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レオナルドの後悔
不可解なことに、レオナルドは今になって初めて自らの言動の異常さを認識した。
それ以前はそれが当然の振る舞いであり、正当な判断だと信じて疑わなかったのである。
何故かは分からない。だが、何の根拠もなくそうすることが正しいと思い込んでいた。
母や兄から幾度となく諫められてきたはずなのに、その声は彼の心には届かなかった。
むしろ自分ではなく彼らの判断が誤っているのだとさえ考えていたのである。
(どうして私はこんな可笑しなことを正しいと信じ込んでいた? 婚約中に不貞を犯すような男を婿に迎えたいと思う家など常識で考えてあるわけないじゃないか……! おまけに夜会前にドレスを贈るという基本的なこともせず、あろうことかゴミ同然のガラクタまで贈りつけて……)
カレンデュラ家とリンデン家の家格の差はもちろんのこと、こちらはお情けで婚約してもらっている立場だ。その恩義を忘れてクロエを蔑ろにし、無礼な態度をとっていれば婚約が無くなるのも当然である。
どうしてそんな単純なことすら見失っていたのか。
そんな自分を思うと恥など通り越してむしろ背筋が寒くなるほど気味が悪かった。
(おまけに結婚後にクロエを病死に見せかけて始末しようと考えていたなんて……正気の沙汰じゃない。入り婿の自分が妻が亡くなったとはいえ後添えをカレンデュラ家に迎え入れるなんて出来るわけないじゃないか! しかも……平民のシェリーを。貴族と平民の婚姻は法で禁じられているのに、何故それが可能だと思っていた? 妻の殺害といい、お家乗っ取りといい、とんでもない重罪だぞ……。発覚すれば死罪は免れないのに、どうして平然とそれを行おうとしていたんだ……)
こんなことを何の罪悪感もなく行おうとしていた自分が恐ろしく思えた。
貴族の身分と特権を享受したまま愛する女性と夫婦になりたい。そんな傲慢な欲望を叶える為だけに、何の罪も無いクロエを犠牲にする計画を企てた過去の自分が悍ましく思えてならない。
(というか、そもそも私はどうやってこんな荒唐無稽な計画なんて思いついたんだ? こんな常識では思いつかないほどの馬鹿げた計画をどうして実行しようと考えた?)
こんな荒唐無稽で馬鹿げた案を自分が考え付くとは到底思えない。
そうして記憶を辿っていくうちに思い出した。――そうだ、これはシェリーから聞いた物語の一節ではなかったか。
(そうだ……シェリーが話してくれた、とある恋愛物語の一節。貴族の父と平民の母から生まれた庶子が、貴族令嬢となって王子と結ばれるという物語。その父親が恋人とその庶子を屋敷に迎え入れる為に妻を病気に見せかけて殺害したという設定。犯罪じゃないかと引いたものだが、シェリーは庶子であるヒロインが貴族となる為に必要なことだと熱弁していたな……。ヒロインが貴族令嬢にならなくては物語の幕も上がらないと……)
それを思いだした瞬間、背筋がゾクリと震えた。その父親の行動を有り得ないと引いていたのに、いつしか自分もシェリーと結ばれる為に同じことをしようとしていた。不思議と何の疑問を抱くことなく、まるで自分が思いついたかのように錯覚し、シェリーに「いつか必ず君を妻に迎える」などと言って。
まるで何らかの意思に誘導されるかのように、自分もその物語の父親と同じ行動をとろうとしていたと気づき愕然とした。その瞬間まで胸を支配していた熱がスッと消え、シェリーへの気持ちも同じようにふっと冷めていく。
(あれ……? 私はどうしてあんな下賤な女を好いていたのだろう……)
他人の目も気にならないほど溺愛していたシェリーのことが、何故か急にその価値がないほどつまらない女に思えてきた。下賤な身分の、無教養で我儘で下品な女にあれほどまで夢中だったかが自分でも理解できない。そのせいで全てを失ったことが耐えられず、レオナルドは顔面蒼白のままその場に崩れ落ちた。
(い……嫌だ! あんな女のせいで貴族の身分を失い、平民として生きるなんて耐えられない! どうして公爵家の私がそんな惨めな人生を歩まなければならないんだ……。女で落ちぶれた父上だって貴族の身分を失っていないのに、どうして私だけがこんな目に……)
この時、レオナルドの頭にあったのは、どうにかしてクロエに許してもらわなくてはという浅はかな考えだった。
既にシェリーのことなど頭になく、彼女が行方不明になっていることもどうでもよかった。そんなことよりも、今後の自分の立場の方がよほど大切だから。
「母上……せめて、一度だけでもクロエに会うことは叶いませんか? これまでの数々の非礼を直接謝罪したいのです……」
殊勝な態度で請うと、夫人はその姿を受け止めるように視線を向け、静かに口を開いた。
「……いいでしょう。クロエ様もあなたが一度謝罪したいと言うのであれば会ってくださるとおっしゃっておりましたし……」
その言葉にレオナルドは密かに拳をグッと握った。彼は浅はかにも、誠心誠意謝罪すればクロエとやり直せると信じていた。それまでシェリーに盲目だった彼は気づいていない。クロエが彼にどれだけの怒りを溜めているのかを……。
