物語の幕は上がらない(本編完結 番外編更新中)

わらびもち

文字の大きさ
97 / 99

番外編 とある商家の娘の結婚

 あの男を夫として迎え入れた時から、私の不幸は始まった。

 国の中でも決して小さくはない商家に生まれた私は成人したら婿をとり、店舗をひとつ任されることが決まっていた。家族経営の商家では娘が嫁にいかず婿をとるのも珍しくはない。たいていは商人の中から婿を選ぶのだが、父が連れてきたのはなんと元貴族の令息という、想像もつかないほど身分の高い相手だった。

 令息の名はレオナルド。それまでの人生で見たことがないほど美しい容姿に一瞬で恋に落ちた。
「この私が平民と結婚なんて……」と聞こえるように不満を吐き捨てる無礼さをも気にしないほどに。

 今は戸惑いのあまりに必死で虚勢を張っているのだろう、と都合のいい妄想で彼の嫌な態度に目を瞑っていた。  
 だが、それは間違いだったと後で気づく。それは虚勢などではない。紛れもなく、彼の本心だった。
 家から勘当され、居場所を失ってなお、他人を見下す目を捨てられない男。小娘だった私は愚かにもそんな男と分かり合えると本気で思っていた。

 結婚後、彼は妻となった私に常に嫌な目を向けてきた。まるで害虫に向けるようなこの目には見覚えがある。平民を塵としか見ていない嫌な貴族の目だ。商売をしているとこういった呆れるほど尊大な態度の貴族を相手にすることはあったが、まさか夫となった人にまでそんな目を向けられるとは思っていなかった。お客相手ならば仕事のうちだと耐えられたが、夫にそんな目をされるのは耐えられない。そもそも彼は先方の家から頼み込まれて婿として迎えた、いわばこちらに恩義のある身だ。それを承知のうえでなおこんな態度を取る、恩知らずで傲慢な性格にこの時はじめて彼に嫌悪感を抱いた。

 それでも夫婦となった以上は関係を築こうと気を配ったが、その試みは最後まで実を結ばなかった。
 彼はどこまでも私を“汚らわしい平民”としか見ない。何かあるごとに元婚約者と比較し、蔑む。その態度に我慢も限界で、父に離婚をしたいと訴えた。

「ここまで見下され、蔑まれるいわれはありません。毎日のように婚約者だったご令嬢と比較されてうんざりです。もう離婚させてください」

 涙ながらに父へ訴えると、婿の振る舞いをそこまで酷いものだとは思っていなかった父はそんな男を選んでしまったことを詫び、離婚のために先方と話をつけてくれた。だが、先方はどうしてもレオナルドに戻ってきてほしくないようで、離婚には応じないどころかこちらに頭を下げて懇願してきたのだ。

「お嬢さんには愚息が嫌な思いをさせてしまって本当に申し訳ない。だが、どうか離婚は勘弁してほしい。厚遇してほしいとは言わない。嫌なら別居してくれても構わない。その分の資金はこちらで出そう。何なら第二夫を迎えてくれても構わないから、どうか離婚だけはしないでほしい……」

 平民が貴族に頭を下げられては立場上断ることなど出来ない。しかも公爵家という大貴族相手ならばなおさらのこと。それにしても第二夫だの別居だのと、自分の息子が平民にそこまで軽く扱われて構わないというのが不思議でならない。どうしてそこまでしてでも彼に戻ってほしくないのか。理由は分からないが、とにかく離婚は出来ないという状況に落胆するしかなかった。

 しかしながら先方はこちらがレオナルドをどう扱おうとも口出しするつもりはないと分かっただけでも、話し合いをしや意味はあった。おまけに資金まで出してくれるというのだから、私は迷わず夫と別居し、第二夫という形にはなるが新しい夫を迎えようと決断できた。これほど私を嫌っているのだから、離れられて喜ぶものと思っていたが……意外にも彼はそれを拒んだ。

「別居だと!? 君は私に出て行ってほしいというのか!」

「……はあ、だって貴方は私と夫婦になる気などこれっぽっちもないでしょう? だったら、一緒にいる意味などないではないですか」

「それは仕方がないだろう? 名家の生まれであるこの私が、たかが平民と夫婦になるなど耐えがたい屈辱であると何故理解しない!」

「……そういうこちらを馬鹿にした態度が我慢ならないんですよ! 随分と貴族であることに誇りを持っていらっしゃるようですが、今の貴方はそれを失った身ではないですか。それも、散々私と比較してきた元婚約者のご令嬢を馬鹿にしてきた罪で。貴族のお嬢様も馬鹿にして、平民の私も馬鹿にして……いったい何がしたいのですか、貴方は」

 冷たい口調で吐き捨てると、私の怒りを察した夫は露骨に態度を変えてきた。
 貴族特有の作り物めいた笑みを浮かべ、急に甘い声音で話し出す。

「す、すまない……どうも君の優しさに甘えていたようだ。今までの非礼を詫びよう。だからどうか、出て行けなんて言わないでおくれ……」

 外見だけはとびきりの美青年である夫から優しく抱き寄せられ甘い言葉を囁かれても、私の心は微動だにしなかった。中身がとびきりの屑であることを知ってしまったから。それよりも夫がどうしてここまで頑なに別居を拒むのかが理解できない。妻である私を本当は愛しているから──などというロマンティックな理由ではないことは分かり切っている。どれほどしおらしく振る舞っても、夫が私を見下していることはその目を見れば嫌でも分かる。

 そうして、別居がよほど嫌なのか、彼は急にこれまでの態度を改め良き夫を演じるように私に接してきた。
 だが、長年培われてきたであろう傲慢な性根は当然隠しきれるものではなく、何をするにも無意識に上からの態度になる彼に私が心を開くことは無かった。それでも彼に出て行くつもりがない以上、別居させることなどできない。そして出て行かないのであれば第二夫を迎えることもできない。私は諦め、心では距離を置きつつ表面上は夫婦を続けていくことにした。

 そうするうちに娘が生まれた。夫によく似た、綺麗な顔立ちの娘。
 可愛いくて、愛しい娘──。この時までは……。

あなたにおすすめの小説

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

私は善意に殺された・完結

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

幼馴染が夫を奪った後に時間が戻ったので、婚約を破棄します

天宮有
恋愛
バハムス王子の婚約者になった私ルーミエは、様々な問題を魔法で解決していた。 結婚式で起きた問題を解決した際に、私は全ての魔力を失ってしまう。 中断していた結婚式が再開すると「魔力のない者とは関わりたくない」とバハムスが言い出す。 そしてバハムスは、幼馴染のメリタを妻にしていた。 これはメリタの計画で、私からバハムスを奪うことに成功する。 私は城から追い出されると、今まで力になってくれた魔法使いのジトアがやって来る。 ずっと好きだったと告白されて、私のために時間を戻す魔法を編み出したようだ。 ジトアの魔法により時間を戻すことに成功して、私がバハムスの妻になってない時だった。 幼馴染と婚約者の本心を知ったから、私は婚約を破棄します。

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。 「次期当主はエリザベスにしようと思う」 父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。 リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。 「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」 破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?  婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。