69 / 99
公爵の怒り
カレンデュラ公爵は突如として姿を現したレオナルドを目にし、その粗末な身なりに眉をひそめた。
「何の用かは知らぬが、人の屋敷を訪れるのならばそれ相応の服装をしてくるものではないか? それとも当家は身なりを気にするに値しないとでも?」
要約すると「汚ねえ格好で人の家に来んなよ」という嫌味に、レオナルドは恥ずかしくなり顔を逸らす。
「す、すみません……。急いでいたもので……」
「急いでいた? 何をそんなに急いでいたんだね?」
「えっと……それは……」
流石に格上の公爵に対して「僕の恋人を何処にやった!」などという発言など出来るわけもなく、かといってこのまま帰るわけにもいかない。帰ってしまえば再び母によって物置部屋に軟禁されかねないのだから。そうなってしまえば、シェリーの行方を追うことすらできなくなる。
シェリーの行方が分からなくなったのをクロエのせいだと決めつけたレオナルドは、どうにかしてクロエに会わせてもらおうと公爵に懸命に伝えようとした。
「実は……友人の行方が分からなくなってしまって……」
「……ほう、友人が。それは由々しきことだな」
「はい、そうなんです。それでクロエならば居場所を知っているのではないかと思い、こうしてやってまいりました」
「クロエが君の友人の居場所を……? その友人はクロエとどういう関係なんだね?」
「えっ……!? あ、いや……それは……」
レオナルドの友人の行方をなぜクロエが知り得るのか、と公爵は眉をひそめた。
レオナルドもさすがに真実を告げるわけにはいかず、口を噤む。
「クロエは君の友人と特別親しい仲なのか? 婚約者でもない男とそんなに親しくしているとは、父親として許容しがたいな……」
「あ、いえ、友人は男性ではなく……」
「なに? では、君の友人は女性なのか? ……ふうん、君はその女性の友人がよほど大切なようだな。身なりも気にせず、従者すらつけずに家を飛び出すほどに彼女を心配しているのか……」
この時点で公爵はその”友人”にレオナルドが好意を持っていることを察した。
娘と婚約中にも関わらず、他所の女に好意を抱く不誠実さに公爵のレオナルドへの好感がどんどんと下がっていく。
「あ……い、いえ、その……そういうわけでは……」
どんどん眉間の皺が深くなる公爵を前にレオナルドはすっかりと委縮してしまった。
ここで諦めて帰ればいいものを、シェリーのことを心配するあまり彼はとんでもない墓穴を掘ってしまう。
「その……私とその友人の仲を邪推したクロエが、友人に何かを言ったのかと……」
「は? ……貴様、今何と言った?」
その聞き捨てならない一言に公爵の怒気が一気に膨れ上がった。
見たこともないほど怒りの表情を露わにする公爵に、レオナルドはそこで初めて自分がとんでもない失言をしたと気づく。
「貴様はクロエがその”友人”とやらに危害を加えたと言いたいのか?」
「あっ、ち、違うんです! その可能性があるかと思っただけで……」
「可能性だと? 貴様は我が娘が悋気を起こして他者を害するような分別の無い人間だと思ったのか? ふざけるなよ……クロエがそんなつまらぬ女と思うたか! 我が娘を馬鹿にするのも大概にしろ!!」
公爵の怒声が轟いた瞬間、レオナルドは「ひっ!」と情けない悲鳴を漏らし、そのまま腰を抜かした。
愛娘を愚弄された怒りはそれでも収まらず、自ら馬車を降りてレオナルドの前に立ちふさがる。
「大人しく聞いていれば好き勝手言いおって……。図に乗るなよ、小僧! 他者を排除してまで手に入れたいと願うほどの価値が貴様にあるとでも? クロエがそこまで深い情を貴様如きに抱いているとでも? 自惚れるのも大概にしろ! 婚約中に別の女にかまけるようなくだらぬ男は我が娘に相応しくない! 帰れ! 二度とその顔を見せるな!」
あまりの迫力に恐れをなしたレオナルドは青ざめた顔で震えを止められぬまま、その場を逃げるように後にした。
その時の彼にはもはやシェリーの名を思い出す余裕すらなく、ただ、凍り付くような恐怖だけが頭を占める。
レオナルドが立ち去ったあと、公爵はあの男を娘の婚約者に選んでしまった自らの判断を激しく悔いた。
婚約期間中に平然と不貞に走り、その相手に何かあれば婚約者のせいにしようとする──そんな人として救いようのない屑だったとは──。
怒りよりも娘への申し訳なさのほうが胸に強く募っていく。
その瞬間だった。公爵の体が不意にぐらりと揺れたのは。
「──旦那様っ!!」
倒れ込みそうになる公爵の体をその場にいた門番が慌てて支えた。青白い顔で意識を失った公爵の姿に場の空気は一瞬で混乱に包まれるのだった。
「何の用かは知らぬが、人の屋敷を訪れるのならばそれ相応の服装をしてくるものではないか? それとも当家は身なりを気にするに値しないとでも?」