それ以前はそれが当然の振る舞いであり、正当な判断だと信じて疑わなかったのである。
何故かは分からない。だが、何の根拠もなくそうすることが正しいと思い込んでいた。
母や兄から幾度となく諫められてきたはずなのに、その声は彼の心には届かなかった。
むしろ自分ではなく彼らの判断が誤っているのだとさえ考えていたのである。
(どうして私はこんな可笑しなことを正しいと信じ込んでいた? 婚約中に不貞を犯すような男を婿に迎えたいと思う家など常識で考えてあるわけないじゃないか……! おまけに夜会前にドレスを贈るという基本的なこともせず、あろうことかゴミ同然のガラクタまで贈りつけて……)
カレンデュラ家とリンデン家の家格の差はもちろんのこと、こちらはお情けで婚約してもらっている立場だ。その恩義を忘れてクロエを蔑ろにし、無礼な態度をとっていれば婚約が無くなるのも当然である。
どうしてそんな単純なことすら見失っていたのか。
そんな自分を思うと恥など通り越してむしろ背筋が寒くなるほど気味が悪かった。
(おまけに結婚後にクロエを病死に見せかけて始末しようと考えていたなんて……正気の沙汰じゃない。入り婿の自分が妻が亡くなったとはいえ後添えをカレンデュラ家に迎え入れるなんて出来るわけないじゃないか! しかも……平民のシェリーを。貴族と平民の婚姻は法で禁じられているのに、何故それが可能だと思っていた? 妻の殺害といい、お家乗っ取りといい、とんでもない重罪だぞ……。発覚すれば死罪は免れないのに、どうして平然とそれを行おうとしていたんだ……)
こんなことを何の罪悪感もなく行おうとしていた自分が恐ろしく思えた。
貴族の身分と特権を享受したまま愛する女性と夫婦になりたい。そんな傲慢な欲望を叶える為だけに、何の罪も無いクロエを犠牲にする計画を企てた過去の自分が悍ましく思えてならない。
(というか、そもそも私はどうやってこんな荒唐無稽な計画なんて思いついたんだ? こんな常識では思いつかないほどの馬鹿げた計画をどうして実行しようと考えた?)
こんな荒唐無稽で馬鹿げた案を自分が考え付くとは到底思えない。
そうして記憶を辿っていくうちに思い出した。――そうだ、これはシェリーから聞いた物語の一節ではなかったか。
(そうだ……シェリーが話してくれた、とある恋愛物語の一節。貴族の父と平民の母から生まれた庶子が、貴族令嬢となって王子と結ばれるという物語。その父親が恋人とその庶子を屋敷に迎え入れる為に妻を病気に見せかけて殺害したという設定。犯罪じゃないかと引いたものだが、シェリーは庶子であるヒロインが貴族となる為に必要なことだと熱弁していたな……。ヒロインが貴族令嬢にならなくては物語の幕も上がらないと……)
それを思いだした瞬間、背筋がゾクリと震えた。その父親の行動を有り得ないと引いていたのに、いつしか自分もシェリーと結ばれる為に同じことをしようとしていた。不思議と何の疑問を抱くことなく、まるで自分が思いついたかのように錯覚し、シェリーに「いつか必ず君を妻に迎える」などと言って。
まるで何らかの意思に誘導されるかのように、自分もその物語の父親と同じ行動をとろうとしていたと気づき愕然とした。その瞬間まで胸を支配していた熱がスッと消え、シェリーへの気持ちも同じようにふっと冷めていく。
(あれ……? 私はどうしてあんな下賤な女を好いていたのだろう……)
他人の目も気にならないほど溺愛していたシェリーのことが、何故か急にその価値がないほどつまらない女に思えてきた。下賤な身分の、無教養で我儘で下品な女にあれほどまで夢中だったかが自分でも理解できない。そのせいで全てを失ったことが耐えられず、レオナルドは顔面蒼白のままその場に崩れ落ちた。
(い……嫌だ! あんな女のせいで貴族の身分を失い、平民として生きるなんて耐えられない! どうして公爵家の私がそんな惨めな人生を歩まなければならないんだ……。女で落ちぶれた父上だって貴族の身分を失っていないのに、どうして私だけがこんな目に……)
この時、レオナルドの頭にあったのは、どうにかしてクロエに許してもらわなくてはという浅はかな考えだった。
既にシェリーのことなど頭になく、彼女が行方不明になっていることもどうでもよかった。そんなことよりも、今後の自分の立場の方がよほど大切だから。
「母上……せめて、一度だけでもクロエに会うことは叶いませんか? これまでの数々の非礼を直接謝罪したいのです……」
殊勝な態度で請うと、夫人はその姿を受け止めるように視線を向け、静かに口を開いた。
「……いいでしょう。クロエ様もあなたが一度謝罪したいと言うのであれば会ってくださるとおっしゃっておりましたし……」
その言葉にレオナルドは密かに拳をグッと握った。彼は浅はかにも、誠心誠意謝罪すればクロエとやり直せると信じていた。それまでシェリーに盲目だった彼は気づいていない。クロエが彼にどれだけの怒りを溜めているのかを……。
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