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その頃、シェリーは
それからトマスはシェリーに全ての罪を被せようと必死に出鱈目の話を作り上げ、それを熱弁した。
よくよく聞くと随分と辻褄の合わない話だったが、夫人は疑いながらも次第にそれを信じる気持ちの方が勝っていく。それはクロエに毒を盛ろうとしていたという事実の衝撃と、レオナルドが実兄を害そうとしたわけではないと知って覚えた安堵から来るものだった。
「推測ですが、あの娘が『レオナルド様こそ公爵になる』と若様に申しましたのは、若様にレオナルド様がご自身の地位を奪おうとしているかのように疑わせるためかと思われます。そうすればクロエ様から意識を逸らせますし、リンデン家を内側から崩すこともできますので」
これも真っ赤な嘘で、おそらくシェリーはレオナルドがカレンデュラ公爵になるという意味で言ったことはトマスにも分かっている。彼自身も当時はそうなると信じ込んでいたが、今ならばそんなことはあり得なかったと分かる。
カレンデュラ家の血が一滴も入っていない者がその家の当主になどなれるわけがない。ましてや平民を後妻に迎えることも、公爵夫人にすることも不可能だ。
いったいどうしてあんな荒唐無稽な計画を信じて疑わなかったのか。そういえば、それを信じるよう唆したのはシェリーではなかったか。そう思うとトマスはなおさら腹が立ってきた。
シェリーが何者であるかはさておき、平民が貴族を謀ったという事実にトマスは激しい怒りと屈辱を覚えた。
本当にどうして自分はあんな下賤な女に傅いていたのか……。今思えばただ首を傾げるほかない。一種の洗脳状態だったのだろうとしか思えない。
「……そう。その娘が全ての元凶というわけね。分かりました。では、その娘は始末せねばなりませんね」
「よろしいのですか……? まだ、背後に誰がいるかが分かっておりませんが……」
そんな者はいないし、嘘がバレると困るから口封じに始末するのはトマスとしても望むところだ。
だが一応はこう言っておかないと信憑性がないので敢えてそう口にした。自分でも白々しいと思いながら。
「……我が家と疎む家は沢山あります。知ったところで報復する力もない。それよりも、平民如きに我が家がかき乱されたことが実に屈辱でならない……」
夫人は悔しそうに顔を歪めた。平民にここまで付け込まれたことが貴族として何よりの屈辱だった。
そして報復する力すらない事実が歯がゆくて仕方がない。
「それに……こんなことをクロエ様に知られるわけにはいきません」
散々無礼を働いた挙句、毒まで盛ろうとしていたことが知られたらこの家は終わる。
口封じのためにも早々にシェリーを始末せねば、と夫人はトマスの顔を見据える。
「トマス、責任を取ってお前がその娘を始末なさい。そうすれば、処罰を多少は軽減して差し上げましょう」
「……ッ!! ご恩情に感謝いたします」
事が思いどおりに運んだことにトマスは心の内で静かに喝采を送った。
今の彼はシェリーを手にかけることに何の躊躇も無い。レオナルドの恋人という肩書は何の抑止力にもならない。
そもそも彼女が分不相応にも貴族の求愛を受けたせいでこんな状況になったのだ。その責任は取らせなければとトマスは深い憎しみを抱いた。
*
一方でシェリー本人は迫りくる危機など知る由もなく、悠然と馬車に揺られていた。
しばらくして馬車が軋む音を立てて止まると、揺れる足場を確かめながら地面へ降り立つ。
彼女の視線の先には高くそびえる鉄製の門。磨かれた黒い格子の向こうには白亜の屋敷が静かに佇み、整えられた庭園の薔薇が甘い香りを漂わせている。町で慣れ親しんだ風景とはどこまでも違う世界。
「……ふーん。ここが、あの女の屋敷……」
腕を組み、どこか嘲るように口元を歪めながらシェリーは目の前の豪華な屋敷を眺めていた。
よくよく聞くと随分と辻褄の合わない話だったが、夫人は疑いながらも次第にそれを信じる気持ちの方が勝っていく。それはクロエに毒を盛ろうとしていたという事実の衝撃と、レオナルドが実兄を害そうとしたわけではないと知って覚えた安堵から来るものだった。
「推測ですが、あの娘が『レオナルド様こそ公爵になる』と若様に申しましたのは、若様にレオナルド様がご自身の地位を奪おうとしているかのように疑わせるためかと思われます。そうすればクロエ様から意識を逸らせますし、リンデン家を内側から崩すこともできますので」
これも真っ赤な嘘で、おそらくシェリーはレオナルドがカレンデュラ公爵になるという意味で言ったことはトマスにも分かっている。彼自身も当時はそうなると信じ込んでいたが、今ならばそんなことはあり得なかったと分かる。
カレンデュラ家の血が一滴も入っていない者がその家の当主になどなれるわけがない。ましてや平民を後妻に迎えることも、公爵夫人にすることも不可能だ。
いったいどうしてあんな荒唐無稽な計画を信じて疑わなかったのか。そういえば、それを信じるよう唆したのはシェリーではなかったか。そう思うとトマスはなおさら腹が立ってきた。
シェリーが何者であるかはさておき、平民が貴族を謀ったという事実にトマスは激しい怒りと屈辱を覚えた。
本当にどうして自分はあんな下賤な女に傅いていたのか……。今思えばただ首を傾げるほかない。一種の洗脳状態だったのだろうとしか思えない。
「……そう。その娘が全ての元凶というわけね。分かりました。では、その娘は始末せねばなりませんね」
「よろしいのですか……? まだ、背後に誰がいるかが分かっておりませんが……」
そんな者はいないし、嘘がバレると困るから口封じに始末するのはトマスとしても望むところだ。
だが一応はこう言っておかないと信憑性がないので敢えてそう口にした。自分でも白々しいと思いながら。
「……我が家と疎む家は沢山あります。知ったところで報復する力もない。それよりも、平民如きに我が家がかき乱されたことが実に屈辱でならない……」
夫人は悔しそうに顔を歪めた。平民にここまで付け込まれたことが貴族として何よりの屈辱だった。
そして報復する力すらない事実が歯がゆくて仕方がない。
「それに……こんなことをクロエ様に知られるわけにはいきません」
散々無礼を働いた挙句、毒まで盛ろうとしていたことが知られたらこの家は終わる。
口封じのためにも早々にシェリーを始末せねば、と夫人はトマスの顔を見据える。
「トマス、責任を取ってお前がその娘を始末なさい。そうすれば、処罰を多少は軽減して差し上げましょう」
「……ッ!! ご恩情に感謝いたします」
事が思いどおりに運んだことにトマスは心の内で静かに喝采を送った。
今の彼はシェリーを手にかけることに何の躊躇も無い。レオナルドの恋人という肩書は何の抑止力にもならない。
そもそも彼女が分不相応にも貴族の求愛を受けたせいでこんな状況になったのだ。その責任は取らせなければとトマスは深い憎しみを抱いた。
*
一方でシェリー本人は迫りくる危機など知る由もなく、悠然と馬車に揺られていた。
しばらくして馬車が軋む音を立てて止まると、揺れる足場を確かめながら地面へ降り立つ。
彼女の視線の先には高くそびえる鉄製の門。磨かれた黒い格子の向こうには白亜の屋敷が静かに佇み、整えられた庭園の薔薇が甘い香りを漂わせている。町で慣れ親しんだ風景とはどこまでも違う世界。
「……ふーん。ここが、あの女の屋敷……」
腕を組み、どこか嘲るように口元を歪めながらシェリーは目の前の豪華な屋敷を眺めていた。
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