物語の幕は上がらない(本編完結 番外編更新中)

わらびもち

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逃げ出したレオナルド

 屋敷に戻った小公爵は何よりも先に自室へ向かい、服を取り替えずにはいられなかった。
 まるでその身にまとわりついた穢れを払うかのように乱暴に衣服を脱ぎ捨て、石鹸の香りが纏ったシャツに袖を通す。そうすることによって少しだけ気分が落ち着いた。

(薄気味悪い娘だった……。まるで自分が世界の中心にいると信じ切っているような話し方をしていたな。レオナルドはあれのどこがよかったんだ? まるで理解できない……)

 ふうっと重い息をこぼし、彼はソファへと体を預けるように腰を下ろした。
 これからのことを考えると気が重い。女にのめり込んだ弟は、父のように──いや、それをも上回るほどに堕落してしまった。父は邪魔だからと何の罪もない母の命を奪おうとするほど堕ちてはいなかったが、弟は罪なき婚約者を手にかけようとした。畜生にも劣る存在となってしまった弟をこのままカレンデュラ家に婿入りさせるわけにはいかない。

(殺害を企てるような危険人物をクロエ様に近づけるわけにはいかない。万が一のことがあれば我が家は終わりだ。しかし、カレンデュラ家との縁が切れてしまえば没落するかもしれない。いったいどうすればいいんだ……)

 リンデン家を再興するにはカレンデュラ家との繋がりが必要不可欠だ。それなのに、その縁をどう繋ぎ止めればいいのか分からない。レオナルドではなく分家の誰かを婚約者に据えることも考えたが……あちらが承諾してくれる可能性は低い。そこまでしてリンデン家と縁を持つ価値などあるはずがない。

 どうして親子そろって女で堕落し、家を破滅に追い込むのか。小公爵は父と弟と同じ血が自分に流れている事実すら呪いたくなってきた。自分も彼等と同じようになるのだろうか……と思うだけでゾッとする。

 そんな思い悩む彼のもとへ、追い打ちをかけるように新たな厄介事が舞い込んできた。

「若様……っ、大変でございます!」

 青褪めた顔をした従者が慌ただしく部屋に駆け込んできた。そのただならぬ気配に小公爵は険しい顔で問いかける。

「どうした? いったい何があった?」

 従者は一瞬、言葉を探すように唇を震わせ、それから意を決したかのように告げる。

「……レオナルド様が、部屋から逃げ出されました」

「なんだって!? 見張りの騎士は何をしていた!」

「それが、どうやら仮病を使って騙したようです。部屋の中から苦しい声が聞こえてきたので、慌てて扉を開けて中に入った隙をつかれた、と……」

「そんな初歩的な罠に簡単にかかりおって……間抜けが。すぐに人手を回して探せ! 放っておくと何をするか分からん。見つけ次第捕縛しろ!」

 あの愚弟はどこまでこちらの手を煩わせるのか。怒りに満ちた表情で小公爵は従者へと命じる。
 主人の苦悩を察しつつも、従者は「畏まりました」と短く答え、捜索の指示を出すべく駆け出した。


 一方その頃、軟禁されていた部屋から逃げ出したレオナルドは街の雑踏の中を足早に歩いていた。
 目指すのは愛しい恋人シェリーの働く街のパン屋。いつもは馬車を使うため、歩いて向かうのは初めてだ。そのせいで距離がやけに遠く感じ、息が切れてくる。

「……ふぅ、あと、もう少し……」

 シェリーとはほとんど毎日のように顔を合わせていたというのに、不可解な理由で軟禁されてしまったせいでしばらく会うことができなかった。急に会えなくなり彼女はどれだけ寂しかっただろう。愛しい恋人が悲しんでると思うと胸が痛む。レオナルドは早く会いに行って安心させてやらねばと足を速めた。

 ようやく件の店に着き、扉を開けると中には女将が一人で忙しそうに動き回っていた。

「あ、いらっしゃいませ……」

 レオナルドの姿を見た女将は控えめに声をかけて迎えた。彼はいつもシェリーを迎えに来るだけで、店の商品は一つも買わない。女将にとっては少々迷惑な客だった。いや、勤務中のシェリーを連れていってしまうので少々ではなくかなり迷惑な客だ。いやむしろ商品を買わないから客でもない、ただの迷惑な男だった。

「? シェリーはどこだ?」

「……シェリーはしばらくここに来ておりません。自宅にいるかと思います」

「そうか、分かった。邪魔したな」

 それだけ聞くと何も買うことなくさっさと店から出て行くレオナルド。
 そんな彼の後ろ姿に向かって女将はため息をついた。もう二度と来ないでほしいと思いながら。
 しかし、そんな女将の願いもむなしく、しばらくするとレオナルドはまたこの店にやって来た。

「シェリーが……シェリーがいない。何処に行ったか知らないか!?」

「はあ?」

 客ではない迷惑なだけの男が、さらに厄介な言葉を放ったせいで女将は露骨に眉を顰めるのだった。

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