貴方といると、お茶が不味い

わらびもち

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こんなものは燃やしてしまいましょう

「お嬢様……先触れのないお客様から取次が……」

 ある晴れた日の朝、当家の執事が苦虫をかみ潰したような顔でそう告げてきた。

「あら? どちら様なの?」

「それが……お嬢様の婚約者のロバス公爵子息でして……」

「まあ……! 今更何なのかしら? 不愉快だから取り次がないでちょうだい」

 先日王家より正式に婚約が破棄されたとの報せが届いた。
 クリスフォード様の用件もそれ関連であろうことは分かっている。

 だが最早赤の他人。こちらから話すことなど何もない。

 やっと切れた縁に清々し、晴れやかな気持ちで一日を迎えたというのにこれでは台無しだ。

「女々しい男ですね。婚約が破棄された途端縋り付いてくるなんて!」

 クリスフォード様が追い返された後、サリーはわざわざ門前に塩を撒いてきたようだ。
 左腕に塩壺を抱え、もう片方には手紙の載ったトレイを持っている。

「サリー、その手紙は何?」

「あの女々しい男からの手紙です……。お嬢様に会えぬのならせめて手紙を、と門番に無理矢理渡してきたようですよ? どうします? 燃やします?」

「うーん……そうね。一応中身は読んでみるわ。内容によっては燃やすかもしれないけど……」

 ここしばらく彼からの手紙は全てスピナー公爵令嬢について書かれたものばかりだった。
 私の誕生日ですら無関係の令嬢のことばかり書いてきた彼にはうんざりしたものだ。

 この手紙には何と書かれているのか……。
 恐る恐る私は中身を読み始めた。

「へえ……クリスフォード、いえロバス子息が嫡男の座から外れるようよ? それで彼の代わりに妹君が跡継ぎとなるみたい」

「ああ確か……隣国の難しい入試に合格した妹君ですよね?」

「そうそう、その聡明な方。……あら、手紙の続きにはその妹君を悪し様に罵る内容が延々と書かれているわ」

 便箋数枚に及ぶほどの妹への誹謗中傷。
 まあよくもここまでの悪口を並べ立てられるものだ。彼女のことを紹介すらされていない私に。

「会ったこともない元婚約者の妹への悪口を書かれても困りません? だからどうしてって感じですし」

「ええ、全く。きっと彼の中ではわたくしが『まあ! 妹君はなんて酷い女なの!? そんな女よりもクリスフォード様の方が次期当主に相応しいわ!』と訴えてくれると信じているのでしょうね……」

「あの女々しい男はお嬢様をそんなウザッたい女だと思ってるんですか!? あの阿婆擦れ公爵令嬢のことと間違えてません?」

「ああ……確かにスピナー公爵令嬢ならそう言いそうね? ロバス子息の中でのわたくしは、彼女と同じなのでしょう……。だって、彼はわたくしのことを何も知らないもの」

 婚約期間中に彼が最も親しく過ごした相手は私でなくスピナー公爵令嬢だろう。
 だからだろうか、この手紙には彼女と私を同一視するような文言が見受けられる。

「『また一緒に君の好きな薔薇を見よう』や『君が好きなチョコレートを毎日手土産に持っていくよ』とあるのだけど、わたくしどちらもそこまで好きじゃないわ。それを好んでいたのはスピナー公爵令嬢よ」

「うわっ、キモッ……。アイリスが言ったようにやっばい男ですね!? お嬢様がそんな不良物件と縁が切れてほんとうによかったです……!」

 こうして私の気持ちに寄り添ってくれるサリーが傍にいてくれるから、この呪いのような手紙も笑い飛ばせる。

 そうでなければ人知れず涙を流していたかもしれない。あまりにも自分が惨めで……。

 恋い慕うことはなかったが寄り添う努力は重ねてきた。
 公爵夫人に相応しい淑女となれるよう常より厳しい教育にも耐えてきたのに、その結果がこれではあまりにも惨めではないか。

 よりにもよって婚約を壊した女性と同一視されていたなんて……。

「サリー、読み終わったからもうこの手紙燃やしちゃいましょう。ついでに今まで彼から貰った手紙も全て処分するわ」

 この惨めな気持ちも悔しさも、手紙と共に火にくべてしまおう。

 自分以外の女性を褒め称えた手紙も全て。

 私にはもう必要のないものだから。

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