初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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再びの王宮

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 朝靄の名残を帯びた王都の空の下、サフィー家の馬車が王宮の門前に到着した。
 鈍く光る金の装飾を施された門がゆっくりと開かれ、石畳の奥に続く庭園の緑が目に映る。
 セシリアはゆるやかにドレスの裾をつまみ、従者の手を借りて馬車から降り立つ。柔らかな風が裾を揺らし、草木の香りを運んできた。

「こちらでございます、レディ・サフィー」

 出迎えた侍従が深く一礼し、静かに歩みを促す。
 磨かれた大理石の回廊を進むたび、足音が柔らかく響く。壁に掛けられた王家の肖像画や、陽光を透かすステンドグラスがきらめきを返し、どこを見ても荘厳な静けさに満ちていた。

(王宮に来るのはあの時以来ね……)

 前回訪れた時のことを思い出し、感慨深げに王宮の隅々へと目を巡らせた。
 あの時のような緊張感はない。だから今は、ゆっくりと美しい宮殿の造りを眺めることができる。

 やがて案内の侍従が足を止め、金糸の刺繍が施された扉の前で恭しく告げる。

「こちらで王太子妃殿下がお待ちでございます」

 その言葉にセシリアは静かに頷く。
 扉が開かれると、広間の奥に太子妃が立っていた。窓辺から差し込む朝の光が、金糸の衣の裾を淡く照らしている。彼女はその光を受けながら穏やかに微笑んだ。

「久しぶりにお目にかかれますこと、嬉しく思います。サフィー侯爵令嬢」

 その声に広間の空気がやわらかく揺らめく。
 セシリアは深く礼をとり、澄んだ声で応えた。

「再びこうしてお会いできる機会を賜り、身に余る思いでございます。お健やかにお過ごしのご様子、何よりに存じます」

 セシリアの挨拶に王太子妃は小さく頷き、優雅な仕草で手を差し出した。

「どうぞお顔を上げて。お変わりないようで、安心いたしましたわ。こちらへどうぞ、おかけになって」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

 王太子妃の穏やかな声に促され、セシリアは深く一礼して椅子に腰を下ろす。
 椅子の背に手を添えた瞬間、心の中の張り詰めた糸が少しだけ緩んだ。
 そのとき、背後に控えていた女官が恭しく一礼し、音もなく動いて茶器に手を伸ばす。
 銀のポットが持ち上げられ、湯の落ちるかすかな音が広間の静寂に溶けていく。
 細やかに立ちのぼる香りは、初夏の草原を思わせる若葉の香。

「本日は新しい茶葉を取り寄せましたの。気に入っていただけると嬉しいのですけれど」

「それは嬉しく存じます。お気遣いに心より感謝いたします」

 女官は二人の前にお茶が満たされたカップを置き、再び一歩下がって静かに控えた。そうして広間には再び静寂が満ちる。王太子妃は手元の茶杯をそっと持ち上げ、白磁の薄い縁を唇に寄せた。その仕草はまるで儀式のように美しく整っている。

「いい香り……。さあ、あなたもどうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 その言葉に促され、セシリアは静かにカップを持ち上げた。
 一口含むと柔らかな香りが舌に広がり、静けさの中に微かな甘露が滲む。

「……本当に、素晴らしいお味でございます」

「お気に召して何よりですわ。……最近は、少し慌ただしい日々が続いておりますの。お茶をこうしてゆっくり味わうのは、実に久しぶりです」

 穏やかな声の奥に、ほんのわずかな疲れが滲んでいる。それを聞いたセシリアは、その“忙しさ”が単なる宮中の行事や儀礼を指すものではないことを察した。

 セシリアはわずかに眉を下げ、言葉を選ぶように慎重に口を開く。

「……殿下におかれましては、さぞご公務も多く、お心もお休めになるお暇もございませんことでしょう」

「ええ。でも、務めとは不思議なものですわね。心が追いつかぬほど動いているうちは、かえって立ち止まることが許されないのです」

 その声音は疲れているようでいて、どこか喜びを感じさせるものだった。
 王太子妃という立場にある者だけが抱く重責――。それは、近づく“その日”を静かに予感させるもの。
 そう、王太子妃から国の母──王妃となる日を。

(巷で流れている、国王陛下の退位の噂は本当なのかもしれない……)

 あの王女の事件以来、まことしやかに囁かれる国王の退位、そして王太子の即位。
 この国が静かに新しい時代を迎えようとしている――そんな噂が密かに流れていた。

 もしかすると、この茶会でそれが真実か否かを知ることが出来るかもしれない。
 そう考え、セシリアはそっと息を呑んだ。
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