物語の幕は上がらない(本編完結 番外編更新中)

わらびもち

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トマスの大ウソ

 トマスはこれまでのお花畑のような自らの思考に基づく言動が、今になっておかしく思えてきた。
 レオナルドを立派な貴公子として導くため、陰で支えることこそ自分の使命だと思っていた。
 それなのに、自分はいつから人に言えないほど非常識なことをするようになってしまったのだろう。

……”シェリー”に会ってからだ。レオナルド様だってあの女と関わるようになってからおかしくなってしまった。婿入り後に妻を毒殺して家を乗っ取るなんていう悍ましいことを企てるような考えるような方ではなかったはずなのに……)

 今さらながらトマスは自らの企てがどれほど悍ましく、そしてどれほど愚かしいものであったかを思い知らされた。何の罪も無いクロエを、ただシェリーを後妻に迎えたいが為に葬ろうとするなど正気ではない。何より、この国では入り婿にしろ嫁にしろ、配偶者亡き後に婚家に留まるには再婚してはいけないという決まりがある。再婚する場合はその家から出て実家に戻るか平民になるかしてからでないと認められない。何より、後妻ならば平民でもいいなどという決まりも慣習もないのだから、クロエ亡き後にレオナルドがシェリーをカレンデュラ家に迎え入れることも、彼女を公爵夫人にすることも不可能だ。法がその時点で改正でもされない限りは。

(いや、嘘だろう……? なんでこんな当たり前のことを俺もレオナルド様も全く気づかず、違和感も抱かずに受け入れていた? そもそもこの案は誰が出した? レオナルド様が出したと思っていたが……よく考えてみればあの女が変な入れ知恵をしていなかったか?)

 これまで違和感を抱くことのなかったシェリーの振る舞いが今になって急に奇妙に思え、トマスはようやくその異常さに気づいた。そして同時に自らがどれだけ悍ましい行いをしようとしたのかを悟り、トマスの顔から血の気が引いていく。

(俺は何てことを……。こんな無意味な目的のために、家族まで巻き込むことに……)

 無価値な目的に突き動かされ、とんでもない行為に手を伸ばし、その結果家族まで巻き込んでしまった──トマスはその愚かさに気づき、絶望した。

「奥様……申し訳、ございません……」

 気づけば、ぽつりと謝罪の言葉がこぼれていた。氷のように冷たい眼差しで見下ろす夫人と視線がぶつかった刹那、トマスの脳裏にひとつの考えが閃いた。

(そうだ……この方法ならば、もしかするとこの状況を切り抜けられるかもしれない……)

 そう考えた途端、深く考えるより先にトマスは床に深々と額づいた。そして、張り上げた声で堂々と告げる。

「……実は、は大切な証拠品なのです。リンデン家を内部から破壊しようと企むへと繋がる物であります故、誰の目にも触れぬよう保管しておりました」

「は……? 政敵? どういうことです」

 トマスの一世一代の大嘘に、夫人が食いついたことで彼は内心で「よっしゃ!」と歓喜した。
 彼はシェリーを”リンデン家の内部破壊を目論む貴族が送り込んだ刺客”という大それた設定のもと、自分が敢えてそれに乗ったフリをしてその貴族が何者かを探っていた、というテイで押し通そうと企んだ。

「はい。黙っていたこと、誠に申し訳ございません。実はその平民の娘はとある貴族が送り込んだ間者にございます。純粋なレオナルド様を色香で惑わし骨抜きにしたあの娘は、非常識な言動をわざとさせることでカレンデュラ公女の不興を買い、婚約破棄をさせようとしました」

「なんですって!? じゃあ……レオナルドのあの非常識な言動の数々は、その娘が誘導したことだと言うの?」

「さようでございます。本来のレオナルド様は婚約者にガラクタを贈りつけるような真似をする方ではありません! 全てその娘がそうさせるよう促したのです! 娘に心酔しているレオナルド様は疑問を抱かず、言われるがままに……」

 疑わし気な目を向けてくる夫人だが、トマスはここで退くわけにはいかなかった。
 退けば、全てが終わる。だからこれに賭けなければならない。

「いくらなんでも、そんな無茶な要求を素直に聞くなんて無理があるわ……。その行為がどれだけ自分の品位を貶めるものなのかを知らないわけでもないでしょうに」

「いえ、そこが訓練された間者の恐ろしい部分なのです。自分に心酔させ、どれだけ愚かしい真似でも疑問を抱かずにさせる。そんな真似が出来る女が、一般人なわけがないとは思いませんか?」

 トマスがそう問うと、夫人は「それは、まあ……」とやや納得しかけた。しめたとばかりにトマスは次の一手に出る。

「そして、この小瓶こそがその女から渡された証拠品。あの女はこれを用いてを害すよう促したのです!」

「はあ!? なんですって? クロエ様を?」

 毒殺しようとした相手が嫡男ではなくクロエだと言われ、あまりの驚きに夫人はトマスの荒唐無稽な言葉に思わず引き寄せられた。その反応にトマスは内心で「よっしゃあああ!」と叫び、身を小刻みに震わせる。

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