要約すると「汚ねえ格好で人の家に来んなよ」という嫌味に、レオナルドは恥ずかしくなり顔を逸らす。
「す、すみません……。急いでいたもので……」
「急いでいた? 何をそんなに急いでいたんだね?」
「えっと……それは……」
流石に格上の公爵に対して「僕の恋人を何処にやった!」などという発言など出来るわけもなく、かといってこのまま帰るわけにもいかない。帰ってしまえば再び母によって物置部屋に軟禁されかねないのだから。そうなってしまえば、シェリーの行方を追うことすらできなくなる。
シェリーの行方が分からなくなったのをクロエのせいだと決めつけたレオナルドは、どうにかしてクロエに会わせてもらおうと公爵に懸命に伝えようとした。
「実は……友人の行方が分からなくなってしまって……」
「……ほう、友人が。それは由々しきことだな」
「はい、そうなんです。それでクロエならば居場所を知っているのではないかと思い、こうしてやってまいりました」
「クロエが君の友人の居場所を……? その友人はクロエとどういう関係なんだね?」
「えっ……!? あ、いや……それは……」
レオナルドの友人の行方をなぜクロエが知り得るのか、と公爵は眉をひそめた。
レオナルドもさすがに真実を告げるわけにはいかず、口を噤む。
「クロエは君の友人と特別親しい仲なのか? 婚約者でもない男とそんなに親しくしているとは、父親として許容しがたいな……」
「あ、いえ、友人は男性ではなく……」
「なに? では、君の友人は女性なのか? ……ふうん、君はその女性の友人がよほど大切なようだな。身なりも気にせず、従者すらつけずに家を飛び出すほどに彼女を心配しているのか……」
この時点で公爵はその”友人”にレオナルドが好意を持っていることを察した。
娘と婚約中にも関わらず、他所の女に好意を抱く不誠実さに公爵のレオナルドへの好感がどんどんと下がっていく。
「あ……い、いえ、その……そういうわけでは……」
どんどん眉間の皺が深くなる公爵を前にレオナルドはすっかりと委縮してしまった。
ここで諦めて帰ればいいものを、シェリーのことを心配するあまり彼はとんでもない墓穴を掘ってしまう。
「その……私とその友人の仲を邪推したクロエが、友人に何かを言ったのかと……」
「は? ……貴様、今何と言った?」
その聞き捨てならない一言に公爵の怒気が一気に膨れ上がった。
見たこともないほど怒りの表情を露わにする公爵に、レオナルドはそこで初めて自分がとんでもない失言をしたと気づく。
「貴様はクロエがその”友人”とやらに危害を加えたと言いたいのか?」
「あっ、ち、違うんです! その可能性があるかと思っただけで……」
「可能性だと? 貴様は我が娘が悋気を起こして他者を害するような分別の無い人間だと思ったのか? ふざけるなよ……クロエがそんなつまらぬ女と思うたか! 我が娘を馬鹿にするのも大概にしろ!!」
公爵の怒声が轟いた瞬間、レオナルドは「ひっ!」と情けない悲鳴を漏らし、そのまま腰を抜かした。
愛娘を愚弄された怒りはそれでも収まらず、自ら馬車を降りてレオナルドの前に立ちふさがる。
「大人しく聞いていれば好き勝手言いおって……。図に乗るなよ、小僧! 他者を排除してまで手に入れたいと願うほどの価値が貴様にあるとでも? クロエがそこまで深い情を貴様如きに抱いているとでも? 自惚れるのも大概にしろ! 婚約中に別の女にかまけるようなくだらぬ男は我が娘に相応しくない! 帰れ! 二度とその顔を見せるな!」
あまりの迫力に恐れをなしたレオナルドは青ざめた顔で震えを止められぬまま、その場を逃げるように後にした。
その時の彼にはもはやシェリーの名を思い出す余裕すらなく、ただ、凍り付くような恐怖だけが頭を占める。
レオナルドが立ち去ったあと、公爵はあの男を娘の婚約者に選んでしまった自らの判断を激しく悔いた。
婚約期間中に平然と不貞に走り、その相手に何かあれば婚約者のせいにしようとする──そんな人として救いようのない屑だったとは──。
怒りよりも娘への申し訳なさのほうが胸に強く募っていく。
その瞬間だった。公爵の体が不意にぐらりと揺れたのは。
「──旦那様っ!!」
倒れ込みそうになる公爵の体をその場にいた門番が慌てて支えた。青白い顔で意識を失った公爵の姿に場の空気は一瞬で混乱に包まれるのだった。
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。
和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。
リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?
婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。