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飛躍する話
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「レイモンド様に嫌われたのはお前のせいよッ……!!」
ガシャンッという鈍い音を立てて床に叩きつけられた花瓶。
飛び散る破片に当たらないよう元侍女長は距離をとった。荒れ狂う主人、エルザから。
「奥様、それは……私のせいでは──」
「うるさいッ! お前がレイモンド様の飲み物に薬なんて盛るからよ!」
「いえ……ですが、そのおかげで密室で二人きりになれたではないですか?」
「そうだけど! 全然いい雰囲気にならなかったわ! 薬のせいで頭が朦朧となさっていたせいよ!」
「え? 薬と場の雰囲気って関係あります……?」
「あるに決まっているでしょう! 朦朧として気分が優れなかったせいで私を邪険に扱ったのよ! 何でもない状況ならあのまま思いを遂げることが出来たのに……お前の失態よ!」
元侍女長は無表情でエルザの取り乱す様子を見つめ、内心では「あなたの誘い方が下手だからでしょう……」と思ったが、それを口に出す勇気はなかった。
元侍女長はフレン家にいた頃、たまたまレイモンドの予定を知る機会があった。
それで知った情報をもとに、警備もザルと噂のあのパーティーにエルザと共に潜り込んだ。寄付と称して金を積めば誰でも入れてしまうパーティーに潜り込むのは簡単で、あとはレイモンドが好みそうな飲み物全てに意識を朦朧とさせる薬を盛った。すると計画通り気分を悪くしたレイモンドが休憩室に案内されたのを確認し、そこに控えていたエルザを差し向けたのだ。
正直、そこまでお膳立てをすればなし崩しに関係を持つと思っていた。
言動はアレだが、エルザは男が好みそうな美女である。散々迷惑をかけられ、離婚を宣言した子爵ですら手放すことを惜しがっているほど見目はいい。肌を露出したドレスで迫れば堕ちる、と本気で思っていたのだが……結果は惨敗に終わった。
元侍女長としてはここまでお膳立てをしておいて手を出さないのはエルザの誘い方が下手だったからではないかと疑っている。泣きじゃくるエルザを回収し、何があったのかを尋ねても要領を得ない説明しかしないため、彼女がレイモンドとどんな話をしたかが全く分からない。だが、おそらくは無理に迫って嫌われたのだと想像できた。
本当に……ここまでお膳立てしたというのに、男一人堕とせないとは情けない……。
自分の不甲斐なさを認めたくないのか、それとも本気で元侍女長のせいだと信じて疑わないのか、いずれにせよとにかく他人のせいにしないと気が済まない厄介な性格なのは間違いない。
「こんなことになるのなら、最初からお前に任せるのではなかったわ! この失態をどうするつもりなの!?」
「どう……と言われましても……」
どう考えても自分のせいでしょう、と言えたらどんなにいいか。
しかし、それを言えばますます発狂して手が付けられなくなるから言えない。
元侍女長はこの他責志向が強く無茶苦茶な物言いばかりする主人に辟易していた。
それに比べて前の女主人、システィーナは恐ろしいが言っていることは正論で分かり易かった。
あのまま、あの邸にいた方が幸せだったのに……。
「……こうなったら最後の手段よ。あの小娘の弱みを握って、私の言う事を聞かせるしかないわ……」
「は? はああ!? 何故そういう話になるのですか!」
とんでもないことを言い出したエルザに元侍女長は食い気味で答えた。
何がどう飛躍してそういう結論に至ったのかはさっぱり分からないが、システィーナに手出しすることだけは承諾できない。
それをやったが最後、悲惨な末路が待ち受けているだろうことは間違いないのだから──。
ガシャンッという鈍い音を立てて床に叩きつけられた花瓶。
飛び散る破片に当たらないよう元侍女長は距離をとった。荒れ狂う主人、エルザから。
「奥様、それは……私のせいでは──」
「うるさいッ! お前がレイモンド様の飲み物に薬なんて盛るからよ!」
「いえ……ですが、そのおかげで密室で二人きりになれたではないですか?」
「そうだけど! 全然いい雰囲気にならなかったわ! 薬のせいで頭が朦朧となさっていたせいよ!」
「え? 薬と場の雰囲気って関係あります……?」
「あるに決まっているでしょう! 朦朧として気分が優れなかったせいで私を邪険に扱ったのよ! 何でもない状況ならあのまま思いを遂げることが出来たのに……お前の失態よ!」
元侍女長は無表情でエルザの取り乱す様子を見つめ、内心では「あなたの誘い方が下手だからでしょう……」と思ったが、それを口に出す勇気はなかった。
元侍女長はフレン家にいた頃、たまたまレイモンドの予定を知る機会があった。
それで知った情報をもとに、警備もザルと噂のあのパーティーにエルザと共に潜り込んだ。寄付と称して金を積めば誰でも入れてしまうパーティーに潜り込むのは簡単で、あとはレイモンドが好みそうな飲み物全てに意識を朦朧とさせる薬を盛った。すると計画通り気分を悪くしたレイモンドが休憩室に案内されたのを確認し、そこに控えていたエルザを差し向けたのだ。
正直、そこまでお膳立てをすればなし崩しに関係を持つと思っていた。
言動はアレだが、エルザは男が好みそうな美女である。散々迷惑をかけられ、離婚を宣言した子爵ですら手放すことを惜しがっているほど見目はいい。肌を露出したドレスで迫れば堕ちる、と本気で思っていたのだが……結果は惨敗に終わった。
元侍女長としてはここまでお膳立てをしておいて手を出さないのはエルザの誘い方が下手だったからではないかと疑っている。泣きじゃくるエルザを回収し、何があったのかを尋ねても要領を得ない説明しかしないため、彼女がレイモンドとどんな話をしたかが全く分からない。だが、おそらくは無理に迫って嫌われたのだと想像できた。
本当に……ここまでお膳立てしたというのに、男一人堕とせないとは情けない……。
自分の不甲斐なさを認めたくないのか、それとも本気で元侍女長のせいだと信じて疑わないのか、いずれにせよとにかく他人のせいにしないと気が済まない厄介な性格なのは間違いない。
「こんなことになるのなら、最初からお前に任せるのではなかったわ! この失態をどうするつもりなの!?」
「どう……と言われましても……」
どう考えても自分のせいでしょう、と言えたらどんなにいいか。
しかし、それを言えばますます発狂して手が付けられなくなるから言えない。
元侍女長はこの他責志向が強く無茶苦茶な物言いばかりする主人に辟易していた。
それに比べて前の女主人、システィーナは恐ろしいが言っていることは正論で分かり易かった。
あのまま、あの邸にいた方が幸せだったのに……。
「……こうなったら最後の手段よ。あの小娘の弱みを握って、私の言う事を聞かせるしかないわ……」
「は? はああ!? 何故そういう話になるのですか!」
とんでもないことを言い出したエルザに元侍女長は食い気味で答えた。
何がどう飛躍してそういう結論に至ったのかはさっぱり分からないが、システィーナに手出しすることだけは承諾できない。
それをやったが最後、悲惨な末路が待ち受けているだろうことは間違いないのだから──。
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