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父が放ったあの言葉
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「久しぶりに会いに来てくださったと思いきや……娘を単なる情報の仲介としか見ていないなんて、見損ないましたわ……」
絶対零度の娘の眼差しに、流石にまずいと思った侯爵は慌てて取り繕った。
「いやいや! お前に会う事が本命に決まっているではないか!? 大使殿とのやり取りなんてただのオマケだ。オマケ!」
「オマケ扱いもどうかと思いますけど……。まあ、よろしいです」
一息つくためにシスティーナはカップを手に取り、お茶を一口飲んだ。
なるほど、皇族に献上されるだけのことはある。豊かで気品ある香りだ。
「致し方なかったのだよ。王家の目を欺く必要があったからな。知られると国王の面子を潰しかねん」
あれ、まだこの話続けるの……?
そう非難めいた顔で父を見るが、そのまま話を続けてしまった。
「国王は少々頭が固い。それでいて潔癖すぎる。今回結んだ条約も、今のままでは一年も保たぬ」
「はあ……。それで、お父様が帝国側に何かしらの便宜を図り、それで納得してもらったというわけですか?」
「察しがよいな。その通りだ。まあ……大分高くふっかけられたがな……」
どんな便宜を図ったのかは分からないが、この言い方だと父は自分に不利な条件を呑んでまで帝国との条約を確実なものにしたかったというか。
「つまり、陛下と大使様の間で条約を締結したはいいが、今のままだと帝国側にあまり旨味がなく、それを補う何かをお父様の方で秘密裏に持ち掛けたということですか?」
「うむ、本当に察しがよいな。その通りだ」
「どうしてそこまでして?」
「この条約はかなり国に利益があるからだ。だが、帝国側には旨味がそれほどない。別にあってもなくてもいい程度だ。国王は誠意をもって接すれば説き伏せられると思っていたのだろうが、そんなわけあるか。交渉というのは、相手方が何かしらかの利益を見出さなければ成立しないものよ」
「はあ……。まあ、そうですね。……あの、国王陛下はお父様が裏で動いて下さったことをご存じないのですよね?」
「おそらくは気づいておらぬだろうよ。だが、それでよい。知られると何かと煩いからな」
「別に直接進言なさればよかったのではないですか……?」
「国王を納得させるより、大使殿を納得させる方が遥かに楽だ。あの御方は国王よりも清濁併せのむやり方をご存じだからな。潔癖な相手の価値観を変える方が骨が折れる」
「はあ……なるほど」
つまるところ、国王よりも大使の方が話が早い、ということだろうか。
それは別にいいとして、勝手に娘を巻き込むのは止めてもらいたい。
「それに、一応お前も当事者ではあるぞ」
「え? 何故、わたくしが……?」
「お前は今回の条約の立役者となっているからな、表向きは。ほら、あの子爵家の夫人を大使に”妻”として献上しただろう?」
「……それで機嫌がよくなった大使が条約に賛同してくれた……となっていますけど、違うというお話ですね? わたくしもそう勘違いしておりましたよ……。ああ、恥ずかしい……」
たいして恥ずかしそうにも見えないシスティーナに、侯爵は苦笑して、「まあ、そんなにいじけるな」と声をかけた。
「何にでも表向きの理由は必要だ。秘密裏の取引を悟られないようにするためには、お前の暗躍は必要だった。ほら、儂が関わったと知られたら、国王の面子というか……治世にまで疑問を持たれかねないだろう? 義理の弟の求心力を下げたいわけではない。国の安寧のためにも、な?」
何だかんだと言っているが、結局この人は暗躍するのが好きなだけだとわかっている。
目立たない方が動きやすい、と未だに陞爵を断り、父祖の代から変わらない侯爵のままでいることを好んでいるのだ。最高位の公爵となり名声を得るよりも、それによるしがらみの方を嫌だと思うような人だから。
「……結局はわたくしもお父様の掌で踊っていたというわけですね。上手く踊れましたかしら?」
長年にわたってフレン家に仇なしてきたことによる罪を、大使に献上するという体をとり”流刑”に処したと思っていた。
表現は悪いが、大使にとっては理想の女性を得る結果となり、我々にとっても邪魔者を排除できたという点で、都合のよい展開だった。
そう、本当に都合のいい展開だ。それが父の手で創り上げられたものであるのなら、納得できる。
都合がいいように持っていったのならば、そんな展開になるのは当たり前なのだから。
「いや、すまん、すまん。そう怒るでない……。むしろ、お前だからこそ儂も特に支持することなく任せられたというわけで……」
必死に機嫌を伺おうとする父にシスティーナはムッとした顔を隠しもしなかった。
エルザを大使に献上したから機嫌がよくなり、条約を結べた……というのを心の隅で「それくらいで、そんな上手くいく?」と思わなかったわけでもない。心のどこかで”可笑しい”とは感じていた。
「ほら、大使殿も好みの女を妾として迎えられて喜んでいるし、そう気にするな」
「妾……? 王家の使者の方は”妻”として大使様が元子爵夫人を迎えられたと聞きましたが……」
「ん? ……ああ、それは建前だ。お前からとはいえ、形としては王家からの献上品と謳った以上、妾だなんて低い扱いを出来るわけもないからな。とはいえ、何の後ろ盾も無い女を妻になど出来るはずもない。あちらでは妾として扱われていると聞く」
「これまた何とも回りくどいのですね……」
「仕方ないだろう。王家からの贈り物を妾にするなど体裁が悪い。まあ、何でもいいだろう。お前にとっての邪魔者は全て片付いた。儂の言った通りだな。お前なら、嫁ぎ先で何があろうともすべて対処できると信じておったよ……」
その言葉は、結婚の話が出た際に父が口にしたものだった……。
絶対零度の娘の眼差しに、流石にまずいと思った侯爵は慌てて取り繕った。
「いやいや! お前に会う事が本命に決まっているではないか!? 大使殿とのやり取りなんてただのオマケだ。オマケ!」
「オマケ扱いもどうかと思いますけど……。まあ、よろしいです」
一息つくためにシスティーナはカップを手に取り、お茶を一口飲んだ。
なるほど、皇族に献上されるだけのことはある。豊かで気品ある香りだ。
「致し方なかったのだよ。王家の目を欺く必要があったからな。知られると国王の面子を潰しかねん」
あれ、まだこの話続けるの……?
そう非難めいた顔で父を見るが、そのまま話を続けてしまった。
「国王は少々頭が固い。それでいて潔癖すぎる。今回結んだ条約も、今のままでは一年も保たぬ」
「はあ……。それで、お父様が帝国側に何かしらの便宜を図り、それで納得してもらったというわけですか?」
「察しがよいな。その通りだ。まあ……大分高くふっかけられたがな……」
どんな便宜を図ったのかは分からないが、この言い方だと父は自分に不利な条件を呑んでまで帝国との条約を確実なものにしたかったというか。
「つまり、陛下と大使様の間で条約を締結したはいいが、今のままだと帝国側にあまり旨味がなく、それを補う何かをお父様の方で秘密裏に持ち掛けたということですか?」
「うむ、本当に察しがよいな。その通りだ」
「どうしてそこまでして?」
「この条約はかなり国に利益があるからだ。だが、帝国側には旨味がそれほどない。別にあってもなくてもいい程度だ。国王は誠意をもって接すれば説き伏せられると思っていたのだろうが、そんなわけあるか。交渉というのは、相手方が何かしらかの利益を見出さなければ成立しないものよ」
「はあ……。まあ、そうですね。……あの、国王陛下はお父様が裏で動いて下さったことをご存じないのですよね?」
「おそらくは気づいておらぬだろうよ。だが、それでよい。知られると何かと煩いからな」
「別に直接進言なさればよかったのではないですか……?」
「国王を納得させるより、大使殿を納得させる方が遥かに楽だ。あの御方は国王よりも清濁併せのむやり方をご存じだからな。潔癖な相手の価値観を変える方が骨が折れる」
「はあ……なるほど」
つまるところ、国王よりも大使の方が話が早い、ということだろうか。
それは別にいいとして、勝手に娘を巻き込むのは止めてもらいたい。
「それに、一応お前も当事者ではあるぞ」
「え? 何故、わたくしが……?」
「お前は今回の条約の立役者となっているからな、表向きは。ほら、あの子爵家の夫人を大使に”妻”として献上しただろう?」
「……それで機嫌がよくなった大使が条約に賛同してくれた……となっていますけど、違うというお話ですね? わたくしもそう勘違いしておりましたよ……。ああ、恥ずかしい……」
たいして恥ずかしそうにも見えないシスティーナに、侯爵は苦笑して、「まあ、そんなにいじけるな」と声をかけた。
「何にでも表向きの理由は必要だ。秘密裏の取引を悟られないようにするためには、お前の暗躍は必要だった。ほら、儂が関わったと知られたら、国王の面子というか……治世にまで疑問を持たれかねないだろう? 義理の弟の求心力を下げたいわけではない。国の安寧のためにも、な?」
何だかんだと言っているが、結局この人は暗躍するのが好きなだけだとわかっている。
目立たない方が動きやすい、と未だに陞爵を断り、父祖の代から変わらない侯爵のままでいることを好んでいるのだ。最高位の公爵となり名声を得るよりも、それによるしがらみの方を嫌だと思うような人だから。
「……結局はわたくしもお父様の掌で踊っていたというわけですね。上手く踊れましたかしら?」
長年にわたってフレン家に仇なしてきたことによる罪を、大使に献上するという体をとり”流刑”に処したと思っていた。
表現は悪いが、大使にとっては理想の女性を得る結果となり、我々にとっても邪魔者を排除できたという点で、都合のよい展開だった。
そう、本当に都合のいい展開だ。それが父の手で創り上げられたものであるのなら、納得できる。
都合がいいように持っていったのならば、そんな展開になるのは当たり前なのだから。
「いや、すまん、すまん。そう怒るでない……。むしろ、お前だからこそ儂も特に支持することなく任せられたというわけで……」
必死に機嫌を伺おうとする父にシスティーナはムッとした顔を隠しもしなかった。
エルザを大使に献上したから機嫌がよくなり、条約を結べた……というのを心の隅で「それくらいで、そんな上手くいく?」と思わなかったわけでもない。心のどこかで”可笑しい”とは感じていた。
「ほら、大使殿も好みの女を妾として迎えられて喜んでいるし、そう気にするな」
「妾……? 王家の使者の方は”妻”として大使様が元子爵夫人を迎えられたと聞きましたが……」
「ん? ……ああ、それは建前だ。お前からとはいえ、形としては王家からの献上品と謳った以上、妾だなんて低い扱いを出来るわけもないからな。とはいえ、何の後ろ盾も無い女を妻になど出来るはずもない。あちらでは妾として扱われていると聞く」
「これまた何とも回りくどいのですね……」
「仕方ないだろう。王家からの贈り物を妾にするなど体裁が悪い。まあ、何でもいいだろう。お前にとっての邪魔者は全て片付いた。儂の言った通りだな。お前なら、嫁ぎ先で何があろうともすべて対処できると信じておったよ……」
その言葉は、結婚の話が出た際に父が口にしたものだった……。
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