129 / 136
大使からの手紙
「それでも、彼女が自ら墓穴を掘って下さった時期と、大使様の訪問の時期が被るとは思いませんでしたわ。夫人には普通に罪を問うつもりでしたのに、あんな見え透いた罠を張り、自らわたくしに断罪される機会を作ってくださるとは……」
なんて気が利く方なのでしょうか、と言ってシスティーナは花が咲き誇るような笑みを浮かべた。
「レイモンド様の前妻の人生を弄び、幼馴染の令嬢方を悪の道へと唆し、長きに渡ってフレン家に害を及ぼし続けた悪女の幕引きとしては些か温いかもしれませんが……」
そう言って、お茶をひと口飲み、ふっと息をついた。
「長年執着し続けたレイモンド様にはもう二度と会えないという事実。そして、好きでもない男と閨を共にし続けない事実は彼女にとって耐えがたき苦痛でありましょう。大使様は、夫であったミスティ子爵のように大切にはしてくださらないでしょうから」
報復とはいえ、残酷なことに手を染めながらも、罪悪感ひとつ見せずに平然としている。
まさに人の上に立つ者の器――サリバンはそう感嘆せずにはいられなかった。
「……時間がかかったけど、これでやっとフレン家を蝕んでいた黴の除去が済みましたわ」
「時間がかかったなどとはとんでもない。これだけの短期間で、ここまで邸内を綺麗に出来るのは奥様くらいです。ほんとうに……貴女様は素晴らしき淑女でございますわ」
サリバンの誉め言葉にシスティーナは思わず綻んだ。
その表情は、年頃の少女そのもののようにあどけなく可愛らしいものであった。
それからしばらくして、システィーナのもとに王家からの報せが届いた。
報せには二つのことが記されていた。一つは、帝国との条約が無事に締結されたこと。もう一つは、元ミスティ子爵夫人エルザが、大使の新たな妻となるという話だった。
(妾ではなく、妻……。大使様はよほど彼女を気に入ったのかしら?)
大使が気に入った女性を妻にするという話は、システィーナも当然知っていた。
だが、実際に妻に迎えられた女性というのは少なく、たいていは妾として引き取られていくらしい。
「それと、大使様から、フレン伯爵夫人へのお手紙をお預かりしております」
「わたくしに?」
王家の使者は片膝をつき、深々と頭を垂れる。その手には、封蝋の押された細長い手紙。
彼はそれを恭しくシスティーナの前へと差し出した。
「何卒よろしくお伝え申し上げるよう、仰せつかっております」
「そう……分かりました」
手紙を手渡した使者は、再び深々と頭を下げ、静かに邸を後にした。
(どうして、大使様が……皇帝陛下の弟君がわたくしに手紙を?)
システィーナの白魚のような指先にふと力が入る。
彼女の顔にはいつにない険しさが潜んでいた。
手紙の蝋を割る音が室内に響く。彼女は視線を手紙の文面へと落とし、眉間にごくかすかな皺を寄せる。
そのわずかな表情の変化すら、周囲の侍女たちは気づいていない――だが、彼女の心には波紋が広がっていた。
やがて、彼女は手紙を折りたたみ、静かに立ち上がった。
「部屋を整えなさい。すぐに来客があるでしょう」
それだけを告げると、システィーナは背筋を伸ばし、再び窓の外へ視線を投げた。
なんて気が利く方なのでしょうか、と言ってシスティーナは花が咲き誇るような笑みを浮かべた。
「レイモンド様の前妻の人生を弄び、幼馴染の令嬢方を悪の道へと唆し、長きに渡ってフレン家に害を及ぼし続けた悪女の幕引きとしては些か温いかもしれませんが……」
そう言って、お茶をひと口飲み、ふっと息をついた。
「長年執着し続けたレイモンド様にはもう二度と会えないという事実。そして、好きでもない男と閨を共にし続けない事実は彼女にとって耐えがたき苦痛でありましょう。大使様は、夫であったミスティ子爵のように大切にはしてくださらないでしょうから」
報復とはいえ、残酷なことに手を染めながらも、罪悪感ひとつ見せずに平然としている。
まさに人の上に立つ者の器――サリバンはそう感嘆せずにはいられなかった。
「……時間がかかったけど、これでやっとフレン家を蝕んでいた黴の除去が済みましたわ」
「時間がかかったなどとはとんでもない。これだけの短期間で、ここまで邸内を綺麗に出来るのは奥様くらいです。ほんとうに……貴女様は素晴らしき淑女でございますわ」
サリバンの誉め言葉にシスティーナは思わず綻んだ。
その表情は、年頃の少女そのもののようにあどけなく可愛らしいものであった。
それからしばらくして、システィーナのもとに王家からの報せが届いた。
報せには二つのことが記されていた。一つは、帝国との条約が無事に締結されたこと。もう一つは、元ミスティ子爵夫人エルザが、大使の新たな妻となるという話だった。
(妾ではなく、妻……。大使様はよほど彼女を気に入ったのかしら?)
大使が気に入った女性を妻にするという話は、システィーナも当然知っていた。
だが、実際に妻に迎えられた女性というのは少なく、たいていは妾として引き取られていくらしい。
「それと、大使様から、フレン伯爵夫人へのお手紙をお預かりしております」
「わたくしに?」
王家の使者は片膝をつき、深々と頭を垂れる。その手には、封蝋の押された細長い手紙。
彼はそれを恭しくシスティーナの前へと差し出した。
「何卒よろしくお伝え申し上げるよう、仰せつかっております」
「そう……分かりました」
手紙を手渡した使者は、再び深々と頭を下げ、静かに邸を後にした。
(どうして、大使様が……皇帝陛下の弟君がわたくしに手紙を?)
システィーナの白魚のような指先にふと力が入る。
彼女の顔にはいつにない険しさが潜んでいた。
手紙の蝋を割る音が室内に響く。彼女は視線を手紙の文面へと落とし、眉間にごくかすかな皺を寄せる。
そのわずかな表情の変化すら、周囲の侍女たちは気づいていない――だが、彼女の心には波紋が広がっていた。
やがて、彼女は手紙を折りたたみ、静かに立ち上がった。
「部屋を整えなさい。すぐに来客があるでしょう」
それだけを告げると、システィーナは背筋を伸ばし、再び窓の外へ視線を投げた。
あなたにおすすめの小説
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。
和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。
リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?
婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。