僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

文字の大きさ
7 / 142

第7話「人と人」

しおりを挟む




頼りない声を聞いて苦笑しながら、カーテンをずらして8階の部屋から空を眺める。

「見てる?月」

部屋にはエアコンから風の出る音が充満している。

《っん、、見てる》

高く上った白い月は、2人の頭上で煌々と輝いていた。
薄らとある小さな雲の群れが、その明かりの下を優雅に泳ぐ。
よく見ていないと動いている事すら見逃してしまいそうだった。

「竹内くん」
《、、はい、》
「俺、見るからさ。あのドラマ」
《ッ、はい》
「だから生きろよ」
《は、い!!》

ぐちゃぐちゃな顔で泣いているのかもしれない。そんな声だ。
それとは別に、月は穏やかに浮かんでいた。

《あ。雨宮さん、寝なくて良いの?仕事だったんだろ》

しばらくして泣き止んだ彼はズズッと鼻を鳴らしてから、ハッと気がついたように言う。

「君、敬語は使えないんだな。寝たいけど、君がそこから飛び降りたら怖いから自分の部屋戻って寝る準備するまで喋ろうよ。おっさん的に、この後死なれたら夢見が悪い」
《ははは!死なないってホントに。んーでも、寝落ち電話とか久々でいいかもしんない》

ド、ド、と重たい足音が動いていく。
どうやら相手はマンションの屋上から自分の部屋に戻ろうと歩き始めたようだった。

《雨宮さん、下の名前教えてよ》
「ん?あー、、鷹夜。鳥の鷹に、夜でや。で、鷹夜」
《あ、カッコいい。いいなあ。俺、本名もメイって言うんだよ。竹内じゃなくて、苗字は小野田。小野田芽依。芽吹く、の芽に、衣にイへんがついた、依存とかの依で芽依》
「いいじゃん、芽依。なんて呼べばいい?芽依くんでいいの?」

窓辺から離れてベッドに戻り、鷹夜は再び布団に潜る。
先日の休みに近くのコインランドリーで洗ったばかりの布団はまだふわふわと洗剤と熱い風の匂いがした。

《っ、、うん、芽依って呼んで欲しい》

芽依の嬉しそうな声を聞いて、鷹夜は穏やかに微笑んだ。
話している内に、芽依が純粋で少し幼い青年だと言う事が伝わって来る。
電話の向こうの芽依は自分の部屋に着いたらしく、ドアを開ける音と閉める音、鍵をかける音と立て続けに聞こえた。

《俺は?鷹夜、さん?》
「っ、、」

苗字が珍しいと言われがちで、名前で呼ばれる事は会社でも滅多にない。
誰かに久々に呼ばれた自分の名前はどこか愛しくも、鷹夜は少し恥ずかしく感じた。

「何か恥ずかしい」

胸の内側がむず痒い。
頬が熱くなったな、と思いながら、鎖骨の下をカリカリと軽く爪を立ててかいた。

《え、何で?鷹夜くん、の方がいい?》
「いや、その方が恥ずかしい!」
《ふふ。鷹夜くんて本当に30歳?》
「っ、、そうだよ」
《おっさんとか言って、俺とあんま変わらないじゃん》

君付けが気に入った芽依はそのまま鷹夜と距離を詰めるように、アプリに記載していたプロフィールの情報を確認してくる。
あんな事があった後で、こう言った情報やアプリで交わした会話の内容など相手にせずテキトーに話していたのかと思えばそうでもないらしい。
彼なりの不器用さと誠実さが垣間見えて、一瞬芽依と言う人間がよく分からなくなる。

《仕事、、サラリーマン?》
「うん。オフィスとか店舗の内装のデザイナー」
《え、デザイナー!?すげー!!》

芽依が見せる若々しく怖いもの知らずな反応は、鷹夜には何だか眩しくてドキドキする。
よくよく考えれば5個程歳下の男とこんなに長く話している事は会社の飲み会でもなかった。
ましてや電話で、一対一だ。

「芽依くんいくつ?」
《25。サバ読んでないよ。俺の事務所のサイトのプロフィールのまま》
「んー。まあ分かるんだけど、君の口から聞きたかったんだよね」
《あ、ごめん。嘘ついてたもんね、俺》

また声がシュンとした。
初めて会ったときとは違い、彼は案外分かりやすい人間なのだな、と鷹夜はバレずに笑った。

「そう言う意味じゃないんだけど、、こう言うのって、もう一度その人の口から聞きたくならない?」
《、、そう言うもん?》
「俺的には。文字読んで終わりより、そう言うのをどんな風に言ってくれるのかとか、大事にしたいな」
《そう、か》

キョトンとしたような声になった。
ガサガサと言う音が電話の向こうから聞こえてくる。
それがしばらく聞こえてから、カチャカチャとベルトを外すような音がした。
その細かな音が、鷹夜からすると人の生活を覗いているようでどこか申し訳なく、気まずく、恥ずかしくなってくる。

《鷹夜くん》
「ん?」
《風呂入ってきて良い?できたら、繋いだままにしておいて欲しいんだけど》
「ああ、別に良いけど寝たらごめん」
《やった。ささっとで出るから》
「芽依くんだって仕事だったんだろ?ゆっくり浸かってきなよ、切らないから。出たら起こしてくれても良いし。耳元に携帯置いとく」
《鷹夜くん優し過ぎるわ、、ありがと。いってきまーす》
「いってらー」

何だか妙な距離感だった。
足音が遠ざかっていくのを聞きながら、鷹夜は大きく欠伸をした。
ふう、と息を吐き出して横向きに寝転がると、携帯電話を枕の上に置いて目を閉じる。
もう疲れ切っていた。
けれど、電話をする前よりも気分が良くて心地良い。何より久々に変化のある日常が楽しく感じられた。

(何か、、ぜーんぶ、馬鹿みたいだなあ)

彼に対してあんなに持っていた怒りが、今は1ミリもない。
芽依は30分程で風呂から上がり、急いで身体を拭くと寝巻きに着替え、雑に髪を乾かし、携帯電話を置いているベッドに早足で向かう。

「鷹夜く、、あ、」

耳に押し当てた電話から、すー、すー、と規則正しい寝息が聞こえてきた。
去年、付き合っていた女に突然別れを告げられたあの日から感じることのなかった、自然な人間の温もりのようなそれを、芽依は何故か泣きそうになりながらゆっくりと聞いてしまった。

「鷹夜くん、、傷付けて、本当にごめん」

元より、彼はそんな残酷な事をする人間ではない。
鷹夜をはめて侮辱するに至った経緯には、様々な感情があった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

月兎

宮成 亜枇
BL
代々医者というアルファの家系に生まれ、成績優秀な入江朔夜は、自らをアルファだと信じて疑わなかった。 そうして、十五歳の誕生日を迎え行われた、もう一つの性を判定する検査。 その結果は──『オメガ』。 突きつけられた結果に呆然とする彼に、両親は朔夜に別の場所で生活する事を提案する。 アルファである両親はもちろん、兄弟にも影響が及ぶ前に。 納得のいかない彼ではあったが、従うしかなかった。 ”オメガバース” 男女とは違うもう一つの性。 本来の性別よりも、厄介なもの。 オメガという判定を受けた朔夜と、小さい頃からの幼馴染みである、鷲尾一真、そして、水無瀬秀。 彼らはもう一つの性に翻弄されながらも、成長していく。 ・ こちらは、『女王蜂』の一真と朔夜の中学生〜高校生にかけての物語です。 ストーリー重視のため、過激な描写はあまり(ほとんど?)ありませんが、中学生×中学生のシーンがありますのでご了承ください。 また、こちらの更新は不定期になりますので、もし興味を持って頂けましたらお気に入り登録をしてくださると嬉しいです。 よろしくお願い致します。 ※表紙は『かんたん表紙メーカー』にて作成しています。

【完結】ルームメイト〜僕と彼の関係〜

天白
BL
〜「君は私のルームメイトに合格しました」。そして僕はアイツに押し倒されました〜 生徒会長の皇若菜が僕のルームメイトになってから、順風満帆になるはずだった高校生ライフはあっさりと閉ざされてしまった。 平凡の僕にはお似合いの、平凡な人生望んでたはずなのに…… 「どうしてこうなった!?」 果たして僕に、アイツをぎゃふんと言わせる日はやって来るのだろうか? ※他投稿サイト、フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさんにて公開中です。 拙作「奥さまは旦那さまに恋をしました」と世界観がリンクしています。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...