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王妃の使者
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「シスカ公爵閣下におかれましてはご機嫌麗しく」
恭しく頭を下げる初老の使者。
この使者の顔には見覚えがある。彼は確か王妃様直属の配下だったはず。
わざわざ配下の者を寄越した王妃様の意図を察し、私は身構えた。
「我が主から茶会の招待状を預かっております」
使者が手渡す招待状を受け取ることに一瞬躊躇した。
この招待状がただのお誘いではないことは分かっている。
わざわざ使者をたててまで持ってきた招待状が、単なる茶会のはずがない。
「まあ……王妃様ご自慢のお庭でお茶会を……」
封を開けて中身に目を通すと、そこには王妃様が所有する庭で茶会を催す旨が記載されていた。
その庭は王妃様が許した者以外の立ち入りを禁じている場所。
彼女はそこに気を許したご婦人を度々招待している。
もちろん私や私の母も何度か呼ばれたことがある。
だから身構える必要はない、といえばその通りなのだが……どうにも嫌な予感がする。
「ひとつお聞きしたいのだけど、いいかしら?」
「はい、何なりとお聞きください」
「このお茶会には……私以外も招待されているの?」
「いえ、今回は公爵閣下お一人のみのご招待です」
この会話で嫌な予感が当たっていることが分かった。
わざわざ私一人を閉ざされた場所へ招待する意味は唯一つ。誰かに聞かれたくない話をするためだろう。
そして私はその聞かれたくない話の内容を察し、ため息が出そうになった。
「そう。返事はいつ頃すればよろしいかしら?」
「王妃様からは本日返事を貰ってくるようにと申し付けられております」
予想はしていたけれどやっぱりか。
こんなの半強制的に参加しろと言っているようなものじゃないか。
王妃様が使者をたててまで招待した茶会を断れるわけがない。
拒否権のない誘いを承諾し、使者が帰った後で私はそれまで我慢していたため息を盛大についた。
「はあ~…………王妃様、まだ諦めていなかったのね……」
レイチェルがそこまで気にしていなかったせいか、彼の人のことをすっかり忘れていた。
どうしたものか……と頭を抱えているとマーサがティーワゴンを押しながら入ってきた。
「お嬢様、お茶を淹れ直しますね」
「マーサ……ありがとう……」
使者が来た時に淹れてもらったお茶をもうとっくに冷めてしまった。
マーサが新しく淹れてくれた温かいお茶で喉を潤し、ほっと一息をつく。
「あの使者は王妃殿下の配下の方ですよね? まさか……またお嬢様を王子殿下と娶せようと……」
「ええ。王妃様専用の庭に招かれたのよ、二人だけでお茶会をしましょうって。きっとそこでまたルドルフ殿下との縁談の話が出るでしょうね」
「まああ! 人妻のお嬢様に縁談を持ってくるなどなんて恥知らずな!」
「きっと……私とリヒャルト様が不仲であることが王妃様のお耳に入ったのよ。結婚したからもう諦めてくれたのかと思ったのに……執念深いわね」
「不仲だなんて失礼ですね! 確かについこの間まで冷戦状態でしたけど、今はすっかり改善しておりますのに!」
憤慨するマーサからつい視線を逸らしてしまった。
私とリヒャルトは冷戦状態から初夜を迎え、翌日には離縁を宣言するという破綻した関係だ。
改善したのはたったの一夜だけという脆い仲。
でも、そんなことなど知らないマーサからすれば改善したように見えるのだろう。
「確かに旦那様は少し紳士としてマナーがなっておりませんけど、それでもお嬢様が自ら選んだ方です。選ばれなかった王子が横槍を入れてくるなど不愉快ですね!」
あ、やっぱりマーサもリヒャルトの今朝の行動に思うところがあるみたい。
そういえばあの時もちょっと怒っていたものね。
「夫婦の中に割って入ろうとするなど無粋な……。だいたい、大旦那様も陛下も反対なさっているというのにしつこいですね!」
