優しくしないで

やのつばさ

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 食べに行くのはやめよう。

 しばらく頭を冷やそう。マキさんを好きになるなんて。

 今まで、こんなに癒しをもらって、生きる力をもらったくせに、迷惑はかけられない。

 好きな気持ちをちゃんと閉じ込められるまで、行くのはやめよう。



 それからは、とにかく仕事をして、頭の中からマキさんを追い出した。

 一日中仕事をして、気付いたら寝てる。ふと目覚め、そこからまた仕事をして、いつの間にか寝てる、という生活をどれくらい続けたんだろう。頭がふらふらする。

 でもとても仕事が早く進んで、納期のだいぶ前に仕上がった。

 引きこもる前に働いていた会社で、僕が担当していた取引先の方が、「これからもぜひ藤森さんにお願いしたい」と言ってくださって、個人で請け負う今の僕に、仕事を依頼してくれ、とても良くしていただいている。

 僕は高校卒業後、たまたま就職できた会社が、デザイン系の会社だった。そしてその中のグラフィックデザインの方へ回され、何も解らないので、雑用しか出来ない僕に、手を焼きながらも色々と教えてくれた優しい先輩がいた。
 先輩から教わった事は必ずメモして、自分でも本を買って勉強して、根気強く僕に教えてくれる先輩の為に、とにかく早く一人前になれるように頑張った。自分にも仕事が合っていたみたいで、あの頃は楽しかったな。

 その先輩が居たから今の僕があると思える。基本を全て教えてもらった。

 だが先輩は、大学の友人に誘われたとかで、会社を辞めてしまった。会社を共同設立すると言っていた。

 今もきっとスマートに仕事をこなしているんだろうな。とにかく仕事ができる人だったから。



 早く仕上がって喜んでもらえたし。嬉しくて、昔の楽しかった思い出をちょっと思い出しちゃった。



 今日はドラッグストアに買い物に行かなきゃな。

 トイレットペーパーやシャンプーを買いに行かなきゃいけない。

 ドラッグストアは駅前にあるから、人が多くてあまり行きたくない。

 大通りは街頭が明るいし、夜の遅い時間でも人通りが多いから、僕は裏通りからしか行かない。

 店内もすごく明るくて、本当に苦手だ。早く買って帰ろう。

 店内の通路を曲がって、奥のトイレットペーパーのコーナーに行こうとして、心臓がバクバクした

 あの黒い短髪でがっしりした肩。大きな後ろ姿。マキさんだ……。

 ダメだ。ダメだ。



 僕は、何も買わずに店内から急いで出た。



 まだダメだ。全然蓋ができてない。

 こんなんじゃ、まだまだお店には行けないよ。


 
 暗い道を歩きながら、落ち着こうとするが、寝不足の頭が、店内でのマキさんの姿を脳内に何度も再現する。

 その度に、心臓がドキドキして、息がちゃんとできない。ふらふらだ。

 そんな状態だったから、咄嗟に避けられず、角から急に出てきた自転車と、おもいっきりぶつかって跳ね飛ばされてしまった。

 うわぁ。いたたた。あまりの痛さにすぐには起き上がれない。

 その間に自転車は走り去ってしまった。

 

 追いかけるどころか、立ち上がるのがやっとだ。

 頭は打っていない、脚は、痛いけど歩ける、でも、お尻がすごく痛い。一歩ごとに痛みが走る。

 右の手首がジンジン熱い。利き手側だから困ったな。大丈夫かな。



 とにかく、一歩ずつよろよろと、少しずつ進んで、どうにかやっと部屋に帰れた。
 
 アパートの階段が一番の難所だった。



 ドラッグストアに行ったくせに、何も買えず、自転車に轢かれて帰って来るって……。
 何やってるんだろう僕は……。フフッ。

 情けなさすぎて、涙が次々に流れ出す。ダメな自分が嫌になる。情けない、どうしようもない奴だ。

 お尻が痛くて座れないから、横になるしかない。

 そんな僕の目から、止まらない涙が次々溢れ、畳に染みを作る。

 身体の痛さと、ダメな自分に、僕は嗚咽を堪えられず、ただただ、そのまま泣いた。

 
 

 



 
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