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子爵夫人エルザ①
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ミスティ子爵夫人エルザは貴族とは名ばかりの裕福ではない家庭に生まれた。
父はバルタ男爵の実弟で、結婚と同時に一代限りの男爵の座を賜った。
この国では嫡男以外の男性は成人して家の籍から抜ける際に一代限りの男爵の座を与えられるという決まりがある。勿論名ばかりなので領地は与えられない。その為、生計を立てる為に職に就く必要がある。
高額の給金を得られる職に就けたのならば生家と変わらない暮らしが出来るのだが、そうでない場合は平民と同様の暮らしを送ることになる。エルザの家は後者で、父親の給金では貴族のように使用人を雇い優雅に暮らすことは不可能だった。
食べていくには困らないが、従姉のパメラが使用人に傅かれ優雅に暮らしているのを目の当たりにするとどうしても比べてしまい惨めな気分になる。また、意地の悪いパメラは会う度に「みすぼらしい」と嘲笑してくるのでエルザは彼女に憎しみを抱くようになった。パメラが着ているドレスも、アクセサリーも、自分の方が似合うのに……とやるせない気持ちが年々募っていく。
(あんな醜女よりも私の方がずっと綺麗なのに……。あのドレスも、宝石も、私の方がずっとずっと似合うのに……)
実際、エルザの外見はとても美しかった。
だからこそ余計に意地悪な従姉が似合いもしない綺麗なドレスで着飾り優雅な暮らしをしていることがどうしようもなく理不尽に思えて仕方ない。
そんなある日のこと、たまたま父の仕事の関係で出会ったミスティ子爵に見初められ、熱烈な求愛の末に彼の妻となった。
思い描いていた豪奢な暮らしにエルザは有頂天となった。
身の回りのことは使用人が何でもやってくれて、ドレスも宝石も好きなだけ与えられる。
それまでの生活とは真逆の夢のような生活にこの上ない幸せを感じていた。
何より、子供の頃からこちらを見下してきた従姉の悔しそうな顔は胸がすく思いだった。
生まれも育ちも関係ない。美貌こそが女の全てなのだとこの時のエルザは本気で信じていた。しかし、それだけで乗り切れるほど貴族の世界は甘くない。生まれや育ちが貴族社会においてはとても重要だということをこれから嫌でも知ることになる。
『こんな事も出来ないようでは子爵の妻は務まりませんことよ……』
淑女教育を受けていないエルザは女主人としても仕事が全く出来なかった。
貴族家の家政は庶民の家政とは全く違う。姑である先代ミスティ子爵夫人が一から教えるも、基本の出来ていないエルザがそれを理解するのは難しい。嫁いで数日で呆れた姑は匙を投げた。
社交も上手くいかず自然と社交界から離れるようになってしまった。
そうなると、あれだけ熱烈に愛を囁いてくれた子爵も段々と役に立たない妻を疎んじるようになる。
『まさかここまで貴族の常識が見についていないとは思わなかったよ……。君の両親は何も教えてくれなかったのか?』
一代男爵とはいえ貴族の端くれ。その娘がまさかここまで教育されていないとは思わず、見た目だけで選んだ子爵は自分の選択が失敗だったと後悔するようになる。エルザの両親は仕事や家事が忙しく娘に教育を施している暇などなかった。それにまさか一代男爵の娘を貴族家の当主が見初めるとは思ってもみなかったのだ。
夢のような生活から一転してエルザに重い“現実”がのしかかる。
美貌だけで乗り切れるほど貴族社会は甘くなかった。この甘くない社会を生き抜くために令嬢たちは皆幼い頃から教育を受けているのだと、現実を目の当たりにして初めて知る。
嫁いできてからというもの、エルザの傍に味方はいなくなった。
あれほど優しかった夫も冷たくなり、使用人はよそよそしい。姑からも完全に見放されていた。
味方のいない辛い結婚生活で鬱屈した思いを抱えていたエルザはとある夜会で”運命の人”と出会い、そこから幾人もの人生を巻き込む恋に溺れていくことになる……。
父はバルタ男爵の実弟で、結婚と同時に一代限りの男爵の座を賜った。
この国では嫡男以外の男性は成人して家の籍から抜ける際に一代限りの男爵の座を与えられるという決まりがある。勿論名ばかりなので領地は与えられない。その為、生計を立てる為に職に就く必要がある。
高額の給金を得られる職に就けたのならば生家と変わらない暮らしが出来るのだが、そうでない場合は平民と同様の暮らしを送ることになる。エルザの家は後者で、父親の給金では貴族のように使用人を雇い優雅に暮らすことは不可能だった。
食べていくには困らないが、従姉のパメラが使用人に傅かれ優雅に暮らしているのを目の当たりにするとどうしても比べてしまい惨めな気分になる。また、意地の悪いパメラは会う度に「みすぼらしい」と嘲笑してくるのでエルザは彼女に憎しみを抱くようになった。パメラが着ているドレスも、アクセサリーも、自分の方が似合うのに……とやるせない気持ちが年々募っていく。
(あんな醜女よりも私の方がずっと綺麗なのに……。あのドレスも、宝石も、私の方がずっとずっと似合うのに……)
実際、エルザの外見はとても美しかった。
だからこそ余計に意地悪な従姉が似合いもしない綺麗なドレスで着飾り優雅な暮らしをしていることがどうしようもなく理不尽に思えて仕方ない。
そんなある日のこと、たまたま父の仕事の関係で出会ったミスティ子爵に見初められ、熱烈な求愛の末に彼の妻となった。
思い描いていた豪奢な暮らしにエルザは有頂天となった。
身の回りのことは使用人が何でもやってくれて、ドレスも宝石も好きなだけ与えられる。
それまでの生活とは真逆の夢のような生活にこの上ない幸せを感じていた。
何より、子供の頃からこちらを見下してきた従姉の悔しそうな顔は胸がすく思いだった。
生まれも育ちも関係ない。美貌こそが女の全てなのだとこの時のエルザは本気で信じていた。しかし、それだけで乗り切れるほど貴族の世界は甘くない。生まれや育ちが貴族社会においてはとても重要だということをこれから嫌でも知ることになる。
『こんな事も出来ないようでは子爵の妻は務まりませんことよ……』
淑女教育を受けていないエルザは女主人としても仕事が全く出来なかった。
貴族家の家政は庶民の家政とは全く違う。姑である先代ミスティ子爵夫人が一から教えるも、基本の出来ていないエルザがそれを理解するのは難しい。嫁いで数日で呆れた姑は匙を投げた。
社交も上手くいかず自然と社交界から離れるようになってしまった。
そうなると、あれだけ熱烈に愛を囁いてくれた子爵も段々と役に立たない妻を疎んじるようになる。
『まさかここまで貴族の常識が見についていないとは思わなかったよ……。君の両親は何も教えてくれなかったのか?』
一代男爵とはいえ貴族の端くれ。その娘がまさかここまで教育されていないとは思わず、見た目だけで選んだ子爵は自分の選択が失敗だったと後悔するようになる。エルザの両親は仕事や家事が忙しく娘に教育を施している暇などなかった。それにまさか一代男爵の娘を貴族家の当主が見初めるとは思ってもみなかったのだ。
夢のような生活から一転してエルザに重い“現実”がのしかかる。
美貌だけで乗り切れるほど貴族社会は甘くなかった。この甘くない社会を生き抜くために令嬢たちは皆幼い頃から教育を受けているのだと、現実を目の当たりにして初めて知る。
嫁いできてからというもの、エルザの傍に味方はいなくなった。
あれほど優しかった夫も冷たくなり、使用人はよそよそしい。姑からも完全に見放されていた。
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