やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち

文字の大きさ
15 / 28

義母からの申し出(キアラ視点)

「ごめんなさいね、キアラさん。馬鹿息子が貴方に迷惑ばかりかけて……」

「いいえ、お義母様が謝る必要はございません。領地の仕事をするのは性に合っておりますし、デイビット様に愛されることは全く期待していないので」

 義母はあの夫の母親とは思えない程良識ある方だ。
 見下してもいい平民の嫁にこうやって頭を下げてくれるほどに。

「でも、それでは子が成せないでしょう? 貴族家の嫁という立場は跡継ぎを産まないと肩身が狭いものです。わたくしも中々子を授からなくて社交界では散々嫌味を言われました。貴族家出身のわたくしですらそうなのです。貴女はもっと言われているのではなくて?」

 義母の言う通り、社交界で貴族達は子を成せていない私を好き勝手に馬鹿にしてくる。
 それもだいぶネチネチとしつこい。あしらうことは出来るがそろそろ疲れてきた。

「ええ、中々厳しいお言葉を頂戴しておりますわ。ですが旦那様は私との共寝は拒否されますし、この先も受け入れてはくれないでしょう……。困りましたわね……」

 嫁ぐ前から夫の性格や言動に問題があることは把握していた。
 一人の女性をしつこく追い回していることも。

 でも貴族たるもの責務は果たしてくれるだろう、と軽く考えてしまった。
 愛情深く抱かれることはなくとも子作りには協力してくれるだろう、とも。

 いざ嫁いでみたらその希望が簡単に打ち砕かれ、唖然としたのは今も忘れない。
 既婚者になってからも変わらず一人の女性に付き纏い、何故かその女性と子作りをするなどと妄言を吐く夫。

 こんな非常識な男の妻になってしまったと絶望した。

 当然のように初夜を拒否され、いまだ白い結婚のままだ。

「それなんだけど……ねえ、キアラさん、先ほどわたくしがデイビットに言った言葉は覚えているかしら?」

「え? どの言葉でしょうか?」

「世継ぎは妻の胎から産まれるもの、という言葉よ。そう、ブルーギル伯爵夫人である貴女の産んだ子が跡継ぎになるの。そして跡継ぎというのは、その家の血を引いていればそれで構わないのよ」

「…………お義母様、それはどういう意味でしょう?」

「いつまでも子作りから逃げるような情けない男の子種にこだわる必要はない、という意味よ。ブルーギル伯爵家の血を引く男は他にもいるのだから」

 義母の放った衝撃発言に私は唖然としてしまった。
 
 つまりは夫以外の男性から子種を貰って孕め、と。
 おそらくそれはブルーギル伯爵家の分家の男性のことを指しているのだろう。
 
 確かにそれであればブルーギル伯爵家の血を引く子は出来る。
 だけどそれは夫の子ではない。不義の子だ。

 まさか姑から不貞を促されるとは、と私は言葉に詰まってしまった。

「貴女がデイビットを愛していて、操を立てているというのなら無理強いはしないわよ」

「いえ、私はデイビット様にそのような感情は持っておりません。ですが……それは不貞ですよね? 愛していないといえど、流石に夫以外の子を宿すわけには……」

「でもこのままでは貴女はずっと子を産めないままよ。デイビットは頑固だからいくら説得しても無理だと思うの。それに子がいないという理由で貴女は離縁される可能性だってある。理不尽にもね」

 義母の言うことはもっともだ。
 
 あの意固地で人の話を聞かない夫相手ではいつまで経っても閨を共になんて出来やしないだろう。
 そして理不尽にも3年子が産まれない場合は離縁される可能性だってある。

 私の生家は貴族との繋がり欲しさに私をここへ嫁がせた。
 実際そのおかげで貴族相手の商売の幅が広がり、新たな店舗も増えている。

 しかしそれも私が離縁されてしまえばどうなるか。
 考えただけでゾッとする。

「ですが、夫以外の子を孕んだと知られれば私はどうなるか……」

 この国では不貞は罪ではないので罰は下らない。
 だが世間の目はそうはいかないだろう。夫以外の子を孕んだふしだらな女だと嘲笑され、軽蔑されてしまうのは困る。生家にも迷惑をかけてしまう。

「安心して。決して外には漏れないようにするわ。ブルーギル伯爵家当主の座は息子にあるといっても、まだまだ実権を握っているのはわたくしよ。それくらい何てことないわ」

 確かにこの家で実権を握っているのは義母だ。
 当主である夫は何もしないし、私も領地経営をしているとはいえまだまだ義母に教わる部分は多い。

 義母がその気になれば内密に事を進めることくらい簡単だろう。
 だけど、こんなとんでもない話を信じていいものか。もし私を騙そうとしているなら受けるべきではない。

「お義母様は、自分の息子の子供に跡を継いで欲しいとは思わないのですか……?」

 一般的な親であれば、我が子に跡を継いで欲しいものだろう。
 義母の言う方法で子を産んだとして、その子はブルーギル伯爵家の血を引いていても義母の血は引いていない。
 そんな赤の他人とも言える子を跡取りにして義母に何の得があるのだろう?

「キアラさん、わたくしの望みはこのブルーギル伯爵家を繁栄させることよ。亡くなった夫が大切に守ってきたこの家を、わたくしはどうしても守りたいの。それが叶うのであれば、跡継ぎが息子の子でないことなどどうでもいいわ。亡き夫と同じブルーギル伯爵家の血を引いている子であればそれでいいのよ」

 亡くなった夫を語る義母はまるで恋する乙女のようだった。

 ああ、この人は今でも先代伯爵を愛しているのか。
 先代伯爵が守ったこの家を守るため、役に立たない息子を切り捨てるほどに―――。

 そうであるならば私も……。

「分かりましたお義母様……。その申し出、有難くお受けします。私は必ずを産んでみせますわ」

 己の地位を盤石なものにし、生家の繁栄を成し遂げたい私。
 ブルーギル伯爵家を存続し、繫栄させたい義母。

 互いの望む方向はきっと同じ。
 ならばその悪魔のような申し出を受けてもなんら心配はない。

 義母が望む、ブルーギル伯爵家を最も盛り立てられるであろう私を手放すはずがないのだから。

「流石だわキアラさん。その覚悟、ブルーギル伯爵家の夫人として相応しいわ」

 眩いまでの笑顔を向ける義母は、今までで一番美しかった。
 亡き夫の愛した家を守るため手段を選ばぬその姿勢を尊敬する。

 私も手段を選んでいられない。妻に向き合うこともせず、ただひたすら一人の令嬢を追いかけている夫に何かを期待するのは間違っている。

 

 そこに夫は関係ない。潤沢な資産を持つ商会の娘である私こそが、この家には必要なのだから。

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

【完結】高嶺の花がいなくなった日。

恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。 清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。 婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。 ※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

「あなたは強いから大丈夫よね」、無自覚に人生を奪う姉

恋せよ恋
恋愛
「セリーヌは強いから、一人でも大丈夫よね?」 婚約破棄され「可哀想なヒロイン」となった姉カトリーヌ。 無自覚で優しい姉を気遣う両親と『私の』婚約者クロード。 私の世界は反転した。 十歳から五年間、努力で守ってきた「次期後継者」の座も。 自分に誂えた「ドレス」も……。「婚約者」さえも……。 両親は微笑んで言う。 「姉様が傷ついているの強いお前が譲ってあげなさい」と。 泣いて縋れば誰かが助けてくれると思っているお姉様。 あとはお一人で頑張ってくださいませ。 私は、私を必要としてくれる場所へ――。 家族と婚約者を見限った、妹・セリーヌの物語。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。