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番外編
11 俺達の温泉旅行 04
しおりを挟む「チヒロ……大丈夫?」
「へーきへーき!」
夕食を食べ終えた俺達は、部屋へ戻るために旅館の廊下を歩く。
せっかくだからと、少し遠回りすることにした。
早く戻った方がよくないかと言うトモヤの言葉を無視して、俺は廊下を真っ直ぐ歩く。
旅館の廊下には花が飾られていたり、絵が飾られていたりと見ているだけで楽しい。
その途中で、大きな遊戯室のようなところがあった。
そこを覗くと卓球をしている学生たちがいる。
楽しそうな空気に釣られて俺も中へ入っていく。
カコンカコンと音を立て、ラリーを続けている彼らを見ていると、なんだかこっちもやりたくなってくる。
彼らは汗をかき、「このまま露天風呂へ行こう」と言って遊戯室から出て行った。
俺は彼らが残していったラケットとピンポンを手に取ると、ビシッとそれをレンに向ける。
「レン! 勝負しようぜ!!」
「……お前、酔っ払いが運動なんてしたらケガするぞ」
「もう大丈夫だ!!」
「さっきまで廊下をヨタヨタと歩いてたのは、どこの誰だ」
なにを言う。俺は真っ直ぐ歩いてたぞ!
いつの間にか背後に立っていたトモヤが、俺の手からラケットをスルッと取り上げる。
「チヒロ。飲みすぎてるんだから、せめて君はもうちょっと休憩してから」
「ええ~! なんだよ~! やりたかったのに! じゃあ……トモヤとレンが対決な!」
「……僕とレン?」
「おう! 対決するならなにか景品があった方がいいか。んーっと……そうだなぁ。勝った方には俺が『ちゅー』してやる! なんてな!」
──ギンッ!!
「…………へ?」
トモヤとレンが俺をジロリと見ている。
えっ? えっ? なに?
「……男に二言はないな? チヒロ」
「取り消し不可だからね? チヒロ」
「んー? おう! なんか二人やる気になってるな!? いいぞー! 戦えー! やれー!」
よく分かんないけど、トモヤとレンがやる気になっている。
二人の背後にメラメラと炎が燃え上がっているのが見えた。
「……このときばかりは、酒に感謝しよう」
「そうだね。そして、僕は負けるつもりないから」
「それはこちらのセリフだ」
ふたりはジャンケンをして、レンが勝つ。
ピンポンを手にしたアイツがスッと構えた。
──ごくり。
俺は卓球台近くの椅子に座って、ふたりの様子を伺う。
オレンジ色のボールの追いかけっこが今、始まった。
**
続くラリー。白熱する試合。
ふたりの額には汗が浮かぶ。
その汗が飛んで、トモヤがミスをする。
すると「ちょっとタイム」と声をかけて、俺の方へやってきた。
「チヒロ。ごめん、ちょっと眼鏡預かってくれる?」
「ああ。いいけど……」
俺がそう返事をすると、トモヤは眼鏡を外した。
外した後、右手で前髪をかきあげる。
すると、突然「きゃああああ!!」と黄色い声が聞こえてきた。
驚いて、遊戯室の出入り口に目をやると、いつの間にか、そこにはギャラリーがいた。
どうやら、トモヤの素顔を見たギャラリーが声を上げたらしい。
トモヤは眼鏡を預けるとレンの方へと戻り、ふたりとも周りを気にすることなく、卓球の試合を再開する。
超絶美形と妖艶美形の戦いに、観戦者はどんどん増えていく。
──コンッ! カッ!
決着がなかなかつかない。
この試合、どちらかがミスした方が負けになる。
俺は息をするのも忘れて見入っていた──その時。
ギャラリーの合間を縫って、遊戯室の中に入ってきた人がいた。
服装を見る限り、どうやらその人物は旅館の関係者。
「あのぅ……お客様……」
廊下に人が集まりすぎていて、通行の邪魔になっているとクレームが届いたらしい。
そのため、俺達は試合を中断せざるを得なかった。
俺達は遊戯室を出て、自分達の部屋へと戻った。
「あとちょっとで決着ついたのになー! 惜しかったな~!」
「本当にね……」
「……ああ」
ガッカリしたような声が聞こえて、後ろを振り返ると、頭を垂れたふたりがそこにいた。
はぁ~と大きなため息をつくトモヤとレン。
わかる。本当にあとちょっとだったんだよな。
今更だがあれなら、終わるまで待ってもらうことも可能だったんじゃないか? とさえ思えてきた。
「せっかくのご褒美チャンスが……」
トモヤがそうポツリと漏らして、俺は首をかしげる。
ご褒美って……景品のことか?
ほっぺにちゅーしてやるって言ったヤツ?
えっ……もしかして、コイツらがガッカリしてるのはそのせい?
俺はトモヤとレンの方へ近づいて、ふたりをちょいちょいと手招きする。
ふたりが「なんだ?」と顔を近づけた。そのタイミングを狙う。
──ぶちゅっ
──ぶちゅっ
「っよし! もう一回風呂行こうぜ~! 今度は別のとこ入りたい!」
ふたりの頬にキスしてやって、それから俺はもう一度お風呂セットを準備する。
タオルに下着、貴重品はボディバッグに入ってるものを移す。
準備を終えた俺は、ふたりを見た。
コイツらは微動だにせず、突っ立ったままだ。
「チヒロ……ちょっと雑すぎない……?」
「適当すぎるだろ……お前」
はぁとため息を吐きつつ、ふたりは俺がキスしたところを手で押さている。
「さあ、行こうぜ~! ……って、なんでふたりとも顔赤いんだ? 今頃酔いがまわってきたか?」
「そうだね……卓球で、動いたせいかもね」
「ああ……そうだな」
そう言うとふたりも露天風呂へ行く準備を始める。
広い風呂で俺達は汗を流し……って、俺は汗かいてないけど、まったりと癒しの時間を過ごす。
風呂上りにフルーツ牛乳を決めようとしたら、レンから飲み物を差し出された。
それは缶ビール。
「えっ!? これいいのか!?」
「……ああ」
「ちょっと待って! チヒロに飲ませ──」
レンは大きな手でトモヤの口を塞ぐ。
どうしたのか? とそっち向ければ、アイツはにっこり笑って「気にするな」という顔をする。
俺はレンから貰った缶ビールを開けて、ゴクゴクと飲む。
(くぅー! しみるー!!)
キンキンに冷えた缶ビールの美味さに感動していたとき、レンはトモヤにひそひそと耳打ちしていた。それを聞いたトモヤは、なんともいえない顔をして、目を右に左に泳がせるとガクリと頭を下げる。そして俺に向かって「ごめん」と謝ってきた。
「チヒロ。ごめんね……棚ぼたの魅力には勝てなかったよ」
「?? なんのことだ~?」
缶ビールを速攻で空にした俺はヘラッと笑って返事をする。
レンが笑顔でもう一本差し出してきたので、それをありがたく受け取るのだった。
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