今更、話すことなどございません

わらびもち

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いったい何をしているのでしょうか?

 それから院長と言葉を交わした王女はふとエセルの方へ視線を向ける。

「ところで……シスター・エセル。ご存知でしょうか、わたくしがベネディクト伯爵家へ輿入れすることを……」

 急に話を振られたエセルは驚いたが、すぐに顔を引き締めて口を開いた。

「はい、存じております。この度のご婚約、まことにおめでとうございます」

 それは本心からの言葉だった。アリオスのことは分からないが、王女にとっては想う相手との婚約。ならばめでたいと思うのは自然なことだった。しかし、祝福の言葉をかけられたというのに、王女は何故か浮かない顔をしている。

「王女殿下、いかがなさいましたか。ご気分が優れませんか?」

 王女が急に黙り込んだのを受け、エセルはそう声をかけた。院長もまた、孫娘の様子に表情を曇らせている。

「いえ……大丈夫です。それより、少しあなたと二人でお話しがしたくて……」

「え? 私とですか?」

 意外な申し出にエセルは院長へと視線を向ける。
 院長はそれに応じるように訝しげな声で王女に問いかけた。

「マリーベル。シスター・エセルと何のお話しをするおつもり?」

「はい。その……先日、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたので、そのことについてお話ししたくて……」

 恥じらうように言葉を紡ぐ王女に院長は意表を突かれた。

「まあまあ……あなたがそんなことを言うなんて、少しは成長したようね」
 
 院長は孫娘が素直に謝罪と反省を口にするようになったことに確かな喜びを浮かべていた。だがエセルの目には、それは白々しいものにしか映らない。「それは嘘だろうな」と内心で切り捨てていた。

「院長、王女殿下のお心遣いを無下にするなど畏れ多いことでございます。謹んでお受けいたしたく存じます」

 エセルが王女の誘いを受けると、院長は嬉しそうに頷いた。

「そう言ってもらえてありがたいわ。それでは、わたくしはしばし席を外しますね」

 院長は立ち上がり、部屋を後にしようと扉へ向かう。院長の位置からは見えないがエセルは見逃さなかった。王女の顔色が一層悪くなったことと、傍らの侍女の口角が上がったことを。

 扉がパタリと閉まり、院長の足音が遠ざかる。やがて、真っ青になった王女が震える声で口を開いた。

「あ、あの……シスター・エセル……」

「……王女殿下、お言葉を遮る非礼、何卒ご容赦くださいませ」

 はっきりとして声で王女の言葉を遮ったエセルはそのまま鋭い視線を向ける。
 王女ではなく、その背後にいる侍女へ。

「そんな格好で何をしていらっしゃるのですか? アリオス・ベネディクト伯爵子息……」

 軽蔑を隠さない声音でエセルが告げると、侍女は低くくぐもった笑いを漏らした。

「はは……。愚鈍に見えていたが……認識を改めるべきか。鋭いな、義妹よ」

 こちらを見下す態度はあの頃と変わらない。エセルは帽子を脱いで顔を露わにした人物、アリオス・ベネディクトを嫌悪感剥き出しの顔で見つめた。

「女装で凄まれても滑稽なだけですわ。義理の兄でもない、赤の他人の御方。恥という概念をお母君のお腹に置き忘れてしまったのかしら?」

 負けじとエセルが見下すように言い返すと、アリオスの表情が崩れた。彼の顔にこれまでにない戸惑いの色が浮かぶ。

「お……お前、何だその物言いは……」

「お前? あら……紳士らしさすら捨て去ってしまったのかしら。そちらこそ女性に対してその物言いは何ですの?  口調は紳士的であったあなたらしくもない。しばらく会わぬうちに貴族としてのお作法を忘れてしまったようですね?」

 何か言えば回りくどい嫌味が返る。貴族なら当たり前の応酬だ。アリオスも慣れているはずだった。
 それでも、エセルからそれを向けられたことに戸惑いを隠せない。彼の記憶にあるエセルはいつも言葉を飲み込んでは俯く少女だったはず。反抗されたことはあったが、ここまで生意気な口を利かれたことはない。

「エ、エセル……」

「まあ! 驚きました。私の名前を覚えていらしたのですか……。お屋敷にいたころは一度もお呼びいただいた記憶などございませんのにね?」

 そこまで言われてアリオスは言葉を失った。目の前の堂々とした淑女と記憶にあるエセルの姿が結びつかない。現実を受け止めきれず、ただ唖然とするばかりであった。

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