「だからよ。だから陛下やお父様の邪魔が入らないように、わざわざ自分の宮殿の中にある専用の庭に招いているの。そこなら招待した者以外入れないからね」
「なんとまあ用意周到な……。息子のためにそこまでするなんて子離れが出来ていない証拠です!」
「王妃様はルドルフ殿下を可愛がっていらっしゃるから……国内に留めておきたいのでしょうね」
それにしても困った。完全にリヒャルトと離縁する気でいたのに、王妃様のせいでそれも難しくなってしまった。
前世の記憶を思い出してから悩み事ばかり増えている気がする。
こんなことなら思い出さない方がよかったのに……。
「お嬢様? 何を悩んでいらっしゃるのですか?」
「え? ああ……えっと、王妃様をどうやって躱そうかと……」
「はい? はっきり断ればよいのでは? お嬢様でしたら言い含められることもないでしょう?」
確かに以前の我儘で自分の意志を曲げないレイチェルならば格上相手だろうともハッキリ「NO!」と言えただろう。でも前世の記憶を思い出した今、それが出来るかといえば出来そうにない。今の私はどちらかといえば流されやすいうえに相手に気を使ってしまいそう。
「お嬢様……どうなさいましたか? なんだかいつもとご様子がおかしいような……」
ここでマーサも私が以前のレイチェルと違うと気づいたようだ。
私は慌てて「そんなことないわ!」と否定するも、マーサは訝し気な目を向けてくる。
「そ、それよりマーサ! リヒャルト様を呼んでちょうだい!」
「え? は、はい……畏まりました。どちらにお呼びしますか?」
「私専用の執務室へお願い。私も今からそこへ向かうから」
話題を逸らそうとして思わず喧嘩別れした夫をまた呼びつけるように指示を出してしまった。
話したくないと言ったその日に顔を貸せと言うなんて、理不尽だとは分かっている。
でも、こればかりはリヒャルトにも話しておかなくてはならない。
私の夫の座を、王妃様と第二王子ルドルフ様が虎視眈々と狙っているということを────。
恭しく頭を下げる初老の使者。
この使者の顔には見覚えがある。彼は確か王妃様直属の配下だったはず。
わざわざ配下の者を寄越した王妃様の意図を察し、私は身構えた。
「我が主から茶会の招待状を預かっております」
使者が手渡す招待状を受け取ることに一瞬躊躇した。
この招待状がただのお誘いではないことは分かっている。
わざわざ使者をたててまで持ってきた招待状が、単なる茶会のはずがない。
「まあ……王妃様ご自慢のお庭でお茶会を……」
封を開けて中身に目を通すと、そこには王妃様が所有する庭で茶会を催す旨が記載されていた。
その庭は王妃様が許した者以外の立ち入りを禁じている場所。
彼女はそこに気を許したご婦人を度々招待している。
もちろん私や私の母も何度か呼ばれたことがある。
だから身構える必要はない、といえばその通りなのだが……どうにも嫌な予感がする。
「ひとつお聞きしたいのだけど、いいかしら?」
「はい、何なりとお聞きください」
「このお茶会には……私以外も招待されているの?」
「いえ、今回は公爵閣下お一人のみのご招待です」
この会話で嫌な予感が当たっていることが分かった。
わざわざ私一人を閉ざされた場所へ招待する意味は唯一つ。誰かに聞かれたくない話をするためだろう。
そして私はその聞かれたくない話の内容を察し、ため息が出そうになった。
「そう。返事はいつ頃すればよろしいかしら?」
「王妃様からは本日返事を貰ってくるようにと申し付けられております」
予想はしていたけれどやっぱりか。
こんなの半強制的に参加しろと言っているようなものじゃないか。
王妃様が使者をたててまで招待した茶会を断れるわけがない。
拒否権のない誘いを承諾し、使者が帰った後で私はそれまで我慢していたため息を盛大についた。
「はあ~…………王妃様、まだ諦めていなかったのね……」
