58 / 99
トマスの大ウソ
トマスはこれまでのお花畑のような自らの思考に基づく言動が、今になっておかしく思えてきた。
レオナルドを立派な貴公子として導くため、陰で支えることこそ自分の使命だと思っていた。
それなのに、自分はいつから人に言えないほど非常識なことをするようになってしまったのだろう。
(あの女……”シェリー”に会ってからだ。レオナルド様だってあの女と関わるようになってからおかしくなってしまった。婿入り後に妻を毒殺して家を乗っ取るなんていう悍ましいことを企てるような考えるような方ではなかったはずなのに……)
今さらながらトマスは自らの企てがどれほど悍ましく、そしてどれほど愚かしいものであったかを思い知らされた。何の罪も無いクロエを、ただシェリーを後妻に迎えたいが為に葬ろうとするなど正気ではない。何より、この国では入り婿にしろ嫁にしろ、配偶者亡き後に婚家に留まるには再婚してはいけないという決まりがある。再婚する場合はその家から出て実家に戻るか平民になるかしてからでないと認められない。何より、後妻ならば平民でもいいなどという決まりも慣習もないのだから、クロエ亡き後にレオナルドがシェリーをカレンデュラ家に迎え入れることも、彼女を公爵夫人にすることも不可能だ。法がその時点で改正でもされない限りは。
(いや、嘘だろう……? なんでこんな当たり前のことを俺もレオナルド様も全く気づかず、違和感も抱かずに受け入れていた? そもそもこの案は誰が出した? レオナルド様が出したと思っていたが……よく考えてみればあの女が変な入れ知恵をしていなかったか?)
これまで違和感を抱くことのなかったシェリーの振る舞いが今になって急に奇妙に思え、トマスはようやくその異常さに気づいた。そして同時に自らがどれだけ悍ましい行いをしようとしたのかを悟り、トマスの顔から血の気が引いていく。
(俺は何てことを……。こんな無意味な目的のために、家族まで巻き込むことに……)
無価値な目的に突き動かされ、とんでもない行為に手を伸ばし、その結果家族まで巻き込んでしまった──トマスはその愚かさに気づき、絶望した。
「奥様……申し訳、ございません……」
気づけば、ぽつりと謝罪の言葉がこぼれていた。氷のように冷たい眼差しで見下ろす夫人と視線がぶつかった刹那、トマスの脳裏にひとつの考えが閃いた。
(そうだ……この方法ならば、もしかするとこの状況を切り抜けられるかもしれない……)
そう考えた途端、深く考えるより先にトマスは床に深々と額づいた。そして、張り上げた声で堂々と告げる。
「……実は、それは大切な証拠品なのです。リンデン家を内部から破壊しようと企む政敵へと繋がる物であります故、誰の目にも触れぬよう保管しておりました」
「は……? 政敵? どういうことです」
トマスの一世一代の大嘘に、夫人が食いついたことで彼は内心で「よっしゃ!」と歓喜した。
彼はシェリーを”リンデン家の内部破壊を目論む貴族が送り込んだ刺客”という大それた設定のもと、自分が敢えてそれに乗ったフリをしてその貴族が何者かを探っていた、というテイで押し通そうと企んだ。
「はい。黙っていたこと、誠に申し訳ございません。実はその平民の娘はとある貴族が送り込んだ間者にございます。純粋なレオナルド様を色香で惑わし骨抜きにしたあの娘は、非常識な言動をわざとさせることでカレンデュラ公女の不興を買い、婚約破棄をさせようとしました」
「なんですって!? じゃあ……レオナルドのあの非常識な言動の数々は、その娘が誘導したことだと言うの?」
「さようでございます。本来のレオナルド様は婚約者にガラクタを贈りつけるような真似をする方ではありません! 全てその娘がそうさせるよう促したのです! 娘に心酔しているレオナルド様は疑問を抱かず、言われるがままに……」
疑わし気な目を向けてくる夫人だが、トマスはここで退くわけにはいかなかった。
退けば、全てが終わる。だからこれに賭けなければならない。
「いくらなんでも、そんな無茶な要求を素直に聞くなんて無理があるわ……。その行為がどれだけ自分の品位を貶めるものなのかを知らないわけでもないでしょうに」
「いえ、そこが訓練された間者の恐ろしい部分なのです。自分に心酔させ、どれだけ愚かしい真似でも疑問を抱かずにさせる。そんな真似が出来る女が、一般人なわけがないとは思いませんか?」
トマスがそう問うと、夫人は「それは、まあ……」とやや納得しかけた。しめたとばかりにトマスは次の一手に出る。
「そして、この小瓶こそがその女から渡された証拠品。あの女はこれを用いてカレンデュラ公女様を害すよう促したのです!」
「はあ!? なんですって? クロエ様を?」
毒殺しようとした相手が嫡男ではなくクロエだと言われ、あまりの驚きに夫人はトマスの荒唐無稽な言葉に思わず引き寄せられた。その反応にトマスは内心で「よっしゃあああ!」と叫び、身を小刻みに震わせる。
レオナルドを立派な貴公子として導くため、陰で支えることこそ自分の使命だと思っていた。
それなのに、自分はいつから人に言えないほど非常識なことをするようになってしまったのだろう。
(あの女……”シェリー”に会ってからだ。レオナルド様だってあの女と関わるようになってからおかしくなってしまった。婿入り後に妻を毒殺して家を乗っ取るなんていう悍ましいことを企てるような考えるような方ではなかったはずなのに……)
今さらながらトマスは自らの企てがどれほど悍ましく、そしてどれほど愚かしいものであったかを思い知らされた。何の罪も無いクロエを、ただシェリーを後妻に迎えたいが為に葬ろうとするなど正気ではない。何より、この国では入り婿にしろ嫁にしろ、配偶者亡き後に婚家に留まるには再婚してはいけないという決まりがある。再婚する場合はその家から出て実家に戻るか平民になるかしてからでないと認められない。何より、後妻ならば平民でもいいなどという決まりも慣習もないのだから、クロエ亡き後にレオナルドがシェリーをカレンデュラ家に迎え入れることも、彼女を公爵夫人にすることも不可能だ。法がその時点で改正でもされない限りは。
(いや、嘘だろう……? なんでこんな当たり前のことを俺もレオナルド様も全く気づかず、違和感も抱かずに受け入れていた? そもそもこの案は誰が出した? レオナルド様が出したと思っていたが……よく考えてみればあの女が変な入れ知恵をしていなかったか?)
これまで違和感を抱くことのなかったシェリーの振る舞いが今になって急に奇妙に思え、トマスはようやくその異常さに気づいた。そして同時に自らがどれだけ悍ましい行いをしようとしたのかを悟り、トマスの顔から血の気が引いていく。
(俺は何てことを……。こんな無意味な目的のために、家族まで巻き込むことに……)
無価値な目的に突き動かされ、とんでもない行為に手を伸ばし、その結果家族まで巻き込んでしまった──トマスはその愚かさに気づき、絶望した。
「奥様……申し訳、ございません……」
気づけば、ぽつりと謝罪の言葉がこぼれていた。氷のように冷たい眼差しで見下ろす夫人と視線がぶつかった刹那、トマスの脳裏にひとつの考えが閃いた。
(そうだ……この方法ならば、もしかするとこの状況を切り抜けられるかもしれない……)
そう考えた途端、深く考えるより先にトマスは床に深々と額づいた。そして、張り上げた声で堂々と告げる。
「……実は、それは大切な証拠品なのです。リンデン家を内部から破壊しようと企む政敵へと繋がる物であります故、誰の目にも触れぬよう保管しておりました」
「は……? 政敵? どういうことです」
トマスの一世一代の大嘘に、夫人が食いついたことで彼は内心で「よっしゃ!」と歓喜した。
彼はシェリーを”リンデン家の内部破壊を目論む貴族が送り込んだ刺客”という大それた設定のもと、自分が敢えてそれに乗ったフリをしてその貴族が何者かを探っていた、というテイで押し通そうと企んだ。
「はい。黙っていたこと、誠に申し訳ございません。実はその平民の娘はとある貴族が送り込んだ間者にございます。純粋なレオナルド様を色香で惑わし骨抜きにしたあの娘は、非常識な言動をわざとさせることでカレンデュラ公女の不興を買い、婚約破棄をさせようとしました」
「なんですって!? じゃあ……レオナルドのあの非常識な言動の数々は、その娘が誘導したことだと言うの?」
「さようでございます。本来のレオナルド様は婚約者にガラクタを贈りつけるような真似をする方ではありません! 全てその娘がそうさせるよう促したのです! 娘に心酔しているレオナルド様は疑問を抱かず、言われるがままに……」
疑わし気な目を向けてくる夫人だが、トマスはここで退くわけにはいかなかった。
退けば、全てが終わる。だからこれに賭けなければならない。
「いくらなんでも、そんな無茶な要求を素直に聞くなんて無理があるわ……。その行為がどれだけ自分の品位を貶めるものなのかを知らないわけでもないでしょうに」
「いえ、そこが訓練された間者の恐ろしい部分なのです。自分に心酔させ、どれだけ愚かしい真似でも疑問を抱かずにさせる。そんな真似が出来る女が、一般人なわけがないとは思いませんか?」
トマスがそう問うと、夫人は「それは、まあ……」とやや納得しかけた。しめたとばかりにトマスは次の一手に出る。
「そして、この小瓶こそがその女から渡された証拠品。あの女はこれを用いてカレンデュラ公女様を害すよう促したのです!」
「はあ!? なんですって? クロエ様を?」
毒殺しようとした相手が嫡男ではなくクロエだと言われ、あまりの驚きに夫人はトマスの荒唐無稽な言葉に思わず引き寄せられた。その反応にトマスは内心で「よっしゃあああ!」と叫び、身を小刻みに震わせる。
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。
和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。
リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?
婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。