物語の幕は上がらない(本編完結 番外編更新中)

わらびもち

文字の大きさ
68 / 99

馬車に乗っていたのは……

「シェリーがいない……? 外出でもしているんじゃないですか?」

 こんな忙しいときに、と鬱陶しさを覚えながらも貴族相手では無下にもできず、女将は渋々返答した。

「ちがう! 家の中から荷物が全て無くなっているんだ! まるで誰も住んでいないかのように、もぬけの殻になっている」

「ええ……なんですか、それ。夜逃げでもしたんですかね……」

「なに!? 夜逃げだと?」

 家の中がもぬけの殻になっているというのを耳にして、女将の頭に浮かんだのは借金や誰かと問題を起こして夜逃げしたのではないかという疑念だった。平民の間でそういったことは珍しくもなく、ましてや貴族と揉め事を起こしていそうなシェリーなら猶更だ。もしかして、先日店に来た貴族に無礼を働いてしまい、ここに居られなくなったのではないか……というようなことをレオナルドに話すと、彼は怒りに震えた。

「おのれ……きっとクロエの仕業だな。私に愛されないからと……シェリーに手を出すとは、なんて女だ。義務で婚約しただけの女がよくも……」

 レオナルドの言葉に女将は心の中で「え? こいつ婚約者がいるくせにシェリーに手出ししたの?」と引いていた。迷惑なだけでなく、とんでもなく最低な男だと女将がレオナルドを見る目が更に冷たくなった。
 怒りに満ちた表情で乱暴に扉を開けるレオナルドに女将は「壊れるからやめてください……」と告げるも、彼は聞いちゃいない。彼は開けた扉を乱暴に閉め、その場を走り去っていく。扉のガラス部分にはうっすらとヒビが入り、それを見た女将は泣きそうになった。

 怒りに任せて外へ飛び出したレオナルドだったが、徒歩でクロエの屋敷まで向かうには距離があるため街で辻馬車を捕まえることにした。リンデン家所有の馬車より遥かに乗り心地の悪い辻馬車に揺られカレンデュラ家の屋敷に辿り着く。馬車酔いでふらつきながらも門前で門番に詰め寄った。

「……おい、クロエはいるか?」

「は? 誰だ貴様は」

 屋敷の主人を横柄に呼び捨てる不審者を前に、門番は鋭い眼光で射抜くように睨んだ。
 彼らはレオナルドの顔を知っていたが、目の前にいる、髭が伸びて人相の悪くなった男と結びつけることはできなかった。軟禁生活のせいで身支度が整わないレオナルドは、いつもの貴公子然とした姿とは程遠く、見た目からして不審者そのものであった。

「なんだその口の利き方は!? 私はリンデン家の子息にしてクロエの婚約者だぞ! 門番風情がそんな口を利いていいと思っているのか?」

「……リンデン家のご子息? 嘘をつくな。公爵家のご子息がこのような薄汚い格好で、しかも辻馬車などに乗ってやってくるなどあり得ないだろう?」

「……っ!! し、仕方ないだろう! 急いでいたのだから!」

 「薄汚い」と指摘されたことでレオナルドは恥ずかしさを覚え、先ほどまでの勢いが失せてしまった。
 公爵家の子息として身なりにはかなり気をつかっていた彼は他人から”汚い”などと言われたことは一度もない。
 屈辱で顔を歪め、恥ずかしさに頬を赤らめ俯くレオナルドを門番は鬱陶しそうに手で追い払った。

「何であれ貴様のように怪しい人物をお嬢様に近づけるわけにはいかない。さっさと去れ」

「なっ……お前! この私にそんな態度をとって許されると思っているのか!」

「怪しい人物を屋敷に近づけないことが我々の仕事だ。いいからさっさと去れ。でないと力づくで追い返すぞ」

 槍を構えた門番を前にレオナルドは思わず小さく悲鳴をあげ、身動きが取れなくなる。
 膠着状態が続いたその時、向こうの方から馬車が近づいてきた。

「……あれは!」

 馬車にカレンデュラ家の紋章を見つけた瞬間、レオナルドはクロエが乗っていると直感し、慌てて駆け寄った。

「クロエ! いるんだろう!? 私だ! レオナルドだ!」

 レオナルドが近づくと馬車が停まり、御者は訝しげに彼を見た。窓がゆっくりと開き、中の人物が姿を現す。

「……レオナルド君? きみ、その姿はどうした?」

「え……!? あ、カ、カレンデュラ公爵閣下……」

 馬車に乗っていたのはクロエではなく、彼女の父カレンデュラ公爵だった。
 本人ではなく父親が現れたことにレオナルドは完全に動揺し、勢いを失ってその場に立ちすくんだ。

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。 「次期当主はエリザベスにしようと思う」 父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。 リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。 「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」 破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?  婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。