レイチェルがそこまで気にしていなかったせいか、彼の人のことをすっかり忘れていた。
どうしたものか……と頭を抱えているとマーサがティーワゴンを押しながら入ってきた。
「お嬢様、お茶を淹れ直しますね」
「マーサ……ありがとう……」
使者が来た時に淹れてもらったお茶をもうとっくに冷めてしまった。
マーサが新しく淹れてくれた温かいお茶で喉を潤し、ほっと一息をつく。
「あの使者は王妃殿下の配下の方ですよね? まさか……またお嬢様を王子殿下と娶せようと……」
「ええ。王妃様専用の庭に招かれたのよ、二人だけでお茶会をしましょうって。きっとそこでまたルドルフ殿下との縁談の話が出るでしょうね」
「まああ! 人妻のお嬢様に縁談を持ってくるなどなんて恥知らずな!」
「きっと……私とリヒャルト様が不仲であることが王妃様のお耳に入ったのよ。結婚したからもう諦めてくれたのかと思ったのに……執念深いわね」
「不仲だなんて失礼ですね! 確かについこの間まで冷戦状態でしたけど、今はすっかり改善しておりますのに!」
憤慨するマーサからつい視線を逸らしてしまった。
私とリヒャルトは冷戦状態から初夜を迎え、翌日には離縁を宣言するという破綻した関係だ。
改善したのはたったの一夜だけという脆い仲。
でも、そんなことなど知らないマーサからすれば改善したように見えるのだろう。
「確かに旦那様は少し紳士としてマナーがなっておりませんけど、それでもお嬢様が自ら選んだ方です。選ばれなかった王子が横槍を入れてくるなど不愉快ですね!」
あ、やっぱりマーサもリヒャルトの今朝の行動に思うところがあるみたい。
そういえばあの時もちょっと怒っていたものね。
「夫婦の中に割って入ろうとするなど無粋な……。だいたい、大旦那様も陛下も反対なさっているというのにしつこいですね!」
「だからよ。だから陛下やお父様の邪魔が入らないように、わざわざ自分の宮殿の中にある専用の庭に招いているの。そこなら招待した者以外入れないからね」
「なんとまあ用意周到な……。息子のためにそこまでするなんて子離れが出来ていない証拠です!」
「王妃様はルドルフ殿下を可愛がっていらっしゃるから……国内に留めておきたいのでしょうね」
それにしても困った。完全にリヒャルトと離縁する気でいたのに、王妃様のせいでそれも難しくなってしまった。
前世の記憶を思い出してから悩み事ばかり増えている気がする。
こんなことなら思い出さない方がよかったのに……。
「お嬢様? 何を悩んでいらっしゃるのですか?」
「え? ああ……えっと、王妃様をどうやって躱そうかと……」
「はい? はっきり断ればよいのでは? お嬢様でしたら言い含められることもないでしょう?」
確かに以前の我儘で自分の意志を曲げないレイチェルならば格上相手だろうともハッキリ「NO!」と言えただろう。でも前世の記憶を思い出した今、それが出来るかといえば出来そうにない。今の私はどちらかといえば流されやすいうえに相手に気を使ってしまいそう。
「お嬢様……どうなさいましたか? なんだかいつもとご様子がおかしいような……」
ここでマーサも私が以前のレイチェルと違うと気づいたようだ。
私は慌てて「そんなことないわ!」と否定するも、マーサは訝し気な目を向けてくる。
「そ、それよりマーサ! リヒャルト様を呼んでちょうだい!」
「え? は、はい……畏まりました。どちらにお呼びしますか?」
「私専用の執務室へお願い。私も今からそこへ向かうから」
話題を逸らそうとして思わず喧嘩別れした夫をまた呼びつけるように指示を出してしまった。
話したくないと言ったその日に顔を貸せと言うなんて、理不尽だとは分かっている。
でも、こればかりはリヒャルトにも話しておかなくてはならない。
私の夫の座を、王妃様と第二王子ルドルフ様が虎視眈々と狙っているということを────。
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