どうして許されると思ったの?

わらびもち

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客人

 午前の陽が、フレン伯爵邸の庭の噴水をかすかに照らしていた。
 空気はひんやりとしているのに、システィーナの手はわずかに汗が滲んでいる。

 彼女は長い廊下の先の扉を見つめたまま、胸の内を整えようとしていた。
 絹のドレスは完璧に仕立てられ、髪は侍女が丁寧に巻き上げてくれた。だが鏡に映る自分の表情だけが、どうしても整わない。

「お客様がお着きになりました」

 扉の外から執事の声がした瞬間、彼女の背筋は自ずと伸びた。足音が近づく。重く、正確なリズム。あの音だけで、客人の姿がまざまざと浮かぶ。

 やがて扉が開き、客人が姿を現した。

「お父様、ようこそおいでくださいました」

 見惚れるほどの所作で礼をとる娘を父─ベロア侯爵は目を細めて眺めた。

「うむ、久しいな。息災か?」

「はい、お陰様で」

「そうか。体調はどうだ?」

「お腹も大きくなってきましたので、それに伴い体調の変化は多少なりともございますね」

「そうか……。ずっと立ちっぱなしはよくないな。そろそろ座ろうか」

「はい、ではご案内いたします」

 執事が一礼しながら応接間の扉を開けると、淡いクリーム色の壁紙に包まれた空間が広がっていた。天井にはクリスタルのシャンデリアが優雅に光を放ち、窓辺の絹の刺繍入りカーテンが、柔らかな陽光を室内へとやさしく招き入れている。

「遠路をありがとうございます、お父様。」

 侯爵はどこか誇らしげに微笑んだ。娘の声には、以前と変わらぬ堂々とした風格が感じられる。
いや、今はむしろ、貴族の夫人となったことで、さらに貫禄が増しているかのようだ。

 侍女が音も立てずに銀の盆を置き、細工の施された磁器のティーカップに茶を注いだ。
 湯気が静かに立ち昇り、柑橘の香りがほのかに漂う。

 侯爵は椅子に腰を下ろし、縁に金彩の入ったカップを手に取ると、ひと口、丁寧に口元へ運んだ。

「…うむ、良い香りだ」

「気に入っていただけたならようございました。そちらは、大使様から贈られた品ですの」

 棘のある娘の言葉に、侯爵はにやりと笑った。

「ほほう……ということは、これは帝国産の茶葉か。皇族に献上されるという貴重な品だ。お前も味わって飲むといい」

「……とぼけないでくださいませ、お父様。こちらの茶葉は、大使様からの手紙と共に贈られたものですよ? その手紙には『近々ベロアが来るから、これを飲ませてやってくれ』とございましたわ。どうして大使様……帝国皇帝陛下の弟君がお父様の使者の真似事をなさっているのです……?」

 じとりとした娘の視線に、観念したかのように侯爵は肩をすくめて口を開いた。

「はは、怖い顔をするな、システィーナ。なに、事前に大使殿に会った際にそういう話をしたまでのことだ」

「そういう話……?」

「ああ、大使殿が”献上品”を帝国へと連れ帰った後、儂がお前の元を訪ねると話した」

「それだけで、わざわざ大使様がお父様の代わりに先触れの代筆を? 納得できるわけがありませんよ」

「ところで、システィーナ。大使殿からの茶はどんな入れ物に入っていたか?」

「はい? 入れ物……ですか? たしか、缶に入っていたかと……」

「ほう、そうか……。それがいくつ届いておったか?」

「え……たしか、三缶ほど届いていたかと……」

「なにッ!? 三つだと! あやつめ……それでマケたつもりか……!!」

 訳の分からないやりとりと、父がいきなり声を荒げたことにより、システィーナは大体を察した。

「……お父様、それ以上は人払いをしてからお願いします」

「ん? ああ、そうだな」

 この父娘が何の会話をしているのか分からず困惑していたフレン家の使用人と侯爵の従者は、揃って部屋の外へと退出を促された。そうして部屋に二人きりになると、システィーナは静かに口を開いた。

「お父様、わたくしを介して大使様と何らかの情報をやりとりするのはお止めくださいませ……」

 呆れたように言う娘に、侯爵は嬉々として答えた。

「おお、これだけで分かるとは、流石は儂の娘よ!」

「お褒めに与かり恐縮です。……ですが、こんな回りくどいやり方でしか交換できないような機密情報を、人払いもせぬうちに口に出すのはお止めください。使用人の首を物理的に飛ばしたいのですか?」

「なあに、あのやり取りで分かる者など、お前を置いて他におらぬよ」

「……この場ではそうでしょうけど、他にも分かりそうな方がいらっしゃるから、このように回りくどい方法をとられたのでしょう?」

 呆れたことに、この父親は娘を介して大使と何らかの情報をやり取りしていたようだ。
 しかも、直接やり取りするには不味いような機密情報を。
 あのお茶の入れ物と、個数が何を意味しているかは知らないし、知りたくもない。
 無関係な娘まで巻き込むなんて、思わず呆れてため息が漏れる。

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