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第6話「月夜の絆」
しおりを挟むか細い声は人生に疲れ切った鷹夜のように、ボソボソと少しずつ話を始めた。
《去年のスキャンダル、分かりますか?あの子と結婚しようとしてたんです。なのにフラれるわ、写真は売られるわ、週刊誌の特集飾るわ、その子はもっと大手の事務所に入り直して売れ始めてるわで事務所でも居場所なくなって、仕事もなくて、、、今回のドラマはツテのあるプロデューサーにマネージャーと事務所の社長が頼み込んで取ってきてくれた仕事なのに、俺、、期待に応えられてなくて》
これももしかしたら演技かもしれない。
しかし、あまりにも疲れて張り詰めた声に、鷹夜はやはり今田に話し掛けるような優しい声で返してしまう。
「ああ、、うーんと。俺の会社の後輩は今年入ってきたばっかりで、仕事覚えるのは早いけど、最初はやっぱりミスばっかして大変だったよ」
住んでいる世界はまったく違うのだから、こんな話しをしたところで無駄なのかもしれない。
けれど、鷹夜は出来る限り優しく、相手を安心させるようにゆっくりと話した。
自分の緊張もゆるゆると解きながら彼に語って行くと、何だか鷹夜の中にあった怒りや苛立ちもほぐれて、崩れて、なくなっていくように感じられた。
「でも、俺より若くてキラキラした子が、何かに一生懸命になってる姿見ると、やっぱ頑張れって思うよ。怒るより、嫌いになるより、背中押してやって、少しだけ助けて、そしたらできた!って良い顔で笑うんだ、あいつ」
《、、、》
「追い付かれるのが怖くもあるけど、あいつが頑張ってた分が返ってくるのは俺も嬉しいんだよなあ」
やたらと気遣いのできる、けれど少し不器用な今田を思い出してクス、と笑う。
「うん。話し変わるけど、君のスキャンダル、俺覚えてるよ。でも、男からするとやっちゃったな~!くらいのもんだったよ。不倫とかじゃないし。人気商売なのは分かるけど、気にしない人間もいるよ」
鷹夜はすらすらとそんな事を言った。
部屋の暗さに慣れた目では、割とハッキリと色んなものが見える。
「無責任に頑張れとは言えないけど、君が頑張ってる姿をどこかで見ていて認めてくれる人は絶対いるから、まあその、あんまり無理しないでね」
偉そうだったな、とも思ったが実際問題、鷹夜の方が5つは歳上になる筈だった。
どうせ1回切りの、本物かどうかも分からない人間との会話なのだ。
鷹夜は気にする事をやめて、ヘラヘラと笑って自分の事も話し始めた。
鬼みたいなパワハラ上司。半年前、自分もプロポーズを断られ、必死に彼女を探していること。今田と言う後輩の話し。自分と違って結婚して、一軒家を建てようとしている同期の駒井の話し。
「あとは聞かせたことあるなあ、、行ったことある外国の話しとか、ゲームの話しとかしかないや」
それは全て、アプリのやりとりでMEIに話したものだった。
裏切られたくせ、今もなお自分の話しなんて彼の気晴らしになればそれで良いと思って、鷹夜は全て笑い話にして話してしまった。
例え、自分にとってとても悲しくて辛い事が含まれていても、お人好しな彼は明るい声でまとめてしまう。
《、、雨宮さんて、本当にいい人っすね》
話し方まで今田に似ているなと思って笑った。
電話の向こうの彼は少し救いが見えたような声色だった。
「ははは、ありがと~。人が良いのが取り柄でーす」
もう1時間近く通話していた。
《雨宮さん、本当にごめんね。こないだのと言うか、アプリのこと》
「ん?んー、もういいよ。俳優の竹内メイと話せるのなんか一生に一度じゃん。こちらこそ、貴重な時間をありがとう」
少し皮肉に言って笑う。
電話の向こうで、靴音がした。
ゴツ
どこか高いところから下へ降りたような着地音だ。
《、、俺さ、今さっきまで死のうとしてたんだ》
「は???」
その声に、あまりにも驚いて喉がヒュッと鳴った。
《マンションの屋上にいんの、今。六本木の》
「ええ!?家賃いくら!?」
《えっ?えと、安いよ?23万》
「安くねえよ!!」
人の死の話をしていた筈が脱線している。
あまりにもさらりと自殺しようとしていた話しをされ、実況中継でたった今それをやめたと電話越しに言われた鷹夜はドクンドクンと心臓が痛んでいる。
どうして20代の男の子が。
そう思ったが、考えてみれば自分はそこまで病んでいる彼から実害を受けたばかりではないか、と下手な納得が生まれた。
「あ、ごめん。じゃなくて、えっと」
鷹夜が焦った様子が伝わったのか、電話の向こうの彼は小さく笑っている。
ひと月の家賃が23万と言う数字が頭の中をぐるぐる回りながら、鷹夜は必死に自殺を止める為の言葉を思い浮かべていた。
まさかそんなタイミングの電話だったとは流石に察しが付いていなかった。
《あははははっ!ありがとう、雨宮さん。すごい元気出た。めっちゃ面白い》
「いや、死ぬな!死ぬなよ!?」
《死なない、やめた。何か悩むのくだらねーって思っちゃった。雨宮さん良いこといっぱい言ってくれんだもん》
鷹夜には若者が理解できなかったが、自分の言葉で1人の人間が自殺を諦めたなら良かったと思えた。
まだ心臓はバクバク言っている。
今日は体内が忙しい日だ。
「あ」
《え?》
そうして気がついた。
最近めっきりなかった良い事が、今、起きたじゃないかと。
「ふふ、、いや、竹内くんが自殺やめてくれて良かったなーって。俺と話してやめてくれて。最近いい事なかったのに、あ、良い事起きたじゃん、って思った」
《、、、》
「あ、キモいな?ごめん忘れて。あはは、うあーー、良かった。何だマンションの屋上か。だから車の音とかするんだ。どこ歩いてんだろー?って思ってたよ」
《、、、》
「?、、竹内くん?え、死んだ?」
からかうように言った言葉への返事がない。
何となく鷹夜はベッドの上で起き上がり、部屋の右奥にある窓にかかったカーテンを見つめた。
遮光と言えども、薄く月明かりが差し込んでいる。
「、、そっち、月出てる?」
ギシ、とベッドを揺らして立ち上がり、すり足で窓に近づく。
電話からは微かに、泣いているような鼻をすする音が聞こえた。
《、、出てるよ》
情けない、震えた声だった。
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