聖女と呼ばれておるが、ワシは剣客じゃよ? 乙女となった御隠居剣豪

若年寄

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カイゼントーヤ王国編

第肆百壱拾玖章 『嫉妬』の斯波右衛門

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「虱潰しってまさか手下の海賊を片っ端からやっつけるって話じゃないだろうね? カイゼントーヤ王国が世界に誇る海軍が既に百隻以上の海賊船を沈めても一向に勢いが止まらないんだよ? ボク達が闇雲に動いてどうにかなる話じゃないと思うんだけど、そこんところはどうなのさ?」

 虱潰しと聞いてイシルの顔に渋いものが浮かぶがゲルダは笑ったままだ。
 むしろ、善くぞ訊いてくれたと云わんばかりに笑みを深めたではないか。

「海賊なんぞ相手にせんわえ。そやつらは双斧そうふ提督殿にお任せしようよ」

 海賊退治には干渉しないと云い切るゲルダにイシルはジト目になる。
 所詮は他国の問題とはいえ聖女の云う事であろうか。

「じゃあ、何から当たるというんだい?」

「終点の記憶によれば上忍『嫉妬』は芝居小屋を興行しておるそうでな。攫った子供を間者に仕立て上げて各地に送り込んでいるようじゃ。芝居小屋なら子供をどのように仕込もうと怪しまれる事はないからのぅ。立派な騎士に育てて跡取りのいない騎士の家に養子にしたり、商人の心得を叩き込んで商家に潜り込ませたりと色々悪さをしておるようじゃ。つまりワシらが今する事は芝居小屋の探索よ。船を借りて海賊を片っ端からやっつけるより余程現実みのある話であろう?」

「いやまあ……うん、海に出るよりは遙かにマシだけど、カイゼントーヤ王国で興行している芝居小屋ってどれだけあるか分かっているのかい? 国に届けているだけでも相当な数だろうし、も含めたらどれだけの数になる事か」

 芝居小屋といっても実際は旅回りが殆どで一処ひとところに留まって興行している一座なんてほんの一握りでしかないだろう。
 それらを追いかけて確認して、違ったら別の一座を追いかける。
 イタチごっこどころではない。終わりの見えない旅をするようなものだ。
 聖女であったイルゼ、今も現役の聖女であるゲルダ、ハーフエルフのイシル、長命という意味では時間はたっぷりあるといえるが、カイゼントーヤ王国の方が先にたなくなっているに違いない。
 海賊騒動で海路による流通が滞っている現状を打破する事が目的なのに、ちんたらと芝居小屋探索をしていたせいで海賊の横行を止められずに海の市場しじょうが止まってしまいましたでは話にならない。
 するとゲルダは呵々かかと大笑いを始めたではないか。
 イシルを安心させるつもりなのか、莫迦にしているのか、分からないがゲルダも闇雲に上忍『嫉妬』の芝居小屋を探す訳ではないらしい。

「安心せい。『嫉妬』の芝居小屋そのものは国に届けを出している真っ当な一座であるわえ。でなければ怪しまれて、それこそ忍び働きもできまいよ」

「云われてみれば道理ね。ではゲルダにはその一座の見当はついているのね?」

 イルゼの問いにゲルダは、当然じゃと返した。
 それなら早く云ってくれても良いじゃないか。
 気を揉んでいた自分が莫迦みたいだろう。
 イシルの不満げな様子を察したゲルダは鼻を鳴らしたものだ。

「ワシが説明する前にアレコレ矢継ぎ早に不満をぶつけてきたのはどこのどいつじゃ。慌てるナントカは貰いが少ないと云うぞ。もう少し泰然としてみせい。スエズンで戦った時のお主はもっとどっしりと構えておったぞ」

「う…それは悪かったね。じゃあ、聖女様の秘策をご教授願おうか」

 気が急いていた事を謝罪して言葉の続きを待つ事にする。
 敬愛する天魔大僧正にゲルダの同行を命じられていたイシルは、つつがなく任務を遂行せんと気ばかり焦っていたようだ。
 羞恥か、やや頬が赤くなっているがゲルダは見ぬふりをして続けた。

「良いか。上忍『嫉妬』の名は斯波右衛門しばえもんという。芝居小屋の座頭である事から人からは“芝居屋さん”と呼ばれ、特に子供から好かれておるそうじゃ」

「斯波右衛門……芝居屋さん、か」

「うむ、一座の名は報謝ほうしゃ一座、報謝とは恩に報いて感謝するという意味じゃ。また神仏からの恩に報いる為に慈善を施すという意味合いもあるな。僧侶や巡礼に金品を与える事で僧侶の念仏や実際に巡礼したと同じ功徳を得ると云われておるが、それも報謝という。『嫉妬』とは真逆の美徳を一座の名前とするなど片腹痛いではないか」

 ゲルダ一行の方針は決まった。
 まずはカイゼントーヤ王国を巡る旅回りの一座、報謝一座の捜索である。
 その時、ゲルダはまだ知る由もなかった。
 『嫉妬』との出会い、否、再会がゲルダの運命を大きく変えるという事を……
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