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馬車に乗っていたのは……
「シェリーがいない……? 外出でもしているんじゃないですか?」
こんな忙しいときに、と鬱陶しさを覚えながらも貴族相手では無下にもできず、女将は渋々返答した。
「ちがう! 家の中から荷物が全て無くなっているんだ! まるで誰も住んでいないかのように、もぬけの殻になっている」
「ええ……なんですか、それ。夜逃げでもしたんですかね……」
「なに!? 夜逃げだと?」
家の中がもぬけの殻になっているというのを耳にして、女将の頭に浮かんだのは借金や誰かと問題を起こして夜逃げしたのではないかという疑念だった。平民の間でそういったことは珍しくもなく、ましてや貴族と揉め事を起こしていそうなシェリーなら猶更だ。もしかして、先日店に来た貴族に無礼を働いてしまい、ここに居られなくなったのではないか……というようなことをレオナルドに話すと、彼は怒りに震えた。
「おのれ……きっとクロエの仕業だな。私に愛されないからと……シェリーに手を出すとは、なんて女だ。義務で婚約しただけの女がよくも……」
レオナルドの言葉に女将は心の中で「え? こいつ婚約者がいるくせにシェリーに手出ししたの?」と引いていた。迷惑なだけでなく、とんでもなく最低な男だと女将がレオナルドを見る目が更に冷たくなった。
怒りに満ちた表情で乱暴に扉を開けるレオナルドに女将は「壊れるからやめてください……」と告げるも、彼は聞いちゃいない。彼は開けた扉を乱暴に閉め、その場を走り去っていく。扉のガラス部分にはうっすらとヒビが入り、それを見た女将は泣きそうになった。
怒りに任せて外へ飛び出したレオナルドだったが、徒歩でクロエの屋敷まで向かうには距離があるため街で辻馬車を捕まえることにした。リンデン家所有の馬車より遥かに乗り心地の悪い辻馬車に揺られカレンデュラ家の屋敷に辿り着く。馬車酔いでふらつきながらも門前で門番に詰め寄った。
「……おい、クロエはいるか?」
「は? 誰だ貴様は」
屋敷の主人を横柄に呼び捨てる不審者を前に、門番は鋭い眼光で射抜くように睨んだ。
彼らはレオナルドの顔を知っていたが、目の前にいる、髭が伸びて人相の悪くなった男と結びつけることはできなかった。軟禁生活のせいで身支度が整わないレオナルドは、いつもの貴公子然とした姿とは程遠く、見た目からして不審者そのものであった。
「なんだその口の利き方は!? 私はリンデン家の子息にしてクロエの婚約者だぞ! 門番風情がそんな口を利いていいと思っているのか?」
「……リンデン家のご子息? 嘘をつくな。公爵家のご子息がこのような薄汚い格好で、しかも辻馬車などに乗ってやってくるなどあり得ないだろう?」
「……っ!! し、仕方ないだろう! 急いでいたのだから!」
「薄汚い」と指摘されたことでレオナルドは恥ずかしさを覚え、先ほどまでの勢いが失せてしまった。
公爵家の子息として身なりにはかなり気をつかっていた彼は他人から”汚い”などと言われたことは一度もない。
屈辱で顔を歪め、恥ずかしさに頬を赤らめ俯くレオナルドを門番は鬱陶しそうに手で追い払った。
「何であれ貴様のように怪しい人物をお嬢様に近づけるわけにはいかない。さっさと去れ」
「なっ……お前! この私にそんな態度をとって許されると思っているのか!」
「怪しい人物を屋敷に近づけないことが我々の仕事だ。いいからさっさと去れ。でないと力づくで追い返すぞ」
槍を構えた門番を前にレオナルドは思わず小さく悲鳴をあげ、身動きが取れなくなる。
膠着状態が続いたその時、向こうの方から馬車が近づいてきた。
「……あれは!」
馬車にカレンデュラ家の紋章を見つけた瞬間、レオナルドはクロエが乗っていると直感し、慌てて駆け寄った。
「クロエ! いるんだろう!? 私だ! レオナルドだ!」
レオナルドが近づくと馬車が停まり、御者は訝しげに彼を見た。窓がゆっくりと開き、中の人物が姿を現す。
「……レオナルド君? きみ、その姿はどうした?」
「え……!? あ、カ、カレンデュラ公爵閣下……」
馬車に乗っていたのはクロエではなく、彼女の父カレンデュラ公爵だった。
本人ではなく父親が現れたことにレオナルドは完全に動揺し、勢いを失ってその場に立ちすくんだ。
こんな忙しいときに、と鬱陶しさを覚えながらも貴族相手では無下にもできず、女将は渋々返答した。
「ちがう! 家の中から荷物が全て無くなっているんだ! まるで誰も住んでいないかのように、もぬけの殻になっている」
「ええ……なんですか、それ。夜逃げでもしたんですかね……」
「なに!? 夜逃げだと?」
家の中がもぬけの殻になっているというのを耳にして、女将の頭に浮かんだのは借金や誰かと問題を起こして夜逃げしたのではないかという疑念だった。平民の間でそういったことは珍しくもなく、ましてや貴族と揉め事を起こしていそうなシェリーなら猶更だ。もしかして、先日店に来た貴族に無礼を働いてしまい、ここに居られなくなったのではないか……というようなことをレオナルドに話すと、彼は怒りに震えた。
「おのれ……きっとクロエの仕業だな。私に愛されないからと……シェリーに手を出すとは、なんて女だ。義務で婚約しただけの女がよくも……」
レオナルドの言葉に女将は心の中で「え? こいつ婚約者がいるくせにシェリーに手出ししたの?」と引いていた。迷惑なだけでなく、とんでもなく最低な男だと女将がレオナルドを見る目が更に冷たくなった。
怒りに満ちた表情で乱暴に扉を開けるレオナルドに女将は「壊れるからやめてください……」と告げるも、彼は聞いちゃいない。彼は開けた扉を乱暴に閉め、その場を走り去っていく。扉のガラス部分にはうっすらとヒビが入り、それを見た女将は泣きそうになった。
怒りに任せて外へ飛び出したレオナルドだったが、徒歩でクロエの屋敷まで向かうには距離があるため街で辻馬車を捕まえることにした。リンデン家所有の馬車より遥かに乗り心地の悪い辻馬車に揺られカレンデュラ家の屋敷に辿り着く。馬車酔いでふらつきながらも門前で門番に詰め寄った。
「……おい、クロエはいるか?」
「は? 誰だ貴様は」
屋敷の主人を横柄に呼び捨てる不審者を前に、門番は鋭い眼光で射抜くように睨んだ。
彼らはレオナルドの顔を知っていたが、目の前にいる、髭が伸びて人相の悪くなった男と結びつけることはできなかった。軟禁生活のせいで身支度が整わないレオナルドは、いつもの貴公子然とした姿とは程遠く、見た目からして不審者そのものであった。
「なんだその口の利き方は!? 私はリンデン家の子息にしてクロエの婚約者だぞ! 門番風情がそんな口を利いていいと思っているのか?」
「……リンデン家のご子息? 嘘をつくな。公爵家のご子息がこのような薄汚い格好で、しかも辻馬車などに乗ってやってくるなどあり得ないだろう?」
「……っ!! し、仕方ないだろう! 急いでいたのだから!」
「薄汚い」と指摘されたことでレオナルドは恥ずかしさを覚え、先ほどまでの勢いが失せてしまった。
公爵家の子息として身なりにはかなり気をつかっていた彼は他人から”汚い”などと言われたことは一度もない。
屈辱で顔を歪め、恥ずかしさに頬を赤らめ俯くレオナルドを門番は鬱陶しそうに手で追い払った。
「何であれ貴様のように怪しい人物をお嬢様に近づけるわけにはいかない。さっさと去れ」
「なっ……お前! この私にそんな態度をとって許されると思っているのか!」
「怪しい人物を屋敷に近づけないことが我々の仕事だ。いいからさっさと去れ。でないと力づくで追い返すぞ」
槍を構えた門番を前にレオナルドは思わず小さく悲鳴をあげ、身動きが取れなくなる。
膠着状態が続いたその時、向こうの方から馬車が近づいてきた。
「……あれは!」
馬車にカレンデュラ家の紋章を見つけた瞬間、レオナルドはクロエが乗っていると直感し、慌てて駆け寄った。
「クロエ! いるんだろう!? 私だ! レオナルドだ!」
レオナルドが近づくと馬車が停まり、御者は訝しげに彼を見た。窓がゆっくりと開き、中の人物が姿を現す。
「……レオナルド君? きみ、その姿はどうした?」
「え……!? あ、カ、カレンデュラ公爵閣下……」
馬車に乗っていたのはクロエではなく、彼女の父カレンデュラ公爵だった。
本人ではなく父親が現れたことにレオナルドは完全に動揺し、勢いを失ってその場に立ちすくんだ。
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