52 / 136
温度差がある話し合い
しおりを挟む
自分の邸へと到着したダスター男爵は重い足取りで馬車を降りた。
(妻と息子にもこのことを話さねばならないか……)
ダスター男爵の妻も息子も“フレン伯爵の愛人になる”と夢ばかり追いかけて現実を見ないアリーに愛想をつかしていた。勿論無責任に娘の恋を応援する男爵にも。
貴族の令嬢は基本的には結婚しないと生活していけない。
平民の女性ならば自由に職を選ぶことが可能なので自活できるのだが、働くことを推奨されていない貴族の女性は生きる為に嫁ぐ必要がある。
たいていが十代の頃から結婚相手を父親が見繕うものなのだが、アリーはレイモンド以外と一緒になる気はないと縁談を断り続けていた。母はそんなアリーを叱り、貴婦人たるもの政略結婚は義務だと説いたのだが娘に甘い男爵は「いいじゃないか」と応援する始末。結婚適齢期を過ぎてもそんな状況を続ける夫と娘に母は愛想をつかした。
嫡男である息子にいたっては姉であるアリーを蛇蝎の如く嫌っている。
というのも弟が先に結婚するのは気に入らないとばかりに婚約者の令嬢に難癖をつけて破談にさせてしまうからだ。いくら弟が婚約者を守ろうとしても「あんな姉がいるんじゃちょっと……」と令嬢側からお断りされてしまう。こんなことが何度も続けば怒らない方がおかしいというものだ。
「旦那様、お帰りなさいませ」
主人を迎えるのはダスター家の執事とメイド。以前は妻も出迎えてくれていたのだが、娘の件で愛想をつかされてからはそれも無くなってしまっていた。
妻と息子を執務室に呼ぶよう告げ、アリーの様子を聞くと執事は「相変わらずでございます」と首を振る。
フレン伯爵邸で抑え込まれた挙句に牢へと放り込まれたアリーはあれからずっと部屋に籠り続けている。礼儀知らずとはいえ曲がりなりにも荒事とは無縁の貴族令嬢にとって相当ショックな出来事だったようだ。
「食事を届けたメイドが言うにはずっと臥せっていらっしゃるようでして……。よほど辛い目に遭われたのでしょうね、お可哀そうに……」
執事が労し気に告げた娘の様子に男爵は胸を痛めた。
そんな状態の娘に嫁入りという名の強制労働を告げるのは酷なのではないかと。
(やはり当家の資産から分割で支払うよう頼もう。娘の為だ。妻も息子もきっと分かってくれるだろう……)
そんな甘い考えを抱きつつ男爵は執務室で妻と息子が来るのを待った。
*
「それだけで済ませてくださるなんて、フレン伯爵夫人はなんと慈悲深い御方なのでしょう。すぐにでもその申し出をお受けすると返事をなさってください」
「母上の言う通りです。ご自分の夫にまとわりつく蠅に温情をかけてくださるとは実にお優しい御方でいらっしゃいます。数日お待たせするなどとんでもない。すぐにでもお返事をなさるべきだ」
男爵が詳細を話すと最初は侮蔑の表情を浮かべていた妻と息子はシスティーナからの提案を聞いた途端に満面の笑みを浮かべた。妻子の予想外の反応に男爵は唖然とし、二人に顔を向ける。聞き間違いでなければ今、息子は実の姉を”蠅”呼ばわりした。
「お、お前達……正気か? こんなの嫁入りではなく奴隷ではないか。家族をそんな目に遭わせるなど非情な……」
男爵の訴えに二人はスッと表情を消し、ひどく冷めた声音で返す。
「正気? それは貴方の方でしょう? 犯罪に手を染めた娘を庇ってどうします。こんなことが外部に漏れたら我が家は終わりですよ?」
「そうですよ父上、本来ならば我等全員の命で贖うべき大罪をあの女一人の犠牲で済ませてくださることがどれだけ有難いか分かりませんか? むしろその場でお受けするべきです。返事をお待たせするなど言語道断ですよ?」
二人から詰められ男爵は言葉を失くす。
アリーが酷い目に遭っても一向に構わない、といった妻子の態度が信じられなかった。
息子に至っては今度は実の姉を“あの女”呼ばわり。まさかそこまで嫌っていたとは……。
(妻と息子にもこのことを話さねばならないか……)
ダスター男爵の妻も息子も“フレン伯爵の愛人になる”と夢ばかり追いかけて現実を見ないアリーに愛想をつかしていた。勿論無責任に娘の恋を応援する男爵にも。
貴族の令嬢は基本的には結婚しないと生活していけない。
平民の女性ならば自由に職を選ぶことが可能なので自活できるのだが、働くことを推奨されていない貴族の女性は生きる為に嫁ぐ必要がある。
たいていが十代の頃から結婚相手を父親が見繕うものなのだが、アリーはレイモンド以外と一緒になる気はないと縁談を断り続けていた。母はそんなアリーを叱り、貴婦人たるもの政略結婚は義務だと説いたのだが娘に甘い男爵は「いいじゃないか」と応援する始末。結婚適齢期を過ぎてもそんな状況を続ける夫と娘に母は愛想をつかした。
嫡男である息子にいたっては姉であるアリーを蛇蝎の如く嫌っている。
というのも弟が先に結婚するのは気に入らないとばかりに婚約者の令嬢に難癖をつけて破談にさせてしまうからだ。いくら弟が婚約者を守ろうとしても「あんな姉がいるんじゃちょっと……」と令嬢側からお断りされてしまう。こんなことが何度も続けば怒らない方がおかしいというものだ。
「旦那様、お帰りなさいませ」
主人を迎えるのはダスター家の執事とメイド。以前は妻も出迎えてくれていたのだが、娘の件で愛想をつかされてからはそれも無くなってしまっていた。
妻と息子を執務室に呼ぶよう告げ、アリーの様子を聞くと執事は「相変わらずでございます」と首を振る。
フレン伯爵邸で抑え込まれた挙句に牢へと放り込まれたアリーはあれからずっと部屋に籠り続けている。礼儀知らずとはいえ曲がりなりにも荒事とは無縁の貴族令嬢にとって相当ショックな出来事だったようだ。
「食事を届けたメイドが言うにはずっと臥せっていらっしゃるようでして……。よほど辛い目に遭われたのでしょうね、お可哀そうに……」
執事が労し気に告げた娘の様子に男爵は胸を痛めた。
そんな状態の娘に嫁入りという名の強制労働を告げるのは酷なのではないかと。
(やはり当家の資産から分割で支払うよう頼もう。娘の為だ。妻も息子もきっと分かってくれるだろう……)
そんな甘い考えを抱きつつ男爵は執務室で妻と息子が来るのを待った。
*
「それだけで済ませてくださるなんて、フレン伯爵夫人はなんと慈悲深い御方なのでしょう。すぐにでもその申し出をお受けすると返事をなさってください」
「母上の言う通りです。ご自分の夫にまとわりつく蠅に温情をかけてくださるとは実にお優しい御方でいらっしゃいます。数日お待たせするなどとんでもない。すぐにでもお返事をなさるべきだ」
男爵が詳細を話すと最初は侮蔑の表情を浮かべていた妻と息子はシスティーナからの提案を聞いた途端に満面の笑みを浮かべた。妻子の予想外の反応に男爵は唖然とし、二人に顔を向ける。聞き間違いでなければ今、息子は実の姉を”蠅”呼ばわりした。
「お、お前達……正気か? こんなの嫁入りではなく奴隷ではないか。家族をそんな目に遭わせるなど非情な……」
男爵の訴えに二人はスッと表情を消し、ひどく冷めた声音で返す。
「正気? それは貴方の方でしょう? 犯罪に手を染めた娘を庇ってどうします。こんなことが外部に漏れたら我が家は終わりですよ?」
「そうですよ父上、本来ならば我等全員の命で贖うべき大罪をあの女一人の犠牲で済ませてくださることがどれだけ有難いか分かりませんか? むしろその場でお受けするべきです。返事をお待たせするなど言語道断ですよ?」
二人から詰められ男爵は言葉を失くす。
アリーが酷い目に遭っても一向に構わない、といった妻子の態度が信じられなかった。
息子に至っては今度は実の姉を“あの女”呼ばわり。まさかそこまで嫌っていたとは……。
5,935
あなたにおすすめの小説
兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります
毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。
侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。
家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。
友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。
「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」
挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。
ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。
「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」
兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。
ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。
王都で聖女が起こした騒動も知らずに……
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる