僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第68話「忍び寄る恋の気配」

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「ほら見ろあの子だ、あそこにいた」
「え、どれ?」
「カウンターでシャンパン貰ってる子いるだろ、黒いワンピースの。あーゆーのなんて言うんだっけ」
「、、あ、レース?」
「そうそうそう!レースの子!」

また荘次郎がいない。
芽依、泰清、荘次郎の悪友3人組で作ってある連絡アプリのグループメッセージにすら、荘次郎はあまり返信して来なくなっている。

「あいつ何かあったの?」
「さあな。付き合い悪いんだよ最近」

そんな会話を何度かしたのだが、個人的にメッセージを送っても返事は返ってこなかった。
鷹夜の家に行った日から更に1週間。7月に入った。
夏真っ盛りとなった世界は街路樹の緑も青々と生い茂っている。
相変わらず毎日連絡は取り合っているものの、鷹夜と芽依が1日でやりとりするメッセージの数は確実に減っていた。
芽依が1ヶ月に2、3回程はある休みをもらえた今日と言う日は日曜日だったのだが、逆に鷹夜に仕事が入り、実は会おうと約束していたのを3日前にドタキャンされた。
正直かなり拗ねたのだが当たり散らす訳にもいかず、「無理しないでね」とメッセージを送ってその話題は終わらせた。

(会いたかったなあ、鷹夜くん)

愚痴をこぼすように泰清に連絡すると、よし来た!と言い出して今に至る。
久々にクラブに連れ出されていた。
来た事がない所だった。
ホールの中は音楽に合わせて揺れる人間や、芽依はよく知らないのだがその音楽を流している有名なDJがいる。
バーのカウンターの中ではきっちりと制服を着込んだバーテンダーと、店の中にある小さなステージにたまに上がって躍るダンサーが酒を出し、せかせかと動き回ったり客と話したりしている。
泰清が芽依に見ろと言ったのは、バーテンダーからシャンパンを受け取る黒いレースのワンピースを着た女性だった。

「鈴野冴(すずのさえ)だよ。子役やってて一回消えたけど、最近またモデルとかやり始めてテレビにも出てる」

泰清は上機嫌に舌を回す。

「んー、あー。覚えてる、、何となくだけど」
「あの子とこないだ雑誌の撮影で組んで撮らされてさ~!何だっけか。んーと、部屋着らぶらぶカップルの朝、みたいなテーマだったな」
「はあ」
「でさあ、ホントはどんな人がタイプ?って聞いたら、竹内メイって!!セクシー系好きなんだって!!」
「はあ」

半ば呆れながらも芽依は泰清が言う冴を見つめた。
スラリとしてはいるものの、胸と尻は大きい。
タイトなラインのワンピースを着こなし、足元は黒いエナメルのピンヒールを履いている。
首元には芽依が好きなブランドのチョーカーをしていた。

(あれ可愛いよなあ。わかる。俺が女だったら買ってた)

彼女を見ながらスタンドテーブルに肘を置き、彼らはグラスに入ったビールを飲む。
前回2人で飲んだ日から、泰清はどうにか芽依の為にいい感じになれる女の子を探していて、彼女にピンと来たのだ。
クラブは貸し切りで、泰清が仲の良いアーティストやダンサー、モデル、俳優、芸人ととにかくたくさんの人が来ていてパーティーを開いている。
どうやら誰かの誕生日らしいのだが、ワーキャーして騒ぐだけで金も払わず飲み食いが出来るのだ。
招待状を持っている人間は同じ業界の人間を2人まで連れてきていい事になっており、泰清は芽依と荘次郎を誘い、芽依だけが来た。

「さーえーちゃん!」
「あっ、わあ!来てたんだね泰清くん!」

泰清がカウンターまで迎えに行くと、どうやら連れてきた友人と別れて1人で飲もうとしていたらしい彼女を捕まえ、さっさと芽依のいるテーブルまで連れてきてしまう。
向こうは途中で芽依がいる事に気がつき、「えっ?えっ?ホンモノ!?」と目を見開いている。

「わっ、あっ、あの、!」
「?」

芽依はこういったとき、第一印象で「クール」と思われがちだった。
人間不信が祟り、初対面の人間、特に女性には警戒心を抱くようになっているせいで表情筋が固まり、190センチと言う高身長から相手を見下ろしてジッと睨むように見つめる癖がついている。
本人はただ単に「だれ?こわ」と思っているだけなのだが。

「す、鈴野冴です!竹内さんがいらっしゃってるなんて、、あの私、竹内さんがBrightesTでデビューした頃から大好きで、ずっとお会いしてみたかったんですっ!」

大きな目は少し吊っていて、綺麗可愛いと言う印象。
手足はきちんと細くて女性らしい。
胸の大きさを含めても、それなりに芽依の好みに当てはまっていた。

「あ。はい、どうも」
「あ、えと、あの、」
「はいはいはーーーい!メイ、自己紹介してくれたんだからちゃんと返しなさい。なっ?そしたら俺はスッと消えて、向こうにいる和田ソフィアに話しかけてくっからさ」
「わ、、誰?」
「誰でもいーから、自己紹介せい」

仲を取り持つように泰清が2人の間に割って入り、ビールのグラスを傾けてまず3人で乾杯をした。
促されるままに芽依は口を開き、明らかに関係を持てと勧められている目の前の彼女に自己紹介をする。
クラブ内は音に溢れていて、芽依は声を張りつつ彼女の方に少し体を傾けた。

「竹内メイです。すみません、鈴野さんのことは子役でぼんやり覚えてるくらいで、」
「あっ、いいんですいいんです!勝手に憧れてたのは私ですから、、あ、こないだ、泰清くんとお仕事が一緒になってお話しさせていただいて」
「じゃあ俺あっちにいるから」
「え?」
「あ、た、泰清くん!?」

微妙なタイミングで会話を遮り、泰清はビールのグラスを持って足速に和田ソフィアと言う日本人とイギリス人のハーフでモデルをしている女の子の元へ行ってしまった。
一度も振り返らず、一直線に。

「あいつあーゆーとこあるんだよなあ。ごめんね」

緊張していた筈だったが、泰清がいなくなったときの彼女の反応から、鈍い芽依であっても冴も緊張していると察した。
こちらがリードしなくては、と気合を入れて優しく笑い掛けると、ボンっ!と音がしそうな勢いで彼女の頬が赤く染まる。

「あ、いい、いっ、いえ!!」

その反応が、何だか既視感を生んだ。

(何だっけ、この感じ)
「大丈夫?ごめんね、急に」

元から小さいのか、音で彼女の声が掻き消されそうになる。
更に冴の方へ頭を寄せると、彼女は慌てて口を開いた。

「いいえそんな!!私本当にお会いしたかったので、竹内さんに!!」
「っ、」

『今めっちゃ嬉しいよ、君に会えて』

その瞬間、冴の放ったひと言が鷹夜の声と重なる。
テーブルの上のグラスを握っていた手が、一瞬痙攣したようにビクッと跳ねた。

「、、、」
「竹内さん?、、もしかして引いてます!?ごめんなさい、気持ち悪いですよね!?何というか、あの、ごめんなさい嬉しくて、本当にごめ、」
「ふはっ」
「えっ?」
「ははははっ、ふふ、ふはっ、ごめん、ちょっと知り合いに似てて、びっくりしただけ。んふふ、ふふっ、そんなに怯えないでよ」

誰かと印象の被る小さな彼女を見下ろして、ひとしきり笑い終わった芽依はふわっと自然に笑い、体を曲げてテーブルに頬杖付き、彼女と視線を合わせた。

「いえあの、、すみません、、」

あまりにもスマートな配慮ある動きに、冴はごくんと唾を飲む。

「ふふ。冴ちゃん、て呼んでいい?俺もメイでいいから。あ、歳上?んー?歳下かなと思ったんだけど」
「歳下ですっ、、あ。私が!私が下!」
「じゃあ、冴ちゃんね。敬語やめようよ、俺苦手なの」
「そうなんですか?、、あ。そう、なの?」
「うん、そうそう。上手い上手い」

器用に優しく話す芽依を見て、冴は頬を染めたままポーっとして彼に見惚れる。
背も高く筋肉質な身体付き、何よりあの色気たっぷりな若手俳優・竹内メイである芽依が1人になるところを狙っていた周りの女性達は、自分が話し掛ける前に泰清が連れて来てしまった冴の存在を疎ましく思いながらも、ニコニコと話す珍しい芽依を少し離れたところからチラチラと盗み見ていた。
彼はこうやって、自然体で人を惹きつける。
視線も、話題も、好意も、善意も、本当は全てものにできる人間なのだ。

鷹夜と言う人間にこだわる必要は、最初からない。

(このピュアな感じ、どっかの誰かさんそっくりだなあ)

芽依は必死に話す冴を見つめて口元を緩めてしまっている。

(この子かもしれない)

心を許せる鷹夜に似ていて、彼のように純粋で誠実そうで、まさに理想の女性かもしれない。
何を急ぐのか、彼はそんな風に彼女を見ていた。

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