらし、隣との境目の壁に背をつける。
 ドキドキと心臓がうるさいのは、お酒のせいだ。何だか悪い事をしているような気がするのも、きっとお酒のせいだ。そういう事にしておこう。

 チヒロさんの声を聞く度に、なんとも言えない歓喜が腹の奥から、せり上がってくる。

(チヒロさん……ゲーム……やっぱり辞めてなかったんだ。あー……どうしよ。泣きそうなくらい嬉しい!)

「……姫プレイ……か」

 ──そしてオレはここで、DFOスレ民も、チヒロ信者も、誰も知らないであろうチヒロさんの秘密を知ってしまったのだった